大塚萬丈の発言 (予算委員会公聴会)
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○大塚公述人 ただいま御紹介いただきました大塚でございます。經濟復興會議の副議長として申し上げるのではございません。一生産企業經營者として、若干の意見を申し上げてみたいと思います。なお實は資料はけさ十時過ぎにいただいたようなわけであまりこまかい數字は拜見しておりません。自然新聞等に出ましたような數字を基礎にして、意見を申し上げるようなことになります。はなはだ杜撰かもわかりませんが、あらかじめ御了承願いたいと思います。
私どもこの追加豫算を新聞なとで拜見いたしまして、いろいろ考えさせられる問題がございますが、第一には私ども當面の問題としまして、産業資金の問題を考えてみたい。元來産業資金は、御承知の通り自由預金の増加分から、第一封鎖預金を差引いた殘りの半分が、産業資金にまわるということになつておるのでございますが、それで最近の自由預金の増加の趨勢を見ますと、七月が百十八億圓、八月が百四十七億圓、九月が百七十九億圓とだんだん伸びてまいつております。私どもとしては、たいくん結構だと思つておりますが、第三・四半期におきます増加の見込みは、五百五十億圓と言われております。そのうち第一封鎖の減少が百二十億圓と見られておりますから、結局一般金融機關の資金の増加は四百三十億圓、從つてその半額を産業資金にまわすといたしますと、二百十五億圓、こんなことかと思うのであります。これに對しまして産業資金の需要はどうかと申しますと、第三・四半期分だけでも四百二十五億圓と査定せられておりますから、産業界は本年の資金源であるところの自由預金の増加分によりましても、わずかに査定額の半額しか滿たし得ないということになるのであります。一方この間財政資金の需要はどうかと申しますと、一般特別兩會計を通じまして、三百五十五億圓と見られておりますから、從いまして産業界でいくら要りましても。四百三十億圓を全部産業資金にまわしてもらうというわけにはとうていいかぬ。從つて産業資金だけを申しますと、大約二百億圓の赤字は免れがたいということになると思うのであります。そこで産業界としましては、自由預金から産業資金が得られませんとすれば、いきおい復金に頼らなければならない。そこで復金の資金計畫を見ますと、公團の所要資金七十五億圓を含めまして百九十億圓、すなわち一般産業所要資金としましては、百十五億圓を見込まれておるだけでありますから、從いまして、産業界は一般金融機關及び復金について許されます限度いつぱいまでにかりに融資が得られたといたしましても、なおかつ第三・四半期だけで百億圓の資金不足になると思うのであります。しかもこの場合に考えなければならないことは、さつき申しました産業資金の需要四百二十五億圓は、これは生産に絶對に必要だという角度から査定されたものでありまして、實際の必要な金額は、今日のような物價騰貴の折には、あるいはまた勞働賃金が上りますような場合には、より以上多くの資金を必要とするということは當然でありまして、そういうようなことから考えますと、これは産業界にとりまして、たいへんな問題だと思います。ところがこのたびの追加豫算におきましては、これについてほとんど言うに足るほどの考慮が拂われていないように思うのであります。復金に對します政府の出資を見ましても、最初は百五十億圓というようなことがちらほら聞えておつたのでありますが、最後には結局四十億圓になつてしまつた。從いまして、復金はその所要資金の大部分を日銀に仰がなければならないということになつております。このことは結論から申しますと、産業界が日銀によつて生殺與奪の權を握られる。從いまして、資金に關しましては、自主的な見透しがまつたくもてないということになるのであります。右に述べました資金不足は、この限度から見て、資金面から企業整備を強行するという方針だ、あるいはそれを意味するのだということでありますれば別でありますが、この資金需要が、産業上眞に必要な資金として査定を經ておるものでありますから、こういう大切な資金についてわれわれがまつたく見透しをもち得ないということになりますと、産業界としては非常に不安になつてくるのであります。ただいま申しました數字は第三・四半期分でありますが、それがもし第四・四半期ということになると、實に前途まことに暗憺たる感じがするのであります。
