教育基本法に関する特別委員会
○西澤参考人 私ごときを呼んでいただいたわけでございますが、果たしておこたえできるかどうか、甚だ自信がないところでございます。 ちょっとだけ私のバックグラウンドを申し上げた方がおわかりいただくのにいいのではないかと思います。 私のおやじも東北大学の工学部応用化学科におりまして、子供のときから、教育ということには幾らか雰囲気として勉強ができたのではないかというふうに考えているところでございます。 もともとは理学部に行きたかった
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発言数 79件
初発言日: 1985-04-23 / 最新発言日: 2006-06-06 / 1 ページ目 / 全体 4ページ
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○西澤参考人 私ごときを呼んでいただいたわけでございますが、果たしておこたえできるかどうか、甚だ自信がないところでございます。 ちょっとだけ私のバックグラウンドを申し上げた方がおわかりいただくのにいいのではないかと思います。 私のおやじも東北大学の工学部応用化学科におりまして、子供のときから、教育ということには幾らか雰囲気として勉強ができたのではないかというふうに考えているところでございます。 もともとは理学部に行きたかった
○西澤参考人 教育者が自分が社会に対して持っている責任感を十分に自覚しなくなったということが、私は最大の原因ではないかと思います。 もちろん、戦後、生活環境その他が決して教員に対してよくはなかったというふうに思いますけれども、しかし、小中学校の先生方の待遇が大学の教官に比べてそう悪くなかったなどという時代もあるわけでありまして、本来それでちっともおかしいとは思いませんけれども、先ほど申しましたように、そういうふうなところがあったにも
○西澤参考人 今先生のおっしゃったことは、むしろ私の持論でございます。 外国にもいろいろな学校がございます。例えば、グラスゴー大学に目をつけたのは伊藤博文の非常な先見の明があった。その前に、長州藩は五人の藩士を密出国させまして勉強にやっているわけでございますが、グラスゴーには行かなくてユニバーシティーカレッジに行ったのでありますけれども、いずれにしましても、そういうところに目をつけたということは、日本の明治期における文教の発達に対し
○西澤参考人 今、少し神経質になっているといいますか、例えば委員会に女性の委員を何人入れろなんということを決めるのはむしろ逆効果ではないかというふうに私は考えております。 大体それは上の連中が、周辺もそうでございますけれども、公平な目で見て、男と女とは関係なしに委員を選ぶとか、もちろん、女性の立場というものがありますから、そういうときには意識的に入れることも必要でありますけれども、今言われているように総量規制をするというようなことは
○西澤参考人 大変けしからぬことを申し上げるかもしれませんが、大変この改革がおくれておりまして、さっきもちょっと申しましたように、今回、残念ながら決まらないということのようでございますけれども、しかし、それが後、学生生徒たちに何年分のマイナスになってくるかということになるんだろうと思います。そういう意味からいえば、私の専門でもないせいもございますけれども、字句その他の解釈とか細かいところというのは、やはりこれはやってみながら変えていくと
○西澤参考人 大変重大な点をついてくださいまして、ありがとうございます。 今、例えば小学生のときに駆けっこをさせないというようなこと、今細かく申し上げる必要はないので、大抵の方は御存じだろうと思いますが、ということがございます。片方では、母親が何と言うかというと、おまえは偏差値の高い大学に入って、このごろ第一部上場もはやらなくなりましたけれども、第一部の会社に就職しなければちゃんとした生活ができないよと言って、子供のうちから、ある意
○西澤参考人 日本の教育は、日本人のためにあります。すべての人たちがこの国に生まれて、この教育を受けてよかったなと思ってくれるような教育をするというのが理想だと思っております。 では、非常にエゴイスティックで外国から嫌われるような教育をするのかというと、そうではないんですね。日本人が何かやろうとして、それをやった結果、自分たちの国も非常に幸せになった。すぐはわからないかもしれません。やがてわかってくれるでしょうし、また、何回もこうい
○西澤参考人 それでは、私の見解を申し述べさせていただきます。 戦後、個性を尊重するとかいうことがうたわれまして、親が子供に干渉することが非常に悪いようなことを考えてきたのではないかと思っております。もう少し早くそういう点に対する注意をすべきではなかったかと思っております。今、親も先生も代がわりをしておりまして、そういう方々がお子さん方のしつけをしないわけでございます。ですから、そういうやり方とか理念が既に失われておりまして、これは
○西澤参考人 仰せのとおりでございまして、エネルギーが人間生活に非常に重要なものだということは、日本人は余りわかっていないのではないか。 シベリアのノボシビルスクは極北の地でございますが、気象が急変いたしまして、予定の重油では足りなくなりました。町のセントラルヒーティングがとまりそうになったわけであります。そこで、トラックの運転手の中から、物騒な言葉でございますが現実にそうでありまして、決死隊を募集いたしました。コーカサスまで輸送車
