高見三郎 に関する国会発言

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2005-06-08 牧野聖修 内閣委員会 衆議院

○牧野委員 今の説明で了解しました。一部誤解しておりましたから、あれですが、いずれにいたしましても、私が言いたいのは、一年以上の経験のあるぐらいな人が刑務所の中に入って国の刑務官と同じような仕事をできるとはとても思えないので、矯正局長、その点は失敗のないように、真剣にそこは取り組んでもらいたい、こういうふうに思います。  それから、よく、ギャング映画を見ると、刑務所の中にいる囚人の方が看守より威張っている映画が多いんですよ。それはなぜ

1984-06-27 木島喜兵衞 文教委員会 衆議院

○木島委員 稲葉先生、私、臨教審賛成じゃなくて、政府がこの国会に臨教審も提案し、かつ育英会法も提案しているものでありますから申し上げたのであります。  それから、さっき木宮先生、今まで手をつけなかったのがむしろおかしいというお話もちょっとございましたが、今それに触れるのじゃございません。ただ、先ほど三輪先生から、育英、すなわち英才を育てる、この言葉は孟子に出発するのだそうでありますが、実はこの法律の趣旨からしてということで、私、昭和四

1979-03-01 矢山有作 予算委員会第二分科会 衆議院

○矢山分科員 この間もそういうふうなことをおっしゃったのです。基本的な人権教育をやるのだ、こうおっしゃったのですが、どうも私は、一般的なそういう基本的人権教育をやるということだけでは問題が解決しないのじゃないか。その点があるから答申にもこんなことを言っているでしょう。「憲法と教育基本法の精神にのっとり基本的人権尊重の教育が全国的に正しく行なわれるべきであり、その具体的展開の過程においては地域の実情に即し、特別の配慮に基づいた教育が推進さ

1976-05-12 山原健二郎 科学技術振興対策特別委員会 衆議院

○山原委員 揚水発電というのが突然出てきましたのが昭和四十五年五月十三日でございます。それまでは揚水発電の問題は出ていないわけでありますが、ここで実は、早明浦ダムの建設に伴いまして高知分水の問題が出ておったのでありますが、これが突然変更がありまして、そして最初は鏡川にあります鏡ダムを下池とする揚水発電所の問題が出てまいりました。これが確認書でマル秘文書であります。  このマル秘文書には、県知事と四国電力株式会社社長大内三郎、立会人とい

1973-07-12 山原健二郎 決算委員会 衆議院

○山原委員 次の問題に入ります。  四国の開発は吉野川の開発にあるということばがございまして、吉野川といいますと、石鎚山から端を発しまして高知県を通り、そして徳島県、そして紀伊水道へ流れる四国最大の川であります。その吉野川に早明浦ダムが建設されまして、現在すでに操業が始まっているわけであります。この早明浦ダム建設という広大な事業、それに伴いましてこの高知県の受けるただ一つの利益ということで、早明浦ダム完成の同時期に高知に対する分水が決

1973-01-30 秋田大助 本会議 衆議院

○副議長(秋田大助君) 御異議なしと認めます。よって、動議のごとく決しました。  議長は、皇室会議予備議員に船田中君及び久保田鶴松君を指名いたします。  なお、その職務を行なう順序は、ただいま指名した順序によることといたします。  次に、皇室経済会議予備議員に小平久雄君及び園田直君を指名いたします。  なお、その職務を行なう順序は、ただいま指名した順序によることといたします。  次に、裁判官弾劾裁判所裁判員に大橋武夫君、灘尾弘

1972-08-03 稻葉修 内閣委員会 参議院

○国務大臣(稻葉修君) お答えいたしますが、新聞には十七日に出たのですが、人事院に対する大臣要望は七月の三日、私の就任前、前大臣の高見三郎さんが人事院総裁あて要望をされたわけであります。要望の文部省の意図は、教育の重要性……。

