「西山健彦」の過去の国会発言

発言数 255件

初発言日: 1977-11-01  /  最新発言日: 1986-11-27  /  1 ページ目 / 全体 13ページ

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1986-11-27 衆議院

内閣委員会

○西山政府委員 お答え申し上げます。 かねがね中曽根総理並びに外務大臣も申し上げておりますとおり、我が国といたしましては、北方四島、これを我が国固有の領土であるという立場からその一括返還をソ連に対して一貫して要求してきているところでございます。政府といたしましてはソ通側がこのような我が方の正当な要求を、速やかにこれに応じて四島返還することを強く期待している次第でございます。 ただいま御言及ございました中間的妥協案あるいは二島返還

1986-11-26 参議院

決算委員会

○政府委員(西山健彦君) この問題につきましてのソ連側の対応ぶりは、先ほど来国連局長の方からもお話し申し上げたとおりでございますが、本件についての責任について一切これを拒む態度をずっと続けておりますので、我々の方といたしましては従来から詳細の資料の提供方をあらゆる機会にソ連側に求めてきているわけでございますけれども、ただいま先生から御指摘がありましたような問題点を含めて、現在までソ連側からは何の資料も得ることができないというのが現状でご

1986-11-20 衆議院

内閣委員会

○西山政府委員 まず、ヨーロッパの事情でございますけれども、フランスないしイギリスが独自の核抑止力に非常に強く固執いたしますのは、通常戦力の分野で見ますと、ワルソー条約諸国の力がいわゆる北大西洋条約諸国、NATO諸国の通常戦力に比べて圧倒的に強いということから出てくるわけでございます。これはいろいろな説がございまして、通常戦力の比較を明確にできる人はいないわけでございまして、今、NATOの中で専門家グループをつくってその評価をやっており

1986-11-20 衆議院

内閣委員会

○西山政府委員 先生がかねがね日ソ関係の改善のために御尽力になっておられますことは我々もよく承知をしておりますし、先生がいろいろと成果をお上げになっておられることについてはかねがね深い敬意を抱いているものでございます。 ただいま御指摘になりました点につきましては、当然のことながら、我々は我々の外交を我が国の国益に最も沿った形で進めたいと常に念願しておるわけでございます。 その場合に基本的に踏み外してはならないことは、第一に、我が

1986-11-06 衆議院

予算委員会

○西山政府委員 お答え申し上げます。 その間の経緯につきましては、これはそのときの会議に出席しておりました当事者の間の口頭了解ということでございまして、口頭了解という限りにおいてはいささかも疑いのないことでございます。

1986-10-29 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 お答え申し上げます。 モスクワにおきます日ソ国交回復交渉に先立ちまして、当時の河野一郎農相がブルガーニン首相と随員を引き連れずに単独で会談を行われたということは事実でございます。しかし、その際どういうことが話されたかということにつきましては、後に河野農相御自身が、領土問題はブルガーニンとの会談において、私がそれに対して、それと申しますのは歯舞、色丹のみの返還ということでございますけれども、それに対して同意を与えるとか

1986-10-29 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 極めて重要な外交交渉案件でございますので、一日も早くこの問題についての交渉が完結して平和条約が成立し、このような記録も歴史的資料として公開できるような日が来ることの早からんことを祈る次第でございます。

1986-10-17 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 戦術核という概念は相対的なものでございまして、何が戦略核で何が戦術核かというのは、これはそのこと自体が一つの問題でございます。運用の方法論によりまして、同じものでも両用に使えるということがございます。したがいまして、一義的にこれが戦術核と申し上げるのは難しいわけでございますけれども、いわば常識的に短距離の核ミサイルを指して戦術核と言うということでございますと、既に先ほど委員から御指摘がございましたように、射程七十キロのフ

