「高見三郎」の過去の国会発言

発言数 1,349件

初発言日: 1955-07-20  /  最新発言日: 1971-12-29  /  1 ページ目 / 全体 68ページ

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1971-12-29 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 大橋先生の御質問に全く同感でございます。実は、昭和二十八年から国費留学生の制度を設けまして、昭和四十年度から実は国費の医学部の留学生だけを五十人毎年とっております。まだこれは卒業しておりません。が、昭和四十六年度はその五十人をさらに六十人に増加いたしました。これは国費でまかなっておるわけでありますけれども、昭和二十八年、最初に採用いたしました学生八人、これは三十八人のうちの八人でありますが、その定着率を調べてみ

1971-12-29 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) お答え申し上げます。 アイデアとしては非常にいいアイデアであると思うのであります。実は、日本の水産大学の中に海洋開発についての学部というものが一つもないということを私はまことに残念だと思っているのであります。ただ、御承知のように、琉球大学は医学部の設置の問題もございますし、また現在、整備しなければならない数々の問題を含んでおりますので、これは、それらのものの整備と相まって考えなければならない問題だと、前向き

1971-12-29 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 一昨年これはきまりまして、本年度沖繩・北方対策庁ですでに措置いたしておりまする予算が四十一億円、喜屋武先生御存じだと思いますけれども、奥武山の競技場、これに十億円出しております。それからいろいろな競技場に参ります関連道路経費として二十六億出しております。今年さらに九億幾らの予算を要求いたしておるわけであります。私ども沖繩で立ちおくれております体育施設を残す意味においても、この事業が国家的な慶祝行事になってくれる

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) これは、衆議院の木島先生に対する私の答弁をおそらく宮之原先生がお引きになってのお話だと思いますが、教育基本法第十条の「教育は」ということに対して、これは教育行政だけを意味するものではございませんということを申し上げた。私は、教育が教育行政と不離一体のものであり、教育の手段としての教育行政であるという認識に立っておるものでありまして、これが別々のものであるというような考え方を申し上げたつもりではございません。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 宮之原先生のお話のとおりであります。沖繩の、私はこれは教職員の皆さんが非常な努力をされて、異民族の支配下から脱却して日本人としての教育をやろうとお考えになっておったその熱意というものは、総理大臣が先ほど申されたとおり確かにそのとおりであると、これこそ沖繩をほんとうに守ってくれたのは沖繩の教職員の皆さんであったという理解の上に立っておるものであります。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 私は、宮之原先生の御意見に同感であります。この点に関する限りは、私ども本土の人よりはもっと深刻に、日本人はどうあるべきかということを真剣に考えたのは沖繩県民であろうと思っておるものであります。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 私は、前段に申し上げましたとおり、異民族支配のもとに日本人の教育はできないという心情から、信念から、任命制を公選制に切りかえた当時の沖繩の教職員各位、私は、これに心から敬意を表しておるものであります。ただ、先生がいま言われております公選制というものが、今度沖繩が本土に復帰いたしまする場合に、そのまま存続することがいいか悪いかということについては、いままでの教育のところでは私はあなたと全く同感でございます。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) この法律で「直接に」ということばを特に入れましたのは、教育の重要性にかんがみて、教育が一つの社会全体、国家全体に対する奉仕であると、一つの社会、一つの派閥、一つの宗教、そういうものに奉仕するものではないということを強調する意味において「直接に」ということばを使ったものであろうと、こういうような私は理解に立っておるのであります。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 戦後の教育委員会法が成立いたしました当時の文部大臣は森戸辰男先生でございました。この森戸先生が提案の理由の御説明の中で、民主主義教育というものを非常に強く強調をせられたことは、私が指摘するまでもなく皆さま先生方がよく御承知のとおりであります。ただ、その後いろいろな経過がございまして、昭和三十一年にこの教育委員会制度にかわる制度をつくりましたいきさつも御承知のとおりであります。今日まで十三年間これをやってきておる

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 教育委員会法を制定いたしました当時の目的は、教育の独立性というものをはっきりしよう、教育の民主性をはっきりしようというところに主眼があったと理解をいたしております。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) この精神は今日も生きておると思います。ただその内容、形態におきまして、法律の改正が行なわれたということは、これは宮之原先生が御承知のとおりであります。これにはいろいろないきさつがあったことも御承知のとおりであろうと思います。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) これは一つだけ申し上げておきたいと思いますが、精神は変わっておりません。ただ、法律の内容の中で変わりましたのは、財政二本立てが地方行政の首長の権限下に入ったということであります。選出方法が変わったということなんであります。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 私は、あの制度ができましたときに十分な民意の反映ということが一つの大きな柱であり、いま一つは、教育の中立性の確保ということが一つの柱であったかのように理解をいたしております。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 私が国家権力の不当の支配と申し上げましたのは、その前段に、戦時中のような超国家主義的な国家的権力という意味のことを申し上げておったその国家的権力の支配と、こういう意味であると御理解をいただきたいと存じます。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 私の御答弁が前段に、その前に申し上げたことばの中に、戦前の超国家主義的な不当の支配ということを申し上げておりましたから、それを受けて申し上げたのでありまして、国家が教育に関与するのは、教育という共通の仕事に国家が関与するということは私は当然の仕事であると、かように考えております。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 私、田中先生の著書にあることを読んでおります。読んでおりますが、それは、教育委員の選出の方法が直接であるか、間接であるかということは別な問題であります。選出手段の問題でありまして、いままでの選挙制度と今度の任命制との間で違いますところは、何が違っておるかと申しますというと、(「わかっている」と呼ぶ者あり)おわかりになっておることだと思いますから重ねては申し上げませんけれども、私は、選出の方法が違っておる、したが

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 選任の方法でありまして、直接選挙するということと、それから地方住民の意思を反映して、それを十分生かして教育委員を選ぶという現行法と、制度の上の是非については御議論のあるところは、私も承知をいたしております。承知をいたしておりまするけれども、すでに法改正後十三年間定着をして今日に至っておる。これは今度の沖繩の返還に関して、少なくともこの論議を繰り返すべきものでは私はないという感じがするのであります。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) これは昭和三十一年に法改正をいたしましたときに、教育委員会法というもののいろいろの欠点というものを踏まえましてこれを是正したのであります。そういう趣意で変わったのでありまするので、御議論はあるんであろうと思いまするけれども、私は今日の制度で差しつかえないと、かように考えております。

1971-12-28 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○国務大臣(高見三郎君) 沖繩には、中央教育委員会、その下に地方教育委員会がありまして、中間に連合教育委員会というものがございます。ただ、連合教育委員会だけは実は直接選挙になっておらないという違いがあるわけであります。

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