武力攻撃事態への対処に関する特別委員会
○秋山参考人 ございません。
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発言数 805件
初発言日: 1984-04-18 / 最新発言日: 2002-06-28 / 1 ページ目 / 全体 41ページ
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○秋山参考人 ございません。
○秋山参考人 野口卓夫君は私と同窓でございますし、当時大阪証券に勤務していたということはそのとおりだと思います。
○秋山参考人 私が多分防衛局長をやっていたときだったと思いますけれども、都内で開かれました安全保障関係のセミナーのパーティーで、東京では一回お目にかかった記憶がございます。
○秋山参考人 先ほどの議論にも出ておりましたけれども、アジアセンターの所長をしておりましたエズラ・ボーゲルから、CSISがその資金の提供をしてくれるだろうという話は、私は聞いておりました。
○秋山参考人 CSISの意図は私はわかりません。しかし、ハーバード大学とCSISは多分いろいろ関係があるんだろうと思いますし、私の理解では、アジアセンターの所長をやっておりましたエズラ・ボーゲルがいろいろと声をかけていてくれたんではないかというふうに理解しております。
○秋山参考人 台湾海峡問題あるいは台湾の安全保障の問題との絡みで、日米安保体制の再確認あるいは再定義、あるいは防衛大綱、あるいは周辺事態対応に関して何らかのアプローチがあったかと。少なくとも私が知る限り、全くなかったという認識でございます。
○秋山参考人 私の記憶では、四月の初めのワシントン・ポストの記事だったと記憶いたします。
○秋山参考人 ことしでございます。
○秋山参考人 先ほども申し上げましたけれども、私がハーバード大学で研究活動する決断をいたしましたのは一九九九年の一月でございまして、そして、四月から二年三カ月、研究活動をいたしました。先ほど議論がございましたけれども、当時は、大学の方で後々資金集めをするという前提で、宿舎の提供あるいは研究室の提供あるいは研究活動経費の提供というものをいただいておりましたから、ハーバード大学からいただいているということについては、私は認識しておりました。
○秋山参考人 私は、そういう資金手当ての問題でこういう報道がなされ、報道ベースではございますけれども、そういう事実を私も知りまして、正直言って大変困惑いたしたのは事実でございますけれども、しかし、私自身は、ハーバード大学での研究生活は大学との関係でやったわけでございまして、それ以外のことについて私が関与する、何か意見を述べるという必要はないと考えます。 それで、台湾問題も含めまして、北東情勢の安全保障の問題につきましては、私自身の責
○秋山参考人 ことしの三月以降、こういう報道が香港、台北あるいはシンガポール等でなされまして、私も全く知らないことでございましたので、驚愕いたしました。その後の報道あるいはCSISの発表等々により、私も報道ベースではいろいろな事実を知ることができましたが、私としても、こういう結果になっているということについては非常に残念に思っております。 ただ、私個人のことについて言えば、私は、あくまでもハーバード大学との関係において対応をするとい
○秋山参考人 まず、御質問がございましたので、防衛局長在任中のことについて申し上げたいと思いますけれども、私は、一九九五年の四月に防衛局長に就任いたしまして、九六年、九七年の六月いっぱいだったと記憶いたしますけれども、防衛局長に在任しておりました。その間、一九九五年に、十一月でございましたけれども、防衛大綱、現在の防衛大綱でございますね、それを作成する仕事に携わりました。同時に、沖縄の米軍基地の問題が非常に大きな問題になりまして、その関
○秋山参考人 まず、ガイドラインの問題のその発端は、当時この問題についてかかわった先生方あるいは識者、役所の関係もみんな同じ理解を持っていると思いますけれども、まず一九九五年の十一月の防衛大綱の中に周辺事態対応というものが入ったわけでございます。この周辺事態対応が入るときには国内でも大変な議論がございまして、なかなか意思決定まで大変な道のりでございましたが、九五年の十一月にこの防衛大綱の中に周辺事態の関係が入りました経緯は、これは率直に
○秋山参考人 国家安全局に参りましたときは、その組織の性格からいたしまして、軍事問題といいますか安全保障の問題が話題になりました。私からは、防衛大綱の話、もう当時既にガイドラインも終わっておりましたのでガイドラインの話、そういうことを説明したと記憶しております。
○秋山参考人 林代表は、とにかく一度お目にかかりたいということで、私もそれを受けたわけでございまして、大変儀礼的な面会、これは夕食をともにしたと記憶をしておりますけれども、率直に言って、どういう話をしたのかはほとんど記憶しておりません。ただ、私の残っている印象としては、防衛庁の幹部に会うということが目的だったというふうに思っております。 ただ、先ほど御説明申し上げましたように、台湾海峡事案の発生する前の時点での面会でございまして、台
○秋山参考人 事実は、先方の方から、防衛庁をやめた後ハーバード大学で研究をしないかというお話がありました。研究するに当たって先方からは、研究する課題なり目的を明らかにしてくれということはございましたけれども、当初先方からお話がございました。
○秋山参考人 エズラ・ボーゲル博士に、先ほど申し上げましたように、途中の段階で、私は何かを書きたい、こういうテーマでやりたいというレターを出したことは確かでございます。しかし、私がハーバード大学で研究をするというきっかけは、先方からお誘いがあったということでございます。
○秋山参考人 それは、もちろん私はハーバード大学のフェローシップを期待いたしましたけれども、かなり早い段階で、それは難しいということが先方からの話でわかりました。そこで、特別にハーバード大学の方で資金を集めるけれども、集まらない場合には秋山さんの負担になる、それでよいかという話がありましたので、それはやむを得ませんと。ただ、私は、私の意識としては、大学の方からのお招きという意識がございましたので、何とかそれは集めていただきたいということ
○秋山参考人 私は、ハーバード大学からいろいろと便宜供与を受けましたので、ハーバード大学に確認し、あるいは当時も私は承知をしておりましたけれども、ハーバード大学が米国のCSISから、約四万ドル弱だったと思いますけれども、受領する、あるいはしたということは承知いたしております。
○秋山参考人 正確にその日付は記憶ございませんけれども、多分二〇〇〇年の年が明けてからだったと記憶いたします。