日本国憲法に関する調査特別委員会
○参考人(西原博史君) 重要な観点だと思うんですけれども、まず、幾つか分けて、場面を分けて考えなきゃいけないと思うのは、大学生に対して大学教員がどういうかかわり方をするのかという問題が一つあります。大学生の場合には、基本的には、先ほど西先生おっしゃったとおり、学生の批判能力というものをある程度想定した上でのことになりますので、例えば、私が憲法改正に私は賛成だ反対だと言ったからといって、学生がそう単純に動いてくれることはないであろう、そこ
日本の国会議事録 全文検索
発言数 26件
初発言日: 2004-11-17 / 最新発言日: 2007-05-08 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
発言データをコピーしてAIに貼り付けると思想・価値観・主義主張などの分析ができます
※AIによる分析結果は必ずしも事実とは限りません。正確な判断はご自身でお決めください。
○参考人(西原博史君) 重要な観点だと思うんですけれども、まず、幾つか分けて、場面を分けて考えなきゃいけないと思うのは、大学生に対して大学教員がどういうかかわり方をするのかという問題が一つあります。大学生の場合には、基本的には、先ほど西先生おっしゃったとおり、学生の批判能力というものをある程度想定した上でのことになりますので、例えば、私が憲法改正に私は賛成だ反対だと言ったからといって、学生がそう単純に動いてくれることはないであろう、そこ
○参考人(西原博史君) 御紹介いただきました西原でございます。本日は、重要な法案審議におきまして意見陳述の機会をお認めいただきましたことを深く感謝しております。 私は、憲法学を研究する者として今日ここに参ったつもりでおりまして、その観点から、憲法改正、国民投票の在り方をめぐる幾つかの点について私見を申し述べさせていただきます。 インターネットの中継等々、これまで審議経過をずっと拝見してまいりましたけれども、正直、なお根本的な諸問
○参考人(西原博史君) 時間が余り残されていないので簡潔に申し上げますが、これまで国民投票法がなかったことをどう評価するか。これまでなかったことはある意味で言うと、先ほど私が触れましたとおり、国民投票法というものの構造的な難しさからしてまあ無理はなかったかもしれないということはあるかと思います。つまり、本来であれば、国民がどう意見表明するかに関して国会が決めなきゃいけないというところに一種のねじれが存在するわけですから、その部分について
○参考人(西原博史君) 御指摘いただきましたとおり、私はまだまだ審議が足りないという見解でありますけれども、これはやはり主権的な権利の行使、あるいは基本的人権の行使にかかわる手続について話そうとしているわけです。 現時点では、例えば公務員の扱い、教員の扱い、一体何が許されて何が許されないのかについて法文上明確な指針が得られない。これはやはり基本的人権を制限、あるいは基本的人権の実現に資するための法律としては、やはりまだまだ法律として
○参考人(西原博史君) もちろん、国民主権はお金の主権ではないわけですから、お金の力で投票結果あるいは政治行動が決まるということはふさわしくない。その意味において、スポンサーが番組を支配することによるマインドコントロールに対してはもちろん警戒的でなければいけないというのは御指摘のとおりだと思います。 幸い、日本の放送は放送法の規制の下にあって、やはり政治的な中立性を義務付けられているという基本的な精神はこれはやはりあるわけですから、
○参考人(西原博史君) まず、これは憲法の解釈の問題になるわけですけれども、国民の承認を得るということが単純に投票者の過半数ということ、有効投票の過半数ということになるかどうかはまた別問題というところから多分考えが始まるんだと思います。 そういう意味でいいますと、まず、基本的には、これ存立を前提にして、それを変えるだけの支持が集まるかということに関して言えば、国民の、あるいは有権者の過半数の賛成を得ない限りは改正しないというやり方も
○参考人(西原博史君) 残念ながら、私はこの地位利用禁止規定に具体的に何を実現するための意味があるのかがよく分からないので、したがって、実現しなきゃいけないものを目的として、こういう規定の仕方であればよいという回答は持ち合わせておりません。 二、三付け加えますと、今、宮里参考人がおっしゃった点なんですが、例えば、これやっぱり解釈の枠が非常に広いのが気になるわけでして、その意味では、先ほどおっしゃったとおり、例えばどう懲戒処分の対象に
○参考人(西原博史君) まず、幾つかやはり区別して考えなきゃいけないと思うんですけれども、まず、猿払事件判決において公務の中立性に対する国民の信頼というのが一つの根拠とされたことがもちろん挙げられます。その部分が今回の国民投票のケースとどう関係しているのかというのは相当慎重な検討が必要なわけでして、先ほどの宮里参考人への御質問を繰り返す形になりますけれども、要するに、例えば憲法九十九条における憲法尊重擁護義務の問題とはこれは事柄が違うと
○参考人(西原博史君) どうしたらよいかという御質問、大変正直な御質問で有り難く思うんですけれども、まず憲法学に属する者として申し上げたいのは、やはり憲法上の懸念のある条文が余りに多過ぎる、あるいは正確に言うと、どうしてもこれは修正の要があると憲法上認められる条文としてやはり百三条の地位利用の問題、これが余りにやはり規制の範囲が広範に過ぎ、かつ不明確であるという点において、法文として成立したその瞬間に憲法違反の状態ができ上がる危険が高い
