緒方竹虎 に関する国会発言
708件 / 36ページ / 1 ページ目
○山下委員 自由民主党の山下貴司です。 立憲主義という根源にかかわるテーマで発言させていただくことを光栄に思います。 国民が憲法を制定し、憲法で定められた権利、自由の保障のもとで、そして三権分立の権限の中で各機関が立法、法執行、法解釈を行い、そして、憲法論についても、国民の代表から成る国会において議論し、必要があれば国民投票をもって憲法を改正する、これが立憲主義であり、国民が憲法制定権力たるゆえんであると思っております。 そ
○山下委員 自民党の山下貴司です。 私は憲法担当の司法試験委員をやっておりましたが、自衛権をめぐる憲法解釈は学説と現実が最も乖離している分野の一つと言え、自衛隊についてすら違憲の疑いがあるとする学説がむしろ支配的でした。しかし、学説は結論ではなく、その論理を検討する必要があります。 日本の憲法学説をリードした宮沢俊義、芦部信喜教授を初め、我が国の憲法学者の通説は、憲法九条について、一項で放棄されている戦争、武力の行使の意義や、二
○福井委員 時間が参りましたのでこれで終わりますけれども、先ほど配らせていただいた紙の「爛頭の急務」というのは、緒方竹虎が保守合同の際に檄文を書きまして、自由党も解党、民主党も解党して自由民主党、人数が多い方の民主党は下にして、鳩山一郎としてはすごい太っ腹で、吉田茂の方を上にして自由民主党という名前にしたぐらいの保守合同が昭和三十年。そのときは、政治の混乱を終わらせて、政治から経済、政治から経済というのがキャッチフレーズでした。今回、も
○舛添要一君 もう時間がなくなりますから時間厳守で参りたいと思いますが、昭和十八年の元旦の東京朝日新聞、緒方竹虎に頼まれて、私の郷里福岡の先輩である中野正剛が「戦時宰相論」という文章を書いている。東条英機はそれを見て、俺を皮肉って批判したなと言って発禁処分にするんですね。 実は、時間があればそれ全部紹介したいんですが、是非それは秘書官に言って、今日じっくりお読みいただいてください。 言葉三つだけ。誠忠に、謹慎に、そして廉潔に、こ
○青木一彦君 三大臣とも、私、生意気な質問をいたしたと思いますが、本当に丁寧にお答えいただきまして、ありがとうございます。 私、最後に、さきの大戦前に、中野正剛、当時の朝日新聞主筆の緒方竹虎に頼まれまして、これ一九四三年の日、元旦の紙面で東条英機首相を批判しました。国は経済によりて滅びず、敗戦によりてすら滅びず、指導者が自信を喪失し、国民が帰趨に迷うことによりて滅びるのであるというふうに論じました。私は、しっかりこの言葉を肝に銘じて
○山東昭子君 私は、自由民主党を代表して、施政方針演説について総理大臣に質問をいたします。 昭和二十九年三月、緒方竹虎は、時局を案ずるに、政局の安定は爛頭の急務であって、内外庶政の刷新も自立経済の達成も国民生活の充実も、これなくしては到底考えられないと訴え、これに端を発して加速していった新党運動は、翌三十年十一月十五日、自由民主党の結成につながりました。 以来五十年、我が党は、一時期を除き、長期にわたる国民の信託をいただき、国民
○村上正邦君 平成十二年、西暦二〇〇〇年の新しい千年紀を迎えました。一年後は二十一世紀であります。この歴史的転換期の節目に当たり、代表質問に立つ機会を与えられましたことは、まことに意義深いものがございます。 さりながら、壇上に立ってみますと、民主党、共産党、社民党などの議場真半分の野党席は空席であります。まことに寂しい思いがいたします。内閣総理大臣の施政方針演説等に欠席し、今また代表質問を放棄するとは、憲政史上初めてであり、大きな汚
○田村秀昭君 自由党の田村でございます。 本日は、総理と外務大臣と防衛庁長官に、自主憲法制定の件について、さらに国防省、自衛隊の位置づけを明確にすることについて、それと中国問題について、三点御質問させていただきます。 大正大学の教授で文芸評論家の江藤淳先生が申しておられる言葉、今の日本は普通の国どころか、変な国ですらなく──変な国ですらないんですよ。国とは言えない奇妙な実態が国ごっこをしているにすぎない、こういうふうに言っておら
○鈴木(恒)委員 国民の側から見れば、政治家はまた結局言い逃れたねと言われてしまうよ、残念ながら。それで、そう言われたときに、政治不信を増幅させた罪というものは、これはもうぬぐいがたいものになる。刑事上の罪、刑事上の問題、訴追はこれから明らかになっていくでしょう。だけれども、新井さんの事件は、国民を侮辱しているわねと言う人は多いんだ。そこは深刻に受けとめていただかなければなりません。 我々政治家は、衆議院、五百人しかいないんだ。みん
○副議長(鯨岡兵輔君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君のあいさつにつきましては、これを会議録に掲載することにいたします。 ――――――――――――― 山原健二郎君のあいさつ 私はこのたび院議をもって「永年在職議員」として表彰をうけました。ここに院を構成する同僚議員と関係者各位に心からお礼を申し上げます。特に四半世紀の長きにわたりかわらぬご支援をいただいた高知県民のみなさんに衷心より感謝いたします。かつて吉田