第二に問題になりますのは、失業對策がこの追加豫算の上においてほとんど言うに足るほどの形をなしておらぬということであります。すなわち失業手當及び失業保險費といたしまして、十億圓が計上されておるにすぎない。これは計算の基礎が毎月の受給者を二十二萬人と見て、平均千圓として十一月から三月までの大體の支給額のようでありますが、すでに本年六月に政府當局で發表されました數字では、顯在の失業者は二百七十萬、濳在失業者が五百二十萬人ということになつております。こういうような數字から見ますと、毎月の受給者を二十二萬と見るのはどうも數字が小さくはないかという感じがするのであります。もしただいま言われておりますように、企業整備が本格的に進行するものといたしますと、とうていこの程度で濟み得ないことはもちろん明らかであります。しかも企業整備は今日避くべからざる問題で、至上命令であるというふうに言われております。かように一方において企業整備の進行を豫想しながら、一方ではこれから生ずる失業者に對して、十分な受入態勢ができていないということになりますと、企業はいたずらに窮地に追いこまれるという結果になります。われわれ企業者としましては、何と申しましても、資産上の水ぶくれ、あるいは人員上の水ぶくれを整理しなければ立ち行かぬのでありますが、そうかといつて、受入態勢が整つていないところに、みすみす剩員をどしどし出すというようなことは、事實上できない相談であります。いずれにいたしましても、企業に對する赤字融資をやめる。そうしてこの面から企業整備を強行しようとするならば、必ず一方では失業者の受入態勢が整えられていなければならぬ。しかるにこのたびの豫算に計上されました失業對策費程度では、われわれ企業者としては、勞働者側を企業整備に協力させるにもさせようがない。いきおい難局に立たざるを得ないということになると思います。御承知の通り今日におきましては、從來と違いまして、企業經營者の一方的意思によつて人員の整理を強行するというようなことは、事實上できないのであります。またすべきことでもない。あくまでも勞働者側の理解と納得によつて事を運ばなければならぬ。しかるに今囘の追加豫算に關する限り、このことはとうてい期待できないというふうに考えられるのであります。
なお失業對策についてわれわれが不滿に感じますことは、企業整備によつて放出せられます失業者を生産力化する積極的な施策が、一向にうかがわれないことであります。敗戰日本に殘されました唯一の資産は、八千萬に近い人間だけでありまして、しかもこの生産要因といたしましては、この豐富な勞働力以外にはないと言つても過言ではないと思うのであります。この勞力を生かすという面において、十分に考えなければならぬ。失業對策といたしましては、單にその生活を保障する、ただで遊ばせておくというような消極的は對策ばかりでは、とうていやつていけないのでありまして、必ずこれを生産力としてプラスすることを考えなければ、積極的な施策とは言えないと思うのであります。もちろんこの資材、資金等の缺乏しております今日、これが容易に行われがたいということは、想像できるのでありますけれども、しかし主として勞力によつてこれを推進し得る生産事業も、必ずしもないわけではない。國家としては最惡の場合若干の赤字を覺悟しましても、國民經濟を強化し、失業者を國家のプラスにするというためには、斷じて行わなければならないと思うのであります。もつともこれにつきましては、公共事業費として五十二億四千六百萬圓計上せられております。これが失業者の生産力化に演ずる役割は、ある程度認められますけれども、その内容を見ますと、三十六億七千三百萬圓が災害復舊費であり、また七億圓が六・三制の費用ということになつておりますから、どうもこの内容では、この生産性においては、必ずしも積極的なものとは言いがたいと思うのであります。このような消極的な生産力化も、もとより今日の時代においては必要だと思いますけれども、しかしこれと同時に、積極的な生産事業も、それが單に勞力のみによつてこなし得る限りにおいては、あくまでも積極的に取上げていかなければならぬと思います。終戰後すでに三年目にはいりました今日、明らかにその時期になつていると思うのでありますが、そうしてまたこの積極的な施策がありません限り、いかに消極的な受入態勢を整えましても、失業者は決してこれをこなしきれるものではないと思うのであります。