「西田信一」の過去の国会発言

発言数 2,162件

初発言日: 1956-11-22  /  最新発言日: 1970-12-17  /  1 ページ目 / 全体 109ページ

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1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 私も科学技術行政に携わる者といたしまして、科学行政の着実な推進ということが、これがわが国にとりましてきわめて重要な事柄であるというふうに認識をいたしております。私は、余談でございますけれども、先般偶然に終戦当時の八月十五日に、当時の鈴木貫太郎首相が国民に告げる悲壮な放送がございました。そのおしまいのところに従来の重大な欠陥であった科学技術振興をはかる以外に日本を建て直す道はないということを国民に放送されておるところを実は

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 われわれも濃縮ウラン技術の開発につきましては自主的な開発を積極的にやりたい、こういう姿勢で取り組んでおることは御承知のとおりでございます。しかしながらヨーロッパなんかの動きを見てみましても、このウラン濃縮等につきましては国際的な協力関係において開発しようというヨーロッパの動き等もございますことは御承知のとおりでございまして、自主技術開発ということに積極的に取り組む姿勢には変わりはございませんが、その世界の動き方を打診する

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 わが国の自主開発の上に非常に役立ったというふうには考えませんけれども、実は先般もアメリカの国会の原子力合同委員会のメンバーの一人が見えまして、私どもといろいろ懇談いたしたことがございます。その際にも若干こういうことにも触れたことがございますが、私はその際にもわが国といたしましては現在二つの方法について積極的に取り組んでおる、この開発はさらに強く進めてまいりたいと思っておるということも話をいたしました。やはりアメリカあたり

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 私は外務省並びに佐藤総理と相談といいますか了解を得て行かれたということはいま初めてここで伺ったのでございます。したがいまして、私は個人的な立場で発言したことだと思っております。

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 中曽根さんの発言をめぐっていろいろな反響があったといいますか反応があった。これは御指摘のとおりだと思います。いま御指摘になっておるような立場の反響も若干あったように承知しております。それからまたシーボーグ委員長からの書簡が来たというお話がございまじたが、それの写しを私はちょうだいいたしましたけれども、やや前向きに検討しろというような立場における反響も若干あったように思います。したがいまして、悪い反響だけが出ておるというこ

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 プラスとマイナスがあったと思いますが、防衛庁長官という立場でおっしゃったことが最もいい姿であったかどうかということにつきましては、私は必ずしも最善であったかどうかということはわからないと思いますが、しかし個人的に打診してみようということであって、いつかも交渉を打ち切ったらどうかということを、この委員会でどなたかのお話もございましたけれども、私は交渉というところまで入っているのではなくして、一つの打診であるというふうに考え

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 お帰りになってから報告がございました際には、こういうような打診をした、しかしこれは自分の政治家個人としてやったことであって、本来の任務ではない。したがってあとどういう反応があるか、あとは本来の任務であるところの科学技術庁、外務省がこのことをひとつ引き取ってといいますか受けてやってほしいということがございましたし、したがいまして、このことが非常に迷惑であったというふうにも言い切れないと思います。しかし必ずしもそういう誤解を

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 平和利用、それから民主、自主、公開、さらに国際協力ということも原子力基本法の中にうたわれております。したがいまして、どういう姿において国際協力が可能であるかということにつきましては、掘り下げた検討をしていいだろうと思います。

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 外務省並びに総理にお示しになった原稿というものが、どういうものであるかは私はわかりませんけれども、おそらくは御所管の事項を中心としたものであったんじゃないかと思います。そして濃縮ウランの問題等について、どこでどういう原稿の中にどう入っておったかというようなことは、おそらく新聞記者会見のときに何かおっしゃったことの中に、きわめて短いことばか何かあったんじゃないかと思いますけれども、あとはそういう原稿に基づいて発言されたのか

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 私は、アメリカに行った際に濃縮技術を提供することの可能性について、ひとつ探ってみたい、こういうお話がございましたので、そこで先ほど申しましたように、それはなかなか簡単なことではないということを私申しまして、そのことを局長に、こういう話があったがちょっと私も若干気にかかったものですから、——局長に話をして、そうしておそらくそういういろんな行き過ぎがあるということは——個人的にということでございますし、探ってみるというお話で

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 総理、外務大臣とどの程度のお話をなさったかということは、私まだ承知しておらないのです。したがって、そこまで準備をされて行かれたものとは実は考えておらなかったのです。

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 私に出発前に話されたとおり、政府としての発言とは、私はいまも受け取っておりません。一個人として中曽根さん自身がここで明言されておられるのでありますから、その範囲は出ておらないと私は思います。ただ、いま井上先生のおっしゃったような、かりに提言というようなことであるといたしましても、それはあくまでいわゆる意向を打診するという範囲のものであると実は思いますけれども、もし総理や外務大臣とかなり詳しいお話を——との程度なさっている

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 書面は私もいただきました。原子力委員会ではいまウラン濃縮懇談会というものを持っております。これはこのことだけでございません。もっとずっと広範囲な、ウラン濃縮全体について、国際的に、国内的に検討するのでございますが、その場でもこのことについて、そういうことの可能性ありゃいなやということやら、もしあるとすればどうとかいうことも含めて、一応内部的には検討されるものと思っております。

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 帰ってからの御報告も、一個人の立場でやったということを、明確に私は話を伺っております。また全般の御所管の国防の問題に関する報告が閣議でございました。その際にもつけ加えて、いまの問題にも一言触れられて一個人としてこういう打診をしてきたということがございましたので、したがって、あくまでも個人の立場であると思います。

1970-12-17 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○西田国務大臣 いま確かにこの席で御本人自身がそういうことをおっしゃいましたが、それは発表のしかたがちょっとまずかったのかもしれませんけれども、直接アメリカの当事者と話をされたときは、一個人としてのあれであるということを明確にされてなさったことだけは間違いないと私は考えております。

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