ロッキード問題に関する調査特別委員会
○長谷村証人 ただいまの電話というのは、三月一日の若狭さんとの対決のときの証言のときに出ました電話のことかと思いましたから、私は電話をいたしておりませんとお答えいたしました。いまオプションのことでございます。これは当日ではございません。三月の七日の日に私が大庭さんのお宅へ伺いまして、大庭さんのお宅で私が、大庭さんの証言によりますと自分から言われたというお話ですけれども、私は当時電話の中では先方から言われた、こういうぐあいに覚えております
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発言数 182件
初発言日: 1976-06-16 / 最新発言日: 1976-06-24 / 1 ページ目 / 全体 10ページ
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○長谷村証人 ただいまの電話というのは、三月一日の若狭さんとの対決のときの証言のときに出ました電話のことかと思いましたから、私は電話をいたしておりませんとお答えいたしました。いまオプションのことでございます。これは当日ではございません。三月の七日の日に私が大庭さんのお宅へ伺いまして、大庭さんのお宅で私が、大庭さんの証言によりますと自分から言われたというお話ですけれども、私は当時電話の中では先方から言われた、こういうぐあいに覚えております
○長谷村証人 そのとおりだと思います。
○長谷村証人 はい、私も見たものと同一でございます。
○長谷村証人 電話をいたしておりません。
○長谷村証人 間違いございません。
○長谷村証人 宣誓書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います 昭和五十一年六月二十四日 長谷村 資
○長谷村証人 さようでございます。
○長谷村証人 東京都港区南青山五の十二の二十四の二〇五、日本航空株式会社営業本部審議役、大正十五年二月一日生まれ。
○長谷村証人 間違いございません。
○長谷村証人 私は、八月の二十五日に大庭さんのところに見えて、翌日二十六日ごろだと思いますが、そのとき鈴木さんに初めてお目にかかっています。ですから、二度目でございます。
○長谷村証人 さようでございます。
○長谷村証人 前回の証言で楢崎先生からそのことをお尋ねいただきましたときに、私、余りにもどぎついと思いましてお答えを少し……
○長谷村証人 はい。前回楢崎先生からその御質問をいただきましたときに、私はお答えするのに少しどぎついと思いまして、ちょうどそのときが香港融資の問題が解決した後でございましたから、実は香港融資に関係あるようにお答えしましたが、それもございますけれども、私は実はその念書を回収しましたときに、ああこの念書が渡辺さんの手に渡らなくてよかったと、実ははっきり自分でそう思いましたし、神も仏もあるものだとそのときは本当に思いましたから、私としましては
○長谷村証人 そのことで私はおわびを申し上げなければいけませんが、実は私は原田先生の秘書さんという方をよく存じ上げません。そこで、私は持っておりました国会便覧で、当時、四十三年の八月現在のものだと思いますが、それで調べまして、大桑さんを知りました。そこで、たしか会館だったと思いますけれども、お電話をいたしました。大桑さんはおられませんでしょうか、私は全日空の顧問の長谷村ですがと、こう申しましたら、どういう御用件ですかということですから、
○長谷村証人 大桑さんだとばかり思い込んでおりましたから、電話に出られた方がですね、そういうぐあいに私はお答えしました。 しかし、本件につきまして、私は名刺が本当に鈴木明良氏がその名刺をちょうだいしたかどうかということにつきましては、委員長、私、検察庁で確認しましたことをお答えしてよろしゅうございますでしょうか。
○長谷村証人 実は私、検察庁で鈴木明良氏と同席いたしまして、検事の前で本当に原田先生から名刺をもらったかどうかを問われていましたら、御本人は確かにもらったと、そう言っておりました。
○長谷村証人 聞いたこと、ございません。
○長谷村証人 大庭さんが築地署で調書云々とか、あるいは名刺のことを言っておられますが、築地署は当時鈴木明良の詐欺未遂事件でございますから、調書はないと思います。それではなくて、実は四十五年の夏ごろだと思いますけれども、鈴木明良が、たしか赤坂署だと思いますけれども、詐欺で挙がりまして、そのときに調書を取られております。その供述の中に、ちょうど大庭退陣の数カ月後でございますから、全日空問題が出てくるかもしれない。そうしますと、先生方の名前が
○長谷村証人 これは回収の仕事は実は私がひそかにやっておりまして、その仕事を渡辺さんがおやりになっているんではなかろうか、そういうぐあいに実は感じました。
○長谷村証人 私としましては、ひそかに回収を終わりまして、大庭社長には迷惑のかからないようにということをやっておりまして、それで、先ほども鈴木明良が何度か訪ねてきているというようなことを言っておりましたが、実は私はその鈴木明良を追いかけ回しておりました。実は彼が初めは文京区のマンションにおり、一カ月後に港区のアパートに移り、私は彼を追いかけ回しておったわけです。そうして、にもかかわらず、ひそかに彼が全日空の中へあらわれておったということ