いわんやその消極的な受入態勢さえも、今申しましたようにできていない。ごく内わのものであるということになりますると、失業問題の處理は、とうてい不可能でありまして、われわれの立場から申しますれば、一歩を誤まると、企業は過剩人員と心中するほか途はないということになりかねないのであります。ここにわれわれとしての大きな不安があると思うのであります。なおこの失業者への授職ということにつきましては、終戰處理費、すなわち緊急土木費に大きな期待をおく人もございます。なるほどその内譯を見ますと、本豫算と追加豫算とを合わせまして、常傭はその給與が五十六億六千百萬圓になつておる。日傭勞務者の給與が二十五億五百萬圓、兩方合わせると八十一億六千六百萬圓の巨額に上つておりますが、これをどのくらいの人間を使うのか一應計算してみますと、大ざつぱに計算しまして、たとえば今千八百圓べースでこれをやつてみますと、一年を通じて四十萬に近い人々が、これによつて職を得ることになります。非常に大きな數字と思うのでありますけれども、しかしこの終戰處理費によります失業救濟は、われわれの目から見ますと、はなはだ非效率的なものであると思うのであります。これが實は直接生産に關係のない方面に使われるということであるばかりでなく、實はその働く内容等をいろいろな角度からみましても、決して有效に使われているとは思われないのでありまして、これをもつて好個の失業對策と目するわけにはとうていいかぬ。こんなことにかりに政府が甘んじて、これも失業對策の一つなんだと考えられるとしますと、たいへんな間違いじやないかと思うのであります。何と由しましても、金を使う以上は、できるだけその金を有效に使わなければならぬのであります。效率的な失業對策がぜひとも必要である。それにしましても、この終戰處理費を失業對策と考えるわけにはいかぬと、われわれは考えておる次第であります。
大體これで歳出の面につきましては、おもな點を申上げたのでありますが、次に歳入の面についてわれわれが希望しますところは、税制の拔本的な改革であります。一般的な見地からいたしましても、現在の歳計について疑義にたえませんことは、徴税成績が上らないということであります。いかに豫算面だけでバランスがとれましても、肝腎の税金がはいつてこないのでは、何にもならない。このことは去る三月本豫算の成立當時から危惧されていたことでありますが、不幸にして實現しているのであります。當局の發表によりますと、本年度におきます税金の未納は、すでに百億圓を突破するということでありますが、また本年度におきます所得税の申告が、豫算の一八%にすぎない。また第一・四半期の納税實績は、申告高のわずかに二六%にすぎないというようなことでありまして、本豫算の數字だけをみますと、その後今日見られるほどの通貨膨脹は考えられないにもかかわらず、三月に千百億圓を出ました日銀券發行高が、今千七百億に迫るというような數字になつておりますのは、これは一に納税成績が上りませんで、租税で支辨すべきところを日銀からの借入金で賄つておる、ここに原因があるのではないかと思うのであります。そうしてこの日銀券の膨脹いたしまする内容を見ましても、大體政府の支出七に對しまして、民間貸出しが三の割合で増加しております。これで見ますると、財政支出の比重は壓倒的であります。租税が豫定通りに徴收できますれば、いかに本豫算に掲げた赤字がいろいろありましても、このようなことは考えられないと思う。大體徴税成績が落ちてくるということは、實は國有鍼道の赤字などと併せ考えまして、インフレが相當危險の段階にはいつたことを意味しておると思うのでありますが、これは第一次大戰後のドイツのインフレを見ましても同樣なことが見られまして、國有鐵道の赤字が増加する一方、徴税成績は止め度なく惡化した經驗をもつておると思うのであります。このようにして見ますると、現在のわが國におきまして、徴税成績がだんだん惡くなつてまいつたということは、インフレの高進に伴う避くべからざる現象とも考えられますけれども、しかしながら、われわれとしてこれを當然だと、仕方がないんだというふうに考えるわけにはいかぬと思います。