「緒方竹虎」の過去の国会発言

発言数 868件

初発言日: 1952-12-26  /  最新発言日: 1955-01-23  /  1 ページ目 / 全体 44ページ

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1955-01-23 衆議院

本会議

○緒方竹虎君 諸君、私は、昨日行われました鳩山内閣総理大臣の施政方針演説に対して質問をいたし、その所信をたださんとするものであります。(拍手) 第一に私のお尋ねいたしたい点は、鳩山総理が、去る十二月二十一日の予算委員会における言明に反して予算案の提出をせず、しかも施政方針の演説だけはこれを行うという無責任な措置に出られたことについてであります。(拍手)内閣の最も重大な任務は、毎年度の予算案を編成し、これを国会に提出することであります

1954-12-06 参議院

本会議

○国務大臣(緒方竹虎君) お答えをいたします。 竹島問題は、一昨年の一月、李承晩大統領が李ラインを宣言したときから起つた問題でありまして、その後の経過につきましては、時間の関係上ここで詳しくは申上げませんけれども、これを要しまするに、日本のほうではどこまでも平和的に解決をして参りたいと考えておるのに対しまして、韓国側におきましては実力を以て既成事実を作つて行こうと、そういう誠に言語道断な態度に出ておることは今御指摘になつた通りであり

1954-12-06 参議院

本会議

○国務大臣(緒方竹虎君) お答えをいたします。 覚醒剤の濫用による弊害が、国民保健上並びに社会公安上に及ぼしまする悪影響等は実に大きなものがありまして、これが弊害の防止につきましては、政府といたしましても昭和二十六年覚せい剤取締法が制定されまして以後努力して参つたのでありまするが、前国会におけるこの法の改正により、更に一層取締りを強化し、関係行政機関相互に協力せしめ、以来着々とその成果を挙げておるところであります。一方、中毒者の発生

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) お答えをいたします。私が最近に総理大臣にお会いしたのは土曜日の午前中でありますが、それはその日衆議院の決算委員会が開かれる予定になつており、それから予算委員会も開かれる予定になつており、その前の日の金曜日の予算委員会におきまして、総理大臣が土曜日の午前中には出席できる。そういう想定の下に金曜日の午後の質問者が順位を変えまして、土曜日の午前にいたしておる。それが急に登院ができないということを聞きましたので、見舞か

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 総理大臣が病気で止むを得ず欠席をいたしまするが、今重要な補正予算の審議中でありまして、殊に会期も迫り、今日はその総括質問がある際になつておりまするので、甚だ政府といたしましても遺憾に存じまするが、若し総理事故ありとして私がそれに代ることが認められまするならば、私が代りまして答弁の衝に当ろうかと考えております。

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 二院制の国会におきまして予算に対する権限に多少の差がある。これは国会の長い歴史の間にだんだんこういう形をとるように至つた理由があつたのであると考えます。一院と二院との間に予算問題に関して相譲ることのできないような衝突が起つた場合を考慮いたしまして、或る種の制約を第二院のほうに加えておるのは、大体今日列国の憲法、同様であるのじやないかと存じております。私は第二院の性格はそういうところにあるのではなくて、むしろ現実

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 今国会の初めに当りまして総理大臣は神経痛が全快したとは申せませんが、割合に元気で本会議における所信に関する演説の際も、又質問を受けて答弁に当りましたときも、それから衆議院の予算委員会の最初の部分においても、今までの、この前の国会よりは元気でよく努められたと思つておるのであります。然るところ先ほど申上げましたように、四日の日以後神経痛も悪くなり、又扁桃腺、その他咽喉部の病気が出まして、予算委員会に中途から出席がで

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 重要なる補正予算の審議に当り、総理が出席できんことは誠に残念であると存じております。

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) ほかのことと違いまして病気でありまするし、すでに経験のある老練な医師の診断書が出ておりまするので、私、それをおして出席しろということを申すつもりはございません。

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 総理大臣の不出席が病気のためでありますることは、如何にも遺憾でありまするが、病気のためとはいえ、丁度重要な補正予算の審議の際に当りまして、そのために国会を怠けておるというような印象を若し与えたといたしますならば、鶴見委員と共に誠に遺憾に存ずる次第でございます。

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 初めに御了解を得ておきたいと思いますのは、総理大臣はつね日頃いろいろな場合に、私、話をする機会がありまするが、参議院を軽視するというような考えは毛頭持つておりません。これは私鶴見さんの前にはつきりと申上げ得るのであります。私は終戦後、今の日本国憲法が制定される当時おりませなかつたので、直接事情をよく知りませんけれども、最初この憲法の草案が示されたとき、これは今は公然の秘密になつておりますから、国会の中で申上げて

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) ちよつとお伺いしますが、それは吉田総理がそう考えておるのじやないかということですか。

1954-12-06 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 私も総理が五十三日の間外遊をして参つて、今お述べになりました各国を通しての共産党の問題に対する考え方、その他日本の将来、日本の経済自立の将来について一つのはつきりした考えを持つて帰つたと思います。そのことについて国会に自分の印象なり考えを披瀝しまして、それに十分の批判を求め、又意見を交換するということは、日本の将来のため、経済自立の今後のやり方につきまして、意見の違いは別といたしまして、とにかく非常な利益がある

1954-12-05 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 総裁の後継者を自由党内においてあらかじめきめたということは、或る適当な機会に新らしい総裁が出るということを暗示しておるのでありますけれども、それをいつにするかということにつきましてはまだ決定しておりません。

1954-12-05 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 今御指摘になりましたように、昨今の政治に少しく感情が入り過ぎておるということは私も認めます。その点から不必要に国会審議等が渋滞し、或いは前国会の末期における衆議院の乱闘沙汰というようなこともできたように考えられますが、これはやはり根本をただしますると、政局が安定していない。更に言葉を換えますれば、政府の基盤が十分でない。いわゆる過半数の上に立たずに、比較多数の上に政府が組織されておる。従つて政府の政策も或る場合

1954-12-05 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 政党人の心構えということもあろうかと考えます。併しこれは法律によつて選挙を経、その選挙民の投票によつて出て参つている以上は、これはやはり今日の世の中の縮図と申しまするか、選挙民の意思を如何ともすることができないので、その人が選挙によつて投票をかち得て出て来ておりまする以上は、これは批判はできまするけれども、如何ともいたしがたい。でありまするが、これを、そうすれば放つておいていいかということにつきましては、我々と

1954-12-05 参議院

予算委員会

○国務大臣(緒方竹虎君) 実は私、農林大臣まだ今日東京におるものと思つておりましたが、日曜であるために、今日、前には日曜は審議が或いは休まれるかのような話がありましたので、それで今日の日を選んで党務のために旅行する計画を立てたのではないかと 考えます。私どもはまだ農林大臣は東京におるというふうに考えておつたのであります。

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