「田波耕治」の過去の国会発言

発言数 275件

初発言日: 1981-10-23  /  最新発言日: 2008-04-21  /  1 ページ目 / 全体 14ページ

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2008-04-21 衆議院

決算行政監視委員会第二分科会

○田波政府参考人 平成十八年度決算検査報告におきまして、海外駐在員事務所における現地採用職員の不正行為について、不当事項として、会計検査院から御指摘を受けましたことは、まことに遺憾であります。 本件につきましては、今回の事態を受け、海外駐在員事務所の管理体制の強化徹底を図るとともに、内部監査の一層の充実により、このような不正行為が再び生じないよう万全を期する所存であります。

2008-03-18 参議院

議院運営委員会

○参考人(田波耕治君) 田波でございます。どうぞよろしくお願いいたします。 私は、七年前の平成十三年に国際協力銀行の副総裁を拝命いたしまして、昨年の十月に総裁を拝命いたしました。我が国は、激動する国際経済情勢の中で、エネルギーあるいは企業の国際競争力、地球環境、さらには開発途上国等に対する経済協力といった喫緊の課題に直面をしております。国際協力銀行におきましては、資源産出国との関係を強化しながら、我が国資源関連企業によるエネルギー・

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 田波でございます。どうぞよろしくお願いいたします。 私は、平成十三年に国際協力銀行の副総裁を拝命いたしまして、昨年の十月に総裁を拝命いたしました。 現在、我が国は、激動する国際経済情勢の中で、特に、エネルギー、企業の国際競争力、また地球環境、さらには開発途上国等に対する経済協力といった喫緊の課題に直面をしております。 国際協力銀行におきましては、資源産出国との関係を強化しながら、我が国の資源関連企業によるエネル

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 どうもありがとうございました。 それでは、簡単に、私の考えていることを。 第一点でございます、いつ、どうしてというお話でございます。 伺ったのは、割合、非常に近い時期というのが率直なところでございます。 では、どうしてここに出てくることになったのかということでございますけれども、私なりに国際協力銀行の窓口から見ておりまして、今、例えばエネルギー価格にしても原材料の高騰にしても、いろいろな事象があるのですけれ

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 ありがとうございました。 最初の点でございますけれども、九七年の後半から九八年というのは、日本の金融機関の危機が来ると同時に、アジア危機という非常に大きな波がございました。その中で、日本経済は非常に困難な状態になってきたわけでありますけれども、そのときに、解決の方法として、金融機関をどうするかという問題があったことは、仙谷先生おっしゃるとおりであります。佐々波委員会というのをつくりまして、資本注入を、これは少し横並び的

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 最初の中央銀行の独立性でございますけれども、二番目の質問と若干関係がございますけれども、私は、実は次官になる前に内閣の内政審議室長というのをやっておりました。そのころ、新しい日銀法をつくるのでということで、慶応の鳥居先生を座長として中央銀行研究会という会をやりました。その事務局みたいなものをやらせていただいた経験がございます。 そのとき、いろいろな角度から日銀の独立性というようなことが一番大きな焦点として議論されたわけ

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 大変失礼いたしました。 実はそこのところは、私、短観のあり方、中小企業と大企業が分かれているのはよく存じていますけれども、どういった改善の余地があるかについてはちょっと今知識を持っておりません。 ただ、中小企業の金融というのは非常に大事だというのは、日本の金融危機のときもそうでございましたし、これは明らかなので、もし改善の余地があるのであればチャレンジをしてみたいというふうに思って、今後よく検討したいと思っています

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 銀行業界のその後の責任は、金融庁にその舞台が移ったこともあって、直接財務省に残った、当時は大蔵省でございますけれども、あれではありませんけれども、一つは、やはり公的資金を入れた銀行というのは、これは先生のお立場からすれば厳しくないという見方もあるいはあるかもわかりませんけれども、それぞれ皆さん責任をとっておられるという事実はあると思います。 それから、公的資金導入そのものがおかしいんだという議論でございますけれども、さ

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 最初の国際株安、円高の中で、時間がなくてぎりぎりということでございますけれども、私の今までの生活というのは、自分が何らかの形でお役に立つのであるならば、余り環境のことは考えることなく、やるべきことはやる、そういうことに今まで徹してきたつもりでありますので、これは全体の環境の中でいろいろな事情があったんだろうと思いますけれども、もし私がそういうことになれば、不退転の決意でやるということに尽きると思います。 それから、財金

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 ありがとうございました。 最初の、日本経済をどう見ているかということでありますけれども、基調はちょうど、長い間の、少なくとも指標の上では好況が続いて、秋にかけて上りかかるかなという見方が経済界の普通の見方だったと思います。そこにサブプライム問題があらわれた、こういうことであります。 サブプライム問題の影響というのは私は二つあると思うんですが、一つは、やはりアメリカ経済の実体経済、これは住宅から端を発しているんですが

