「纐纈彌三」の過去の国会発言

発言数 825件

初発言日: 1955-06-13  /  最新発言日: 1966-07-13  /  1 ページ目 / 全体 42ページ

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1966-07-13 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈委員 これより会議を開きます。 私が年長者でございますので、衆議院規則第百 一条第四項の規定によりまして、委員長が選任さ れますまで、委員長の職務を行ないます。 これより委員長の互選を行ないます。

1966-02-16 衆議院

科学技術振興対策特別委員会動力炉開発に関する小委員会

○纐纈小委員長代理 以上で参考人に対する質疑は終わりました。 この際、参考人の皆さまに一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、たいへん参考になりました。小委員会を代表いたしまして、厚く御礼を申し上げる次第であります。 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会します。 午後一時二分散会

1966-01-28 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈委員 これより会議を開きます。 私が年長者でございますので、衆議院規則第百一条第四項の規定によりまして、委員長が選任されますまで、委員長の職務を行ないます。 これより委員長の互選を行ないます。

1965-10-04 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈委員 私ども欧米班は八月の八日に羽田を出発いたしまして、九月六日ちょうど三十日間の旅行をさしていただきました。一行は小宮山君、渡辺君、私の三人でございます。 まず、私どもが参りましたところは、最初カナダでございます。そこからニューヨークに参りまして、次いでロンドン、ハンブルク、パリ、ジュネーブ、ローマ、ウィーン、プラーグ、ワルソーに参りまして、八月二十八日モスクワにおいて第二班の菅野、岡、三木三君と一緒になりまして、それから北

1965-07-30 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈委員 これより会議を開きます。 私が年長者でございますので、衆議院規則第百一条第四項の規定によりまして、委員長が選任されますまで、委員長の職務を行ないます。 これより委員長の互選を行ないます。

1965-05-27 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈政府委員 渡辺委員の御質問でございますが、大体防災センターの仕事につきましては、和達さんから御説明があったようなことでございます。 そこで、政府といたしましては、いまお話しのような、いわゆる政策実行の面につきましての場合に、それぞれ所管官庁で進めていくべきものであると私は思うのでございます。 ただ、お話のように、ある程度科学技術的の調査について、そういう政策実行について必要なものは、あるいは命令を待たないでひとつ進んで積極

1965-05-27 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈政府委員 日野委員からいろいろ御要望もあり、また御質問がございましたが、科学技術庁といたしましても、いま高橋局長からもいろいろなお活を申し上げましたように、最近御承知のように農業の技術は非常に進んで、増産、増産できておりますが、やはり科学技術的に根本的な問題に欠けておるという問題がまだ相当あると思うのです。そういう意味で、そういう見地から科学技術の基本的な調査というものをやるにはどうしても金が要りますから、お説のように、ひとつ委員

1965-05-26 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈政府委員 本日は、水資源の利用につきまして参考人の皆さんから非常に有意義な御意見を賜わりまして、参考になりました。 実は、防災センター等におきましても、洪水に対します災害の研究というものが中心になっておるようでございますけれども、やはり水が足らぬということも一つの災害でございまして、ことに今後わが国産業発展のために、また人口増加というような問題につきましても、この水が足らぬということは、将来でなく現実の問題として皆さまに御迷惑

1965-04-08 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈政府委員 お答えいたします。 御承知のように、この前の委員会におきましても、茨城の知事さん以下来られまして、ここで射爆場の問題を中心にして、東海村の問題等につきましていろいろ切々たる陳述がございまして、私ども非常に打たれたわけでございます。 その際、防衛庁長官もお見えになりましたが、いままでの折衝はあるいは事務的であったかもしれぬので、今後は高度の政治折衝をもってやりたいということでございまして、それに対しましても、外務大

1965-04-08 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○纐纈政府委員 まあ、明言をすることは簡単でございますが、何しろいままでむずかしい交渉を続けてまいっており、相手があることでございまして、これができなかったということは、いま誠意がなかったんじゃないかというおしかりをこうむった次第でございまするけれども、お話しのように、総理もかつて科学技術庁長官をやっておられまして、この問題につきましては、総理となられてからも、科学技術振興の問題につきましてはいろいろ進言を受けておるわけでございまして、

1965-03-31 参議院

議院運営委員会

○政府委員(纐纈彌三君) 科学技術会議議員の任命につき、両議院の同意を求めるの件について、御説明申し上げます。 科学技術会議議員内海清温、茅誠司の両君は本月二十六日任期満了となりましたが、茅誠司君を再任し、内海清温君の後任として兼重寛九郎君を、また梶井剛君がすでに辞意を表明しておりますので、その後任として篠原登君を任命いたしたく、科学技術会議設置法第百条第一項の規定により、両議院の同意を求めるため、本件を提出した次第であります。

1965-03-11 衆議院

内閣委員会

○纐纈政府委員 お答えします。 御承知のように、臨時行政調査会では、科学技術行政に関する答申といたしまして、現在の科学技術会議を改組して、閣僚を主たる構成メンバーとする科学技術会議を内閣に置き、政治的側面から国の最高方針を審議すること、二、科学技術庁の企画調整機能を拡大強化し、大学における研究をもその調整対象にすること、三、科学技術庁に科学技術政策委員会及び原子力委員会を付置すること等について申し述べられているわけでございます。私ど

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