○山口鶴男君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員長谷川峻先生は、去る十月十九日、肝不全のため、順天堂大学附属病院において逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 先生は日ごろみずからの健康を誇り、その活動もまた壮者をしのぐものがありました。それゆえに、私どもは、先生が入院されたと伺ったときも、やがては病を克服して再び元気なお姿を見せてくださることとかたく信じてやまなかったのでありますが、今やその期待もむなしく、
○山崎国務大臣 いつごろから同和問題の存在を認識するに至ったかという御質問は、ちょっと私は正確にお答えすることができないのでございます。 ただ、先生がたまたまお名前をお挙げになりましたが、私の郷土福岡県の出身の政治家といたしましては、例えば保守では緒方竹虎先生等々非常に著名な方がいらっしゃいますが、革新側といたしましては松本治一郎先生は郷土を代表する政界の巨魁であるというふうに私ども誇りに感じているのでございます。その松本治一郎先生
○国務大臣(宮澤喜一君) ただいま村上国対委員長から、具体的提案を交えての御質問をいただきました。殊にその中で、与野党がともに、公党としての立場から、対話と協調により政治に対する負託と責任を果たすべきであるという御意見を承りました。このような激動の時代にまことにふさわしい御提言として感銘いたしました。 御質問の中に多くの御提案もございました。一つ一つお答えを申し上げたいと存じます。 御指摘になりましたように、同僚議員が収賄容疑で
○村上正邦君 私は、自由民主党を代表して、新しい政治の方向を求めて質問をいたします。 質問に入ります前に、一言申し上げます。 本院は、与野党逆転、自来二年半、八国会を経たわけであります。この間、土地基本法、地方交付税法、育児休業法、老人保健法及び補正予算などに対する修正あるいは賛成の野党各位の現実的な対応をいただきましたことは、まさに健全野党としての政治的責任を分かち合ったものであり、心から敬意を表したいと存ずる次第であります。
○池端委員 この問題については、後ほど同僚議員の上原議員からお尋ねをいたしますので、その点に譲ります。 最後に、総理、出番がなくて手持ちぶさただと思うのでありますが、先ほど私が申し上げました「早稲田雄弁会八十年史」には、早稲田出身の政治家の演説集があるわけですね。大山郁夫、石橋湛山、浅沼稲次郎、大隈重信、永井柳太郎、緒方竹虎、こういう諸先輩の名前の演説集が載っておるわけです。その中で、特に、先日も中山議員からお話がありました斎藤隆夫
○松前仰君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員塩谷一夫先生は、去る十二月二十八日、古希の祝いを目前にして逝去されました。 先生は、参議院選挙を境に体調を崩され、昨年秋も、静岡の地で、私どもが主催しております武道大会で静岡県剣道連盟会長としての元気なお姿をお待ちしておりましたけれども、それがかなえられず、昨年暮れになりまして、次期衆議院選挙を目前にして立候補を断念されたと聞くに及び、いよいよ御病状の悪化を案じざるを得ま
○中村哲君 新聞の見出しだけを見て内容を見なかったんですが、新しい天皇も、中国の代表者が来られたときには、日本と中国との間の不幸な戦争のことについて、やはりこれに対する深い反省をされたように新聞が書いておりましたけれども、これはやはり必要なことだと思うんです。中国との関係というと、すぐ侵略という言葉で非常にデリケートな問題になりますけれども、それはきちんと問題にするならばかなり歴史的にすることであって、国会の場ですぐやれと言われても私も
○楢崎弥之助君 ただいま、本院議員として在職二十五年に当たり、院議をもって永年在職の表彰をいただきました。まことに光栄の至り、感激のきわみであります。 ここに謹んで、はるかふるさとの皆様並びに陰に陽に私を支えてきていただきましたたくさんの方々に対し、心から深く、厚く御礼を申し上げたいと存じます。(拍手) なお、高いところから、個人ごとではございますが、皆さん方のお許しを得まして、過ぐる三年前に黄泉のかなたに旅立ちをいたしました亡
○内藤功君 次に、この安全保障会議の事務組織の規模の問題なんですね。きのうも聞いたんですが、昭和二十九年五月三十一日の参議院内閣委員会、当委員会での緒方竹虎副総理の答弁、もう一国言いますよ。「厖大な事務局を置くことは、ややともするというと、そこに一つの既成の考えを以て、一つの会議を動かすような力になる虞れがあります。過去においてもそういうなにがありますので、これは私は事務局を置かないというところに政治的の意味があるように考えておるのであ
○内藤功君 そこのところが長官との非常に違うところだろうと思いますね。 そこで最後に、この安保会議の事務組織の問題を伺いたいんです。 これも昭和二十九年五月三十一日の当内閣委員会で、時の副総理の緒方竹虎大臣は、国防会議の事務局について、こういうふうに答えておるのが非常に私は大事なことだと思うんです。それは「国防会議に厖大な事務局を置くことは、ややともすると、一つの既成の考えを以て、一つの会議を動かすような力になる虞れがあります。