○西澤参考人 小さな大学で仕事を務めさせていただいております現在でございますけれども、このような大変意味のある会に呼んでいただきまして、意見を述べさせていただくことを大変光栄に存じております。 最初に申し上げたいことは、現在の憲法というものが、個人の権利を守るということについては大変丁寧に書いてあるわけでございますけれども、よく読めば書いてあるとは思いますが、逆に、そのような社会を守っていく責任が国民の一人一人にあるのだと。それから
○西澤参考人 定性的には先生のおっしゃるとおりでございますけれども、では、ケーブルというのがどれだけの量を新しく使わなければいけないかというふうなことをやはり考えなければいけないわけでございます。量的にはそんなに大量のものではございません。ただ、これはやってみなければわからないということで、国の中でどなたかがとにかくテストをしてみてくださるということが非常に重要でございます。 現に北海道は電力が足りないが九州は余っているという事態が
○西澤参考人 大変ありがたいお話でございます。ただ、日本の科学者に必要なだけ金をやるよと言ったら、国の財政は破綻をいたします。ですから、大事なことは、十分にはできないかもしれませんが、精いっぱいの評価をして、いい仕事をする方にはたくさん差し上げるというふうなことをやらざるを得ないと思っております。 アメリカでもこれはやっているわけでございまして、私がよく申しますのは、たまたま今度のITの基礎になったのは、私どものやりました光通信とベ
○西澤参考人 これは私の私見が入らざるを得ないわけでございまして、でき得れば水力というふうに考えております。ただ、いろいろな事故がありまして、高圧ケーブルが例えばオフしてしまうというふうなことが起こりますと、これは大変大きなショックが生まれます。 そういうことでございますので、そういうときには緊急用に何か運転することによってその危機を逃れるというふうなものが必要でございまして、それはどうも原子力が一番合っているのではないかなというこ
○西澤参考人 先ほどちょっと御質問に対してお返事を十分にしていなかった点もございますが、外国でいろいろなことが言われた可能性をまた日本でみずからやってみている。例えば瀬戸内海でやりました太陽熱発電というのがございます。太陽の光を熱に変換しまして、これで発電をしようと。ところが、これは外国の人たちが今までやったところで、皆失敗だという判定がある。それから波力発電ですね。これはとれる量が非常に少ないということが言われております。 それか
○西澤参考人 先生のおっしゃるとおりだと思っております。 それからもう一つは、憲法に書いていない各国民の了解事項みたいなものがあると思います。私が間違って聞いているのかもしれませんが、イギリスの裁判の判決で、シェークスピアはこう言っているというのがあったという話を聞いているわけでございますから、これはいわゆる法律で締めるだけではなくて、慣習として締めているという一つの表現かと思います。いずれにいたしましても、憲法に書いていない各国民
○西澤参考人 木村尚三郎先生あたりがよく言われることでございますが、先ほど来私が申し上げましたように、明治以降の日本の展開というものは、世界のトップの幾つかに入るほど見事な展開をやったと私は思いますけれども、木村先生は、そのためには、江戸時代に培ってまいりました日本古来のベースがあるんだ、先生のおっしゃいました読み書きそろばんというふうなものがその後の大変急速な欧米対応の新しい展開の基礎として非常に有効だったということを言われるわけでご
○西澤参考人 大変重要な御指摘であると思います。 今もお話しのとおり、私もたまたま、そういうことを決めました教育課程審議会に三浦朱門会長のお供をして出席させていただいたわけでございまして、現在の日本人の学力といいますか、非常に国際的に見てレベルが下がってしまっている、ゆとりなぞつくっている余地はないのではないかということを申しました。 それに対して、担当官の説明は、余りにも日本の子供は勉強が嫌いになってしまっている、だから思い切
○西澤参考人 大体において、先生のおっしゃるとおりと思います。 ただ、最初に申しましたように、日本の憲法も、よく読めばやはり社会に対する義務ということも書いてありますけれども、権利を守ってやるというふうなところに非常に重点が置かれておりまして、とかく戦争の後でございましたからそういうふうになったのだろうと思いますけれども、やはり書く量とか書く場所、そういうことを考えていただいて、前文の中にそういうところをかなりバランスがとれる格好で
○西澤参考人 おっしゃるとおりでございます。 社会の成果を活用しながら生きている国民一人一人がそれに対して適切な見返りをするということ、これは近代社会に生きていく人間としては当然必要なことであると思いますので、権利を享受している限り、やはり義務を生ずるものだというふうに考えております。
○西澤参考人 大変難しい問題で、私が少し生意気なことを申し上げたということが原因だと思いますけれども、やはりそれは法律の専門家の先生方に私どもがよく趣旨を申し上げて、これを成文化していただくという筋道を通らなければいけないのではないかと思っております。 戦前、東北大学に非常に変わった講座がございました。いわゆる立法学の講座があったわけでありまして、それ以外の大学には立法学の講座がなかったと私承っておりますけれども、日本の法学の中に立