○西原公述人 御質問ありがとうございます。 民主党案、政府案、それぞれについての賛否及びそれぞれの異同という点ですけれども、まず、完成された教育基本法に対する改正の構造として、私は、民主党案も、完成されたものとしてはまだ若干不十分な部分があって、これからの議論にゆだねられるべき点があるのではないか。その意味では、いずれも完成された新しい教育の基本的な姿を打ち出してはいないかもしれないというふうに思っております。 両者における違い
○西原公述人 西原博史でございます。 本日、教育基本法改正に関しまして意見を申し述べる機会をお認めいただきましたこと、心から御礼申し上げます。 私は、早稲田大学に身を置きまして、憲法学、特に基本的人権の理論、中でも思想、良心の自由の研究にこれまで精力を費やしてまいりました。十年ほど前に上梓いたしました私の学位論文におきましても、良心の自由を扱いまして、アメリカ憲法、ドイツ憲法などとの比較の上で、国家が個人に対して特定価値観に基づ
○西原公述人 御質問ありがとうございます。 まず、先ほど具体的な件として挙げられました未履修問題、それからいじめ、そしていじめ自殺などの問題、これはやはり現在の教育行政の一つのゆがみをあらわすものなのかなというふうにも見受けられるわけです。 特に一九九〇年代以降の中で、例えば数値目標化、そして数値目標の達成を目指した教育の効率化という動きが進んでまいりましたが、現行教育基本法のもとでのものではありますけれども、恐らく政府案が目指
○西原公述人 国会として歴史の検証に耐え得る審議過程が必要であるという御見解、非常に敬服いたします。そのとおりだと思います。 そして、その観点から、この教育基本法改正をめぐる国会での審議を拝見したところの感想を申し上げますと、まず、そもそもなぜ改正なのかという、その理由すら十分に示されてきているとは思えないというのが現状だと思います。 つまり、もちろん日々問題は起こります。問題には原因があり、原因の結果としての問題があるわけです
○西原公述人 責任の所在が不明確である、現行法体制の一つの問題かもしれないというのは多分御指摘のとおりだと思います。 特に、専門性ということが教育で重視されなければならない、それ自身は間違っていないんですけれども、その専門性の陰に隠れて結局どこに具体的な決定権限があるのかということが十分見えてこなかったという部分もございます。 例えば、一九九七年でしたか、中央教育審議会が地方分権にかかわって答申を出したときには、そこには誤解があ
○西原公述人 もちろん、教育については権限の適切なバランスが必要なわけですけれども、そこでやはり一番関心を持っているのは子供本人、そして親というところが出発点だと思うわけですから、そうすると、親とそれから中央官庁との距離、子供と中央官庁との距離ということを考えると、国にすべての権限を集中するというのは、権限配分論としてはやはり無理だろうというふうに思います。 そうすると、もちろん、ある程度ナショナルミニマムの保障、そしてそこに対する
○西原公述人 海外の例を見ますと、教育目標を法律で決めること自身は決して珍しいことではないというのがまず一つです。ですから、その場合に、本質的なのは、教育目標の設定とその教育目標の実現の仕方がどこまで法律によって縛られるのか。逆に言うと、教育目標の実現に向けたコミュニケーションがどこまで開かれたコミュニケーションとして実現していくのかというところが決定的に重要なんだろうと思います。 ですから、政府案にかかわる問題点で私が最も大きいと
○西原公述人 競争の問題は非常に難しいと思うんですけれども、仮に教育に計画という考え方を持ち込んだからといって、即競争が激化するかというと、それはもちろん計画のつくり方ということになりますので、その必然性は必ずしもない。ただ、特定の条件の中ではそういう方向性を持ってしまうということです。 その特定の条件としてやはり、現在の教育をめぐる環境の一つの条件としては、まずお金を余りかけたくないというところが出発点になって議論が組み立てられて
○西原公述人 現在、命の大切さというものを片っ方で言いながら、現場では、まさに指導する立場にある先生たちがみずからの命を絶たざるを得ないという非常に痛ましい状況を迎えている。これはやはり、何らかの制度的な欠陥があるということなんだと思います。その制度的な欠陥の非常に大きなものは、学校をめぐる行政の流れ、教育行政の流れの中にあるように思います。 教育基本法の、現行法の基本的な想定というのは、やはり教育行政は条件整備を主要な課題とすると
○参考人(西原博史君) 御質問ありがとうございます。 重要な点ですが、これも権利論としてどこまで可能なのかという点については難しい問題を含んでおると思います。大体問題が語られるのが大規模災害のケースが多いわけですけれども、大規模災害による被災者の置かれた立場と、非常に小規模災害、例えば落雷があって自分の家だけがつぶれたというような小規模災害における被災者の立場というのは、被災者個人の立場として見ればそう変わらないのではないかというの
○参考人(西原博史君) 例えば、だれしもがその質問で想定するのは憲法九条の問題かと思うんですけれども、私自身は、政府解釈は政府解釈としてそれなりの役割は果たしている、それが私の個人としての憲法解釈と同じかどうかの問題はちょっとさておいて、やはり政府解釈というのは国に対するコントロールとして一定の機能を果たしているという認識は認識として持たなければならないと思いますので、現状において、いや、憲法全く役に立っていないという領域は私は現時点で