1971-12-29 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 一昨年これはきまりまして、本年度沖繩・北方対策庁ですでに措置いたしておりまする予算が四十一億円、喜屋武先生御存じだと思いますけれども、奥武山の競技場、これに十億円出しております。それからいろいろな競技場に参ります関連道路経費として二十六億出しております。今年さらに九億幾らの予算を要求いたしておるわけであります。私ども沖繩で立ちおくれております体育施設を残す意味においても、この事業が国家的な慶祝行事になってくれる

1971-12-29 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) お答え申し上げます。  アイデアとしては非常にいいアイデアであると思うのであります。実は、日本の水産大学の中に海洋開発についての学部というものが一つもないということを私はまことに残念だと思っているのであります。ただ、御承知のように、琉球大学は医学部の設置の問題もございますし、また現在、整備しなければならない数々の問題を含んでおりますので、これは、それらのものの整備と相まって考えなければならない問題だと、前向き

1971-12-29 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 大橋先生の御質問に全く同感でございます。実は、昭和二十八年から国費留学生の制度を設けまして、昭和四十年度から実は国費の医学部の留学生だけを五十人毎年とっております。まだこれは卒業しておりません。が、昭和四十六年度はその五十人をさらに六十人に増加いたしました。これは国費でまかなっておるわけでありますけれども、昭和二十八年、最初に採用いたしました学生八人、これは三十八人のうちの八人でありますが、その定着率を調べてみ

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) お話のように、教育委員会制度については、私は謙虚にものを申し上げておるつもりでおります。すなおに考えました場合に、この場合は本土並みにということを申し上げておるのであって、教育委員会制度の是非についての意見は確かにあるということは承知の上で申し上げておるつもりでおります。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 沖繩には、中央教育委員会、その下に地方教育委員会がありまして、中間に連合教育委員会というものがございます。ただ、連合教育委員会だけは実は直接選挙になっておらないという違いがあるわけであります。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) これは昭和三十一年に法改正をいたしましたときに、教育委員会法というもののいろいろの欠点というものを踏まえましてこれを是正したのであります。そういう趣意で変わったのでありまするので、御議論はあるんであろうと思いまするけれども、私は今日の制度で差しつかえないと、かように考えております。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 選任の方法でありまして、直接選挙するということと、それから地方住民の意思を反映して、それを十分生かして教育委員を選ぶという現行法と、制度の上の是非については御議論のあるところは、私も承知をいたしております。承知をいたしておりまするけれども、すでに法改正後十三年間定着をして今日に至っておる。これは今度の沖繩の返還に関して、少なくともこの論議を繰り返すべきものでは私はないという感じがするのであります。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) これは選任方法でありまして……。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 私、田中先生の著書にあることを読んでおります。読んでおりますが、それは、教育委員の選出の方法が直接であるか、間接であるかということは別な問題であります。選出手段の問題でありまして、いままでの選挙制度と今度の任命制との間で違いますところは、何が違っておるかと申しますというと、(「わかっている」と呼ぶ者あり)おわかりになっておることだと思いますから重ねては申し上げませんけれども、私は、選出の方法が違っておる、したが

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) この法律で「直接に」ということばを特に入れましたのは、教育の重要性にかんがみて、教育が一つの社会全体、国家全体に対する奉仕であると、一つの社会、一つの派閥、一つの宗教、そういうものに奉仕するものではないということを強調する意味において「直接に」ということばを使ったものであろうと、こういうような私は理解に立っておるのであります。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 私の御答弁が前段に、その前に申し上げたことばの中に、戦前の超国家主義的な不当の支配ということを申し上げておりましたから、それを受けて申し上げたのでありまして、国家が教育に関与するのは、教育という共通の仕事に国家が関与するということは私は当然の仕事であると、かように考えております。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 私が国家権力の不当の支配と申し上げましたのは、その前段に、戦時中のような超国家主義的な国家的権力という意味のことを申し上げておったその国家的権力の支配と、こういう意味であると御理解をいただきたいと存じます。

1971-12-28 高見三郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(高見三郎君) 私は、あの制度ができましたときに十分な民意の反映ということが一つの大きな柱であり、いま一つは、教育の中立性の確保ということが一つの柱であったかのように理解をいたしております。