「長谷川正安」の過去の国会発言

発言数 109件

初発言日: 1970-12-18  /  最新発言日: 2000-03-23  /  1 ページ目 / 全体 6ページ

発言データをコピーしてAIに貼り付けると思想・価値観・主義主張などの分析ができます
※AIによる分析結果は必ずしも事実とは限りません。正確な判断はご自身でお決めください。

📊 統計データを集計中です。しばらくしてからページを再読み込みすると表示されます。
2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 初めに、自己紹介から始めます。 私は、一九四〇年に東京商科大学の予科に入学しました。四二年に学部に進学して、田上穣治という憲法を担当していた教授のゼミナールで憲法学の勉強を始めました。学徒出陣で二年間学業は中断しましたけれども、復学して、一九四六年に卒業して、一橋大学の特別研究生として三年間憲法の勉強をしました。その後は、一九四九年から定年になるまで名古屋大学の法学部で憲法の講義をしていましたし、定年になってからは、

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 私は、今東中さんが言われたように、そういう戦後の憲法史というのを丁寧に調べていけば、確かに、改憲論というのがどういう状況の中で、既に占領中から始まってどういう形で出てきたかということは、いろいろな事実があって立証することはできると思うんですけれども、きょうは私は、もっと大きな、世界の憲法の歴史の流れの中で見ると日本の憲法制定の経緯についての議論はどういう意味を持っているか、あるいは、日本の憲法の現状はどうなっているかとい

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 はい、わかりました。 そういうことですから、今の主権の問題。 それから第二の問題としては、国家権力の発動を規制する規制原理というものがあるかどうかという問題、これは私は、例えば今の議院内閣制とか、そういう点を考えれば、かなり整備していると思います。 それから第三の問題は、一体、基本的人権が保障されているかどうか。この点については、私の経験では、私は名古屋に住んで、中部電力という電気会社の電気で生活していますけ

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 はい。日本国憲法の現状をそういう基準で調べていただいて、その上で。調べるということ自身がこの憲法調査会のお仕事だと思いますので。 大変時間を余計とって申しわけありませんでしたけれども、私の話はこれで終わらせていただきたいと思います。どうも失礼しました。(拍手)

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 その意見は今も変わりません。 今までの古関さんかどなたかの報告にもあったように、占領中につくった憲法を再検討しろというのは、極東委員会の意見でもありましたし、それがマッカーサーを通じて吉田内閣までも来ていた、そういう意見なんですね。それをしなかったのは、一般の国民ではなくて、また日本の知識人ではなくて、その当時の日本を担当していた政治家がそういうことをしないと決めたわけですね。 それからまた、つけ加えて言えば、検

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 私は、日本国憲法の制定経緯を見ていて、結果的に、占領中も一定の、先ほど私の言った限度でですけれども、また戦後もそうですが、憲法が無効であるというふうには考えておりません。 それから、いわゆる押しつけというのは、だれがだれに押しつけたのかということが日本語の意味であって、ただ単に押しつけがあったかどうかと聞かれても、返事のしようがないわけですね。ですから、例えばマッカーサーがその当時の幣原内閣の閣僚に、また特に松本烝治

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 私は、ちょうど戦争から帰ってきて大学の特別研究生というのになって憲法をやっているときに、ある朝、新聞を読んだら、三月七日の朝刊に新憲法のあれが出てきて、それでびっくりして大学に行っていろいろと人に聞いたりなんかして、なかなかその当時の事情というのは一般の国民にはわからなかったわけですけれども、それ以来ずっと憲法のことを見ているわけです。 あの手続に対しては、私は宮沢さんが述べているような、明治憲法の改正手続をとって新

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 私は、自分から、自分が護憲論者だと言ったことはたしか一度もないはずです。私の属している憲法会議というのがありまして、その憲法会議の機関誌の名前は、私も提案したのですけれども、「憲法運動」という雑誌があるのですね。護憲運動でもなければ改憲運動でもない、私のしようとしていることは憲法運動だと言ったことがあるのです。 護憲という言葉、余り私は使ったことがないのですが、きょう実は、名古屋からここへ来るのに、新幹線で文庫本、中

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 これは、先ほどから私は外国の例を随分挙げているわけですけれども、憲法改正ができる条件というのは、フランスのあの第四共和制の憲法でしたか、外国の軍隊が一部でも占領しているときには憲法を改正してはいけないという条文を御承知だと思うのですけれども、ちょうどこの憲法を改正するときに、美濃部さんはまさにそういう立場に立って、今は憲法を改正すべきでないということを積極的に主張していましたよね、美濃部達吉さんは。だけれども、ああいう状

