「高木昇」の過去の国会発言

発言数 215件

初発言日: 1965-02-17  /  最新発言日: 1967-07-20  /  1 ページ目 / 全体 11ページ

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1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 もちろん現地におけるようなコンクリートの基礎を築くわけではございませんが、かなり低くはございますが、仮の組み立てを必ずやります。どこのパラボラでも必ず仮の組み立てをやりまして、それで大体前後左右動かしてみて、これでいいだろうというところまで必ず工場ではやります。

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 前回申し上げましたとおりでございまして、このパラボラ本体は工場で一応全部組み立てまして、そうしていろいろな電気的諸性能その他をはかりまして、これは立ち合いが済んでございます。その後は内之浦にこれを輸送し調整するというのも、このメーカーの方と話し合いをいたしまして、やっていただくことになっております。契約書の中に、鹿児島へ送って、それで調整するのまで入っております。したがいまして、その架台でございますが、架台も話し合いで三菱

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 こういうものの寄付手続、これをしてなかったことは、私たいへん遺憾に思っております。 ただ、弁解がましくなりますけれども、このパラボラと架台とがやはり一体でございまして、据えつけ調整というものも、そういう基礎もつくっていただいて初めて精度も出るので、私たちはついうっかりしておりましたが、装置の一部と考えておりました。これは弁解になっては申しわけございませんが、私自体はそう考えておりましたので、この点は御了承願いたいと思い

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 その前に九月に空中線部を新しいカセグレイン方式に設計変更を行なった、このために三カ月完成が延びたというのが第一の原因でございます。このパラボラの図面のこの焦点のところにいままで考えていたのは二メートルの反射板をつけるだけを考えておりました。ところが、その後設計変更いたしましたのはこの部分でございますが、この部分にもう一つ、テレメーターの電波とそれからマイクロウエーブまで使えるようにしようというので、この反射板と、それからそ

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 この工事が非常におくれておりまして、私たち、しょっちゅう督促はしておりましたが、こういうたいへんおくれた状況でございますので、そのときには東大の本部の方を連れていったわけでございますが、どうしても繰り延べをしていただきたい、こういうことで伊丹へ御案内して、現状をよく把握していただいたわけでございます。ですから、これは、その一つの理由ではございますけれども、一番は設計を変更したために……。

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 こういうものは先ほど申しましたように工場内でまず一回仮組み立てをやりまして、そうして遠くへ、山の上に送信機を置きまして、電波の精度とか機械の精度というのをやりまして、それからまたばらしまして、そして現地で組み立て、調整を再度行なうわけでございます。工期がこの際六カ月延びましたことは、この構造が、ごらんになりますように全体重量を設計変更に伴い非常に軽くする、当時日本では最初でございましたアルミ板を、軽合金を溶接した構造になり

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 私、前回鎌倉と申しましたが、いま経理の者に聞いてみますと、伊丹でございます。伊丹でちゃんとやぐらを組むわけでございます。そうでないと、動くとか、こういうのはやはり全部——ですから工場の中で相当な設備を使って、そして組み立てて、機械的な性能が出るかどうか、毎秒何度の回転速度が出るか、そういうのは全部工場で一回いたします。そこで油圧装置とか運転装置がうまくちゃんと行くのを見届けてからでないと、現地ではあれでございます。

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 こういうものは、われわれのほうの連中が必ず立ち会ってやっております。メーカーの方だけがこうやって、こうなりましたという書類を送ってくれるのではなくて、その間、要所要所の立ち会い検査をやっております。ですからこそ、それに対して良とかいう判定をつけておるわけであります。

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 私が三十九年に海外に出張いたしましたのは、これにも書いてございますように、おもな目的は、フランスの国際電気標準会議に日本代表として出席したのでございます。この国際電気標準会議は、毎年海外で開かれておりまして、そのときに三十六人か何か日本から出てまいりました。私がその副代表でございまして、三十九年の次の四十年には、東京でこの国際電気標準会議を開くことになりまして、招待側になりました。そこで、そういう大事な会議でございますので

1967-07-20 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○高木説明員 議事録にありましたように昨年申し上げたのは事実でございますし、昨年の宇宙開発審議会でも私たちの同僚が、東大がやっておることが日本の宇宙開発全体にもしも悪影響を与えるということがあってはたいへんだというようなことを発言しておるとおりでございます。私たちの同僚も宇宙科学には熱心でございますけれども、これが実用につながるように一日も早くということを願っておるものの一人でございます。 幸い、最近だんだんと一元化の構想その他が、

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