政府としても、鋭意徴税機構の充實に努力しておられるようでありまして、これはたいへん結構なことだと思うのでありますけれども、しかしこの徴税機構の充實ばかりの問題を解決するわけじやないのでありまして、これと同時に、税制そのものの拔本的な根本的な改革が必要ではないかと思うのであります。大體今日の税制は、私どもの記憶しまするところでは、日支事變の初めごろに改革せられまして、その後根本的な改革はない。戰爭中も彌縫に彌縫を重ねて今日まで來たと、われわれは考えておりまするが、そういうような税制を、今日この非常な變革時代に、そのまま通用することそれ自體が、むりではないのかと思うのであります。御承知の通り、今日の國民經濟は、マル公の世界とやみの世界と二つにわかれておるのでありまして、從いまして税制等もこういうことを前提に考えて、新たな構想を必要とすると思うのであります。もしそうでなければ、やみを根本的になくする方策を徹底的に講じなければならぬと思う。かりにそれができなければ、税制の新構想を必要とする。課税對象になりまする國民經濟に、かような從來考えられないような變革が來ておるにもかかわらず、これに在來の税制をあてはめるから、結局國民經濟の全體から徴收すべきものがマル公の世界からだけ徴收するということになります。そこで現實に租税を負擔するのはだれかと申しますと、結局健全な業者だけ、あるいは健全な個人だけというこりになるのであります。自然この納税實績はあがらぬということになるのは、當然だと思うのであります。税制の合理的な改革を行わないということは、徴税成績をあげ得ないという缺點をもつばかりでございませず、マル公の世界で經濟的活動を營む公正な經濟單位に對しまして、不當に多くの負擔をかけるという弊害を伴うものであります。現にこのことは至るところに見られると思うのであります。從いまして、もし今後も現在の税制のまま押通すものとしますれば、それは必ずや健全な經濟活動は、不健全な經濟活動のために犠牲になるというような結果に墮することは、必至だと思うのであります。一歩を誤まれば健全な事業はいたずらに過重な負擔を課せられて、今日でもややそにでありまするが、必ず半身不隨になつてしまう。こういうふうに考えますると、税制の合理的な拔本的な改革という問題は、非常に大きな問題でありとして、われわれといたしましては、多大の關心をもたざるを得ぬのであります。
なお歳入の問題に關連しまして申し上げたいと思いますることは、このたびの追加豫算の編成にあたりまして、既定經費の節減ということが、あまりつきつめて取上げておらぬ。その適例は行政整理というような問題が、まつたく無視されておるということであります。先般財務當局の努力によりまして、定員の増加を一切認めないということが閣議を通つて、從つて今後は自然減少による若干の節減が期待されることになりましたが、これはもとより行政整理とは言えないと思う。行政整理即剩員淘汰でございますが、これはぜひ取上げなければならぬ問題ではないかと思うのであります。しかるに一方民間企業の方はどうかと申しますと、企業整備の進行に伴いまして、否應なしに剩員を整理しなければならぬ。先刻も申しましたように、金融的にだんだん苦しくなつてまいりますと、この面からだけでも剩員を整理しなければならぬということになつてまいるのであります。しかしながら、政府さえもあえてなし得ない剩員整理を、民間企業に命じて、しかも金融的に締上げて、そうしてこれを強行せしめるといというようなことは、私はいかにも片手落ちなことではないと思うのであります。民間企業をして、剩員淘汰を強行せしめる以上は、さきにも申しましたように、まず最小限度の受入態勢、つまり失業對策を樹立する必要があると思うのでありますが、その上に政府みずから官公廳員の勞組などと話をつけて、剩員淘汰を行い、民間企業のために範をたれる必要がある。かように考えるのであります。今日一般に行われている議論といたしまして、民間企業の赤字融資をして失業救濟をするよりも、これを失業者として市場に放出さして、財政負擔として失業救濟を行う方が、はるかに效率的ではないかということがございますが、もてそうであるとしますと、これは官公職員にも當然あてはまることである。民間企業における剩員のみが淘汰せられるといういわれはないと思うのであります。