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 政治的な意見でしたら幾らでも、今のと全く反対の議論をすることもできますし、私自身は、日本の現状を見て、現状に満足していませんから、憲法のおかげでこんなによくなったとか、あるいは安保のおかげでこんなに平和だなんて思ったこともありません。それは、現状をエンジョイしている人と、私のように年とってひとりで年金だけで生活している人間とのあるいは感覚の相違かもわかりませんけれども、私は現状自身に非常に不満を持っているし、憲法について

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 私はスターリン憲法を絶賛した記憶がないんですけれども、スターリン憲法のすぐれた点、これは、ソ連の憲法の歴史から見ての話と、それからソ連が影響力を持っていた周辺の国、それから資本主義国との関係で、スターリン憲法の持っている意義というものを認めたことはあります。 特に、今記憶しているのは、スターリンが憲法をつくるときに、最初に長い演説をしているんです。その演説の中で、スターリンは非常に自慢げに、一九三六年の憲法は、資本主

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 それは法律家的に言えば、憲法は、国会が国権の最高機関であるということになっているわけですから、主権者である国民自身が何らかの方法で、例えば国民投票法とかそういうものをつくって、国民投票なりなんなりで国民自身が意見を述べることが可能になれば、それが第一。その次にはやはり、国家権力の中では国会が国権の最高機関として役割を果たすことができるんだろうと思います。

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 憲法を改正すべきかどうかというのは、手続の問題を別にすれば、極めて政治的な判断ですね、それ自体は。 そして、私が一つの条件として、主権が回復していないときには憲法改正はしない方がいいと言うのは、それはフランスの第四共和制憲法の一つの条文などを参考にして言っている意見であって、問題は、私の政治的な意見じゃなくて、私の言った、今の日本は主権が完全には存在していないというのが事実かどうかということは、これは調べることができ

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 私のきょうの報告で一貫して言おうとしてきたことは、大変簡単なことで、日本国憲法というのは、憲法典に書かれていること、それがいいか悪いかということじゃなくて、世界の憲法の歴史が示しているような、憲法の中身として考える、例えば人権が守られているかどうかとか、国家権力が規制されているかどうかとか、主権があるかどうかとか、そういう原則的なことを十分考えて議論してほしいというのが私の意見なんですね。 ですから、その三つの基準の

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 今のお考えは、現在のヨーロッパ、フランスでもそうですが、憲法の考え方としては、かなり有力なというか、流行しているというか、そういう考え方だと思います。 しかし、私にあえて言わせれば、日本の現状で、憲法八十一条で違憲立法審査権をゆだねられている最高裁または下級裁判所が日本にはあるのですから、例えば先ほど言った、最高裁が砂川事件のときに米軍の駐留は憲法違反だと十五人で判決を下したら、あっという間に条約が変わるかもわかりま

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 これは前回か前々回か、ここの参考人が詳しく述べている部分があったかと思うんですが、その経過は、私の判断では、極東委員会が開会される前にマッカーサーが中間的な措置として以上に多くのことを憲法についてすべてやってしまったことに対して非常に批判的な立場を持っている国が多かったということと、それからもう一つは、芦田修正というものについて、大体金森さん自身にも私は聞いたんですけれども、あれによって何の変化もないんだというふうに自分

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 私は、芦田修正というものを、その当時、私も含めて、また金森さんもそうですし、学界でも、意味を変えないというふうな考え方が、芦田さん自身を除けばほとんどの人がそう思っていたから、GHQでもそれを認めたんじゃないかと思うんですね。 そして、そういうふうに思うのは、あんな一行を入れたからといって、そもそも自衛のための軍備まで捨てるというマッカーサー・ノートから始まった第九条ですから、しかも世界的に監視される中で行われている

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 残念ながら、極東委員会の審議録というものは完全には公開されていないと思います、今でも。ですから、極東委員会に関する、たしかプリーズリーという人のパンフレットみたいな本がありますし、若干の本があって、それに基づいて、あるいは関係者の何か私的な話に基づいてしかこの問題については歴史的な結論は持てないと思いますが、私は、大まかに言って、芦田修正というのがあったから、どういう修正とかなんとかということじゃなくて、ともかく原案に対

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 内閣の統一見解というのは、非常に細かい議論ではあるんですけれども、芦田氏の言うことは、要するに「前項の目的」というのを特定の部分にひっかけて、自衛のためなら再軍備できる、だから戦力を持てるという議論ですね。ところが、政府は、その当時から、一貫して戦力という言葉を使わない、一定の何とかかんとかということを言っても戦力ということを一貫して使わなかったものですから、特に政府見解というのは、近代戦を戦うことのできる軍隊は持てない

2000-03-23 衆議院

憲法調査会

○長谷川参考人 今の私の意見としては、再軍備には反対ですし、それから、私はもう年ですから再軍備されても軍隊には行けませんけれども、私は、陸軍の砲兵の経験を二年間やってきていますから、軍隊というのがどんなものかということを皆さん以上によく知っているので、軍隊をつくるくらいならば刑務所をふやした方がましだと思っています。

← トップへ戻る