「竹下珠路」の過去の国会発言

発言数 28件

初発言日: 2012-06-01  /  最新発言日: 2024-06-07  /  1 ページ目 / 全体 2ページ

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2024-06-07 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私たちは、先ほども申し上げたように、国際社会に特定失踪者家族としてあるいは家族会として訴える場が今までほとんどありませんでしたので、その点につきましては、これから何ができるかと毎回探しながらしておるところでございますが、せんだって、五月の二十日にも、林官房長官、拉致問題担当大臣とお目にかかった折に、やはり先ほど私が申し述べたこととほとんど同じようなことを要請文としてお願いしておりました。 だから、そういった点

2024-06-07 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 本日は、この場をおつくりいただきまして、本当に、発言の機会をいただきまして、誠にありがとうございます。 私の妹、古川了子は、一九七三年七月七日に、十八歳のとき、千葉県市原市の家から突然姿を消しました。素直で明るく、誰にでも好かれる優しい妹でした。それから既に五十一年の年月が流れてしまいました。 待ちわびた母は、今から十四年前の二〇一〇年に九十四歳で他界しましたが、認知症も進んでいた中で、了子のことは最後ま

2024-06-07 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私はまた違う、家族としての別の、特定失踪者家族特有のと申しますか、その視点から申し上げますと、これは、いわゆる国の出先機関である各県警察のレベルの問題で私は申し上げられるのは、それぞれの都道府県によって対応が、家族に対する対応が大きく異なります。全く来ない方も、毎月のように、どうですか、言われることの多くが、何か新しいことありませんかねと私たちが聞かれるのです。警察の方がではなく、何かありませんかねという。

2024-06-07 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) ありがとうございます。 せんだって、この二人の人権救済申立て、これはもう二〇〇〇年ちょっと過ぎたときから人権救済申立てはそれぞれしておられたんですけれども、新たに人権救済申立てを日弁連の方へいたしました。これは、私たちとしましては、そこに、先ほども申し述べたように、そこにいるということが分かっている、それなのに日本政府はそのお二人の人権を無視してしまった、そのことが非常に残念でならないということで、私も含めて

2024-06-07 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) ありがとうございます。 基本的にと言ったらもうおかしいですが、横田さんたちの家族会が長い間本当に国際社会の中へ訴えかけてくださった、日本社会の中も訴えてくださった、それは、私たちも本当に全て肯定して、有り難いことだと、先導してくださる、有り難いことだと思ってずっと来ています。 しかし、それだけではないということで、特定失踪者家族会をつくったきっかけもなんですが、二〇一八年の初めに、ICC、オランダのICC

2024-06-07 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) お若い方の事例はちょっとまたおきまして、済みません。 例えば、せんだって衆議院の拉致特の委員会で大澤孝司さんのお兄さんが参考人で発言されましたけど、大澤孝司さんは本当にいろいろな状況から、佐渡島という限定された土地であることとか、彼が土地の、何ですか、プロフェッショナル、土地を測定、測量したりする県庁の職員でプロフェッショナルであったというようなことから、曽我ひとみさんと同じ場所であったという、地域であったと

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私は裁判の専門用語はよく存じませんけれども、その当時、多くの弁護士の先生方が関わってくださいまして、和解と、法廷の言葉で和解という形になると、もう二度と提訴はできないよということを伺いました。で、私が提訴を取り下げることによって、また、声明文に読み上げていただいたようなことを国がちゃんとしなかったらもう一度提訴もできるという、そういう条件を提示してくださいましたので、私たちは取り下げたということです。

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) ありがとうございます。 本日は、このような発言の、陳述の機会をいただきまして、御礼申し上げます。 私の妹、古川了子は、今から四十九年前の一九七三年七月七日に、十八歳のとき、千葉県市原市の家族の前から姿を消しました。その年の春に県立商業高校を卒業し、地元の大手造船会社に就職したばかりで、私に、経理部に所属したの、仕事は大変だけどやりがいがあるし、先輩たちが優しいから仕事、会社はとても楽しいと明るい声で話して

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私ども、特別にこうした方がいいということがあれば逆に教えていただきたいくらいでございまして、私たちは、チャンスをいただければ、チャンスをいただければ、どこにでも行って、この特定失踪者の問題、拉致の根深さ、広さをお伝えはしております。(発言する者あり)

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 特定失踪者問題調査会の荒木代表の発言と私の考えるところはまた全然別ですので、荒木代表の言葉を私に聞かれても、正直私としては分かりません。 しかし、しかし、全ての拉致被害者を一括帰国させることは最終的な目的だと思います。

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私の、事務局長という立場ではなく、古川了子の姉という立場で申し上げさせていただきますと、古川了子の姉という個人で申し上げさせていただきますと、もう本当に皆さん、命に時間がないんです。だから、分かるところから、八百七十一人を全部というのは正直物理的に大丈夫なのだろうかという心配がありますから、見付かったところからでもこじ開けていく、こじ開けていく必要があるのではないかと竹下個人としては思っております。

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私は、考えてみますと、二〇〇二年の当時、二十歳以下だった方たちは、今、現在四十歳までの方たちはほとんどそうということですよね。四十歳までの方が今、日本でどれだけいるか分かりませんが、その方たちが拉致ということを覚えていないんですよ、知らないんですよ。 そのことを私たちは、しかし、私たちの家族、飯塚さんのお母さんも含めて、飯塚さんのお母さんと私の妹は同い年なんです。その人たちがいなくなって日本から消えているとい

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私はそれほどあちこちではないのですけれども、私の仲間がつい最近にも岐阜県の方の高校生、中学生相手に話を、機会を得ましてお話ししてきてくれました。そうしたら、そこの学校でしてくださったんですけど、その後、また後、名古屋の町で署名活動で出会ったときに、あっ、あのときの方ですよねといって、うちに帰って、拉致のこと、お話あったことをうちに帰って家族と話しました、そして、他人事ではないんだなと、私たち一人一人が考えなければ

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 私たちは、先生方もう十分御承知のように、今の拉致被害者支援法は、あくまでも今の五人の方々がお帰りになってから、帰ってきた被害者の方々に対応するための法律ですよね。まだ向こうにとらわれている人たち、そして多くの特定失踪者と言われる未認定の人たちを取り返すための法律ではないんですよね。そこのところを何とかできないんでしょうか。 別に、法整備とかそういう専門的なことは私には分かりませんけれども、そこの認定という言葉

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 交渉というのが私たちはできませんので、請願、お願いという形で、総理大臣とお目にかかりたい、官房長官である拉致問題担当大臣とお目にかかりたいという請願の私たちは行動でございまして、そこの中では、認定を、認定できる人をもっと増やしてほしいということも言っております。その程度のことしか交渉はできません。

2022-06-08 参議院

北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

○参考人(竹下珠路君) 余りにも、余りにも年月がたっておりますので、はっきり説明があったという記憶はありませんが、調べて、警察が調査をして拉致であると確認できたときには認定しますと、そのようなお答えが各所であったと思います。

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