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 多少断片的になるかもわかりませんけれども、私の当時の議論を拝聴していた記憶で申しますと、例えば政策委員会、日銀の独立性というのは、一言で言えば政策委員会の独立性ということなんだろうと思うんです。その中では、自由闊達な議論をして、審議委員の間で決めていく。 その過程において、透明度は高く、政府からの意見を聞くという仕組みが入り、それから議決停止権といいましたか、ちょっと言葉が正確ではないのですが、そういったぎりぎりの、先

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 最初の、バブル克服の過程での反省でございますけれども、私は、一番大きく反省すべきことは、将来に対する予見性だと思うんです。 というのは、私どもも含めて、やはり当時は右肩上がりの経済がずっと続くんだという前提で物事を考え、その上に立っていろいろな政策が組み立てられていたということは否定できないように私は実は思っております。 したがって、これは中央銀行だけではありませんけれども、データをきちんと蓄積して将来の予見性をつ

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 一言で言えば、一つは、まずデフレスパイラルからの脱却。現在は、スパイラルまではいかないけれども、いろいろなデータのとり方があるんだと思いますけれども、非常に雑駁に言えば、まだ完全にデフレ経済から脱却をしていないという状態のもとでとられた政策だというふうに思っております。 先ほどの、先々を予見していくという、この勉強、つまり物価の安定が日銀の最大の使命であるならば、やはりインフレというようなことも真剣に勉強し、阻止をする

2008-03-18 衆議院

議院運営委員会

○田波参考人 ちょっと技術的にお答えするだけの用意が今ありませんけれども、私は、率直に個人的な意見を言わせていただければ、中央銀行そして総裁は、やはり積極的に経済についてのいわば見方なり意見を言っていっていいじゃないかと。 これは、局面にもよりますし、それ自体が中央銀行そのものの仕事ではないと言われちゃうかもわかりませんけれども、現に、先ほどの日銀短観でもって鋭敏に経済の動きを見ていく。それは先ほどのお話のように、中小企業までよく見

2008-03-18 参議院

議院運営委員会

○参考人(田波耕治君) ありがとうございました。三点御質問いただきました。 金融実務に精通、JBICと日銀の役割が違うのではないかという御質問でございます。 これはもちろん中央銀行とJBICの役割はおのずから違うところがあると思うんですけれども、私の最近の物の見方というのは、金融というのが非常に言わば実物経済に影響を及ぼしてきている。例えば原油高、あるいは金、レアメタル、そういうものと私どもは格闘をしてまいりました。その過程にお

2008-03-18 参議院

議院運営委員会

○参考人(田波耕治君) 失礼しました。 日銀の果たす役割ということであれば、やはり一番重要なのは、私自身、九七年のアジア危機、そして金融危機の後に事務次官になりましたので、あの当時、本当に先生方ともいろいろ御議論いただいて、それなりの経験を日本あるいは中央銀行もしてきていると思うんです。こういった経験を世界の中央銀行と共有をして金融秩序の安定に役立てていくということは、まさにグローバル化した社会の中で日本の中央銀行が果たすべき一番の

2008-03-18 参議院

議院運営委員会

○参考人(田波耕治君) おっしゃいますように、私が着任したのは九七年、アジア危機がございました。そして、十二月ごろにかけて山一だとか北拓だとかいうところが危機に見舞われて、先生がおっしゃったとおりの事態になりました。あわせて、実体経済もかなり弱ってきたということで、私がおりましたとき、つまり九八年の初めから九九年の半ばでございますけれども、どうやってこの日本発の世界恐慌を避けることができるかというのが実感としてありました。 そういう

2008-03-18 参議院

議院運営委員会

○参考人(田波耕治君) まさに金融監督庁発足のときに在任していたわけでありますけれども、やはりあの財金の分離でもっていろんな意味の整理がある程度一段落した、同時に金融についてのいろいろな手法も、事前統制型の金融から事後の言わば検査を主体とした行政にはっきり移ったというふうに思っております。その結果、いろいろな意味の進展があったと思いますので、これは一つの時代を画した変革だったというふうに私は今思っております。 私自身のことで申します

2008-03-18 参議院

議院運営委員会

○参考人(田波耕治君) おっしゃるとおりでありまして、私、国際協力銀行に行ってアジアの現地の方々といろいろ会ったときに一番印象を強く持ったのは、ちょうど九八年当時、私がいたときでございますけれども、いわゆる宮澤構想という構想で、アジア危機、つまり短期資金の出入りによって非常に影響を受けたアジア経済に日本は資金を供給してこれで立ち直ったということに対する感謝の念というのは、もう率直に言って面映ゆいほど、日本は有り難かったというようなことを

2008-03-18 参議院

議院運営委員会

○参考人(田波耕治君) 最初のお話はやや過分でございまして、実は内政審議室長というところで委員会の事務局はやっておりました。したがって、いろいろな御準備だとか何とかはしましたけれども、私はもう意図的に議論は委員の方々にしていただくと。 というのは、審議の過程で、そういうことを言うのが適当かどうか分かりませんけれども、やはり大蔵省の影響が出てきちゃうんじゃないかとか、そういう議論も当時あったわけです、私がということではなくてですね。そ

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