ましてわれわれの立場から申しますと、民間におきます剩員は、多少これはございましても、場合によりましては、經營者の創意くふうによりまして、これを生産力化するということは、非常に困難ではあるかもしれませんが、必ずしもできないことはない。しかしながら、官廳におきます剩員については、なかなかそううまくはまいらぬのでありまして、整理をかりに必要としますれば、整理は當然官廳の方が先に行うべきであつて、民間がこれにならうというのが、普通の行き方であろうと思うのであります。いずれにしましても、政府がこの點に觸れないという行き方は、現在の剩員の淘汰を餘儀なくせられます民間企業としましては、まことに不滿に思うところだと考えるのであります。いずれにしましても、この點につきましては、もつとはつきりした態度を見せていただきたいと思う次第であります。
最後に一般問題としてもう一つ申し上げたいことは、この追加豫算におきまして、食糧問題の根本的な解決ということについて、あまり見るべき施策が講じられていない。この點は何としても、われわれとしましては、殘念に思うのであります。もちろん國際的に割高と考えられまする日本の農作物を考えませんで、ただただ自給だけをやかましく言うということは、必ずしも賢明ではないかもしれませんが、それにしましても、現在のわが國の輸入の大部分は食糧である。それ以外に工業原料を輸入する餘裕がほとんどないということでは、言いかえますと、その日暮しの繼續でございまして、前途における發展の見込みというものは、ほとんどなくなつてしまうと思うのであります。現に終戰以來昨年末までにおきます輸入の金額の内容を見ましても、七九・五%は食糧で占められておる。これは決して例外と見るべき問題ではないのでありまして、食糧の國内生産が不足いたしまする限り、ここ當分わが國の當面しなければならぬ姿だろうと思うのであります。これではとうてい問題にならないということは明らかでありまして、ただ單に食糧が足りなければ外國から輸入すればいいというような安易な考え方も、一應は成立つかもしれませんけれども、これも程度問題でありまして、わが國におきましては、經濟的に著しい意味がない限り、極力食糧の増産に最大の努力を拂わなければならぬことは、當然だと考えるのであります。これが一向精力的に進められていないということがありはしないか。終戰後一應政府の方策としては、五百五十萬町歩にわたる開拓計畫が立てられたと記憶しておりますが、それもただいままでのとろでは、あまりはつきりとした成績もあがつていないように思われる。この點は多少開拓という方面に重點を置き過ぎられて、その結果實は今日ただいま必要な食糧の生産そのものが輕く見られているような感じがするのであります。もちろん開拓は結構でありますが。同時にこれは強力に推進しなければなりませんけれども、そのほかにもつと品種の改良とか、あるいは農耕の改善、作付の轉換、あるいはさらに肥料の改善というようなことを、盛んに行うことによりまして、多大の成績をあげられないものかどうか、その餘地が多分にあるのではなかろうかと、われわれは疑わざるを得ないのであります。大體日本の農家が非常に保守的でありまして、祖先傳來のやり方を、そのまま續けていることは、わかりきつたことでありますけれども、それだけに新しい技術、新しい構想等によりまして、食糧の増産をはかります場合、その成績は相當大きなものがあるのではないかと思うのであります。かりに主要食糧が一割増産されますと、食糧の輸入はほぼ半減いたしますし、もし二割増産せられるというようなことがかかりにあるとしますれば、食糧輸入は必要でなくなるのであります。かりに一時的に多額の經費を要し、極端な場合には赤字でこれをやるということを必要といたしましても、政府としましては、このような重大な意義をもつ食糧の増産により多くの氣魄を示していただきたい。かように考えるのであります。われわれ産業界のものといたしましては、輸入の大部分が食糧にあてられまして、原材料が二割くらいしかあたらぬというような状態におきましては、いつまで經ちましても單純生産、再生産が關の山でありまして、とうてい擴大再生産に轉換することは困難だと思うのであります。そういう意味におきまして、政府におかれましては、一段と強い氣魄をもたれて、今後の豫算の上に具體化していただくように希望してやまない次第であります。以上簡單でございますが、主要な點二、三點について私の意見を申し上げた次第であります。