大塚萬丈の発言 (予算委員会公聴会)
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○大塚公述人 一番に私が考えますことは、やみをどうしてなくするかという