「菅原清六」の過去の国会発言

発言数 26件

初発言日: 1955-06-30  /  最新発言日: 1955-06-30  /  1 ページ目 / 全体 2ページ

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1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 先ほど申しましたように私の方の農務の係りをしております主事でございます。それが県の御指導によって当初急いで提出した、これだけであります。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 私の生れ故郷は宮城県でありますが、ただいま本籍を和歌山県の和歌山市に移しております。終戦後は食糧公団の支局長などをやりまして、また輸出組合連合会の会長などもやりまして、二十六年の十月に町長に就任し、二十八年の四月に町村合併等によりまして市長をいたしておるのであります。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 先ほど申し上げました二十八年の四月に市長と申しましたのは、二十九年の誤りでありますので、訂正さしていただきたいと思います。 ただいまの問題につきまして申し上げますのでありますが、当時の概況を申し上げますことの方が何がしかの参考になると存じますので、かいつまんで申し上げたいと思います。 二十七年の例の災害でありますが、私当時町長に就任いたしまして半年くらいのときでございまして、山では七百ミリくらいの雨だと申

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 当時の状況につきましては、先ほど申し上げましたように全く混乱のさ中に当初のああいう設計等をいたしたのであります。一番最初に出しましたのが七月十八日に災害を受けまして、八月十日までに書類の提出を求められたのでありますことは、前段に申し上げた通りでございます。それから八月二十四日に査定を受けまして、そうしてその次にさらに一月二十二日に会計検査院の査定が参ったということであります。で、私の方は、一番最初に全く泥の中に入

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) ほとんど当時町の排土というものに専念しておりましたのですが、その町の方の排土の問題はとにかく町の中のあき地というあき地には全部とにかく出そう、それからそのごく近くのそうしたあき地というものをことごとく、今後はともかくとして、さしあたりは入れよう。それから川に近いところのそういう地域などにつきましては河川敷なんかに排除したというようなことで、当時つじつまを合してやったわけであります。従って先般の農地などに関連してこ

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 今の問題でありますが、先ほど来申し上げておりますように、私はそれから約三カ月混迷の中に、渦の中に入っておりましたので、詳細知悉いたしておらぬのであります。ただ当時県営にするか、また町営にするかという問題につきましては、だいぶん農業委員会等でおっしゃったわけでありますが、結局町営でやろうということで、当時町営でやることになったのでありまして、そのへんの関係につきましては、詳しく実は承知いたしておらぬのであります。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 全体から申しますと、八割七分くらい今できておるだろうと、そう申しております。むずかしいところ、複雑なところが一部残っております。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 今農林省からお話のありましたように、二千二百四十四万六千円は確かにいただいております。残ります金額につきましてはただいま仕越しをしておるのであります。御承知のように、私の町も災害以来実に困窮をいたしておりまして、赤字財政におきましては人後に落ちない、そういう状況にあるわけであります。従って、この残金等につきましても、実は支払い能力を持っておりませんから、しょっちゅうそういう関係の者から請求を受けております。三十年

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 農家の現況はもちろんそういう負担にたえる状況にはなっておらぬと思います。従って、私たちのところで、ただいま一割につきましては、例の起債に仰いでおります。起債以外の問題につきましては、これまた非常に困難して、実はまだ押し問答をやったりしておると、こういう関係であります。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 災害を機会に転住するというようなことはほとんどありませんでした。やはり誰もがそのたんぼを復旧してやろうという愛着を持ってやっております。それからもう一つ固定資産税の問題でありますが、これは当年度もちろん全額減免、次年度の昨年もほとんどこの分量に対しては課税しておりません。しかし本年度あたりから何がしかの課税をしようということで多少の徴収をやる見込みであります。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) それは大した経験は持ち合しておりませんが、いわば農務に関する全般を扱っておるのであります。もちろん専門家ではございません。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 農林学校を出ております。そして朝鮮等のそういう関係を回って参っております。そういう経歴でございます。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) ただいまお尋ねのありました問題でありますが、経営は町の直営でいたしたのであります。ただし、さっきも農地部長からお話がありましたように、七つの集団に分けまして、そうしてその集団に委託をした形をとっております。だから、それぞれの分けたグループにそれぞれの責任を持ってもらいまして、それをやって参ったおけであります。それから総面積につきましては、全部と申し上げた方がいいと思います。もう一つ最後に専念云々の問題がありました

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 大した経験は持ち合わしておらぬと思いますが、いわば町村の、広く浅くやっておる程度のそういう技術でございます。

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) ただいまの問題でありますが、借り入れの問題につきましては二つの方法をとっておりまして、一つは市の方が保証して農家個々に借りさした便法をとったのがあります。また町がただいま四百万ぐらいの金を出しておるのは、町で借りて仕越しの分に出しておる、この程度であります。もちろん当初はつなぎ資金等でお世話になったのでありまするが、自後の問題につきましては、そういうケースをとっております。それから復旧をいたしております面積であり

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) ただいまの問題でありますが、私たちの方から申しますと、あるいは当初出しました問題が何がしかの過大であったかもしれないと思います。それはしかし先ほど申し上げたような環境のもとにありましてやったことでありますが、自来査定をしばしば受けたのでありますけれども、その間にきめられた数字はもう絶対だというそういう考え方でいわばやってきたわけであります。それでこの査定が決定いたしましたときに、私の方の農業委員会が一斉に退職をさ

1955-06-30 参議院

決算委員会

○参考人(菅原清六君) 私の方の設計は先ほどのような環境のさ中にありまして、先ほど代弁いたしました者がいたしたわけであります。

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