1986-10-17 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 ゴルバチョフ書記長がこの演説の中で言っておられますこの会議の構想というものは、ヨーロッパにおきまして一九七五年に開催されましたいわゆるヘルシンキ全欧安全保障協力会議に似たものを今後アジアで開催していきたいという御趣旨と思います。 もしもそうだといたしますと、そういうものが可能となります前提として、まずこの地域の第二次大戦後の国境というものが凍結というか固定されないと、その上にそういうものは立てないということであろうと

1986-10-09 参議院

外務委員会

○政府委員(西山健彦君) 事実関係と申しますのは、過去に先方からそういうお話があったということは私も聞いておりますし、そういう動きが一部の方々の間であったということも承知いたしております。 ただ、本件は、両者がどういうふうに違うのかというすぐれて法律的な問題にかかわるかと思いますので、むしろ条約局長から話していただく方がいいのではないかと思います。

1986-05-14 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 先ほど来審議官の方からお答え申し上げておりますが、かなりの放射能による汚染があると見られますので、ソ連経済に相当程度の影響が出るものと考えられますけれども、この時点では事故の詳細についてなお不明な点が多いものでございますから、はっきりとしたことは申し上げられない状態でございます。

1986-04-22 参議院

外務委員会

○政府委員(西山健彦君) 先方が具体的に言っております産業の種類、 〔理事石井一二君退席、委員長着席〕 例えば米の加工であるとかあるいは木材の加工であるとか、主としてその内容が日本と非常に関係のある分野であるということがさしあたって第一の理由ではないかと思われます。

1986-04-22 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 御承知のようにソ連という国は、さまざまな状況を常に頭の上に置いて、その総合判断の上に立って個別の案件に取り組むというのが例でございます。したがいまして、この国と外交交渉をする場合には、こちらも総合的状況をすべて頭に入れた上で立ち向かう必要がある次第でございますので、現段階で個別の問題についていろいろコメントを申し上げることは差し控えさせていただきたいと存じます。

1986-04-22 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 その問題につきましても、ただいま申し上げたことと同様にお答えする以外にない次第でございます。しかしながら、決して後退したということではございません、なお交渉を続けているということでございます。

1986-04-22 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 第二次世界大戦の終末を迎えるに当たりまして、いろいろ歴史的な経緯があったということは、私もいろいろな本で承知いたしております。しかしながら、いわゆるヤルタ協定というものは、その当事国の当時の首脳が共通の目的を陳述した、そういう文書でございまして、その当事国にとってすら何らの最終的決定というものをなすものではないし、また、その領土移転のどのような法律的効果を持つものでもないというふうに我々は考えております。 これは米国

1986-04-22 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 全体の状況につきましては、ただいま大臣から御答弁があったとおりでございます。もちろん、今先生が御指摘になりましたような問題を含めまして、全般的な総合判断からこの際慎重に状況を見きわめたいというのが理由でございます。

1986-04-22 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 後退しているというわけではございません。先方は、共同声明に書いてありますとおりの態度で本件に対応しております。ただ、細かいいろいろな話につきまして、まだ話し合いが進行中ということでございます。

1986-04-22 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 文化取り決めそれ自身は、更新され続けて今日に至っております。その内容の実施につきましてはなかなか難しいところもございますが、おおむね全般的には、その取り決めの枠内においては機能していると申し上げることができると思います。 ただ、今回改めて文化協定をつくろうということに我々が考えるに至りましたのは、ソ連との間ではもう少し別な基礎の上に立って、より平等な立場といいますか、コミュニケーションにおける平等性といいますか、それ

1986-04-22 衆議院

外務委員会

○西山政府委員 交流一般について申し上げれば、先方から我が国にいろいろな情報が入ることは我が国の体制からいいまして比較的自由でございますけれども、反面、我が方の情報をソ連の中に、それが人であれ書き物であれ、いろいろな形でもって入れようといたしますと、非常に制約的な条件にぶつかるわけでございます。したがいまして、現状が平等でないというふうに申し上げたのはそういう点を念頭に置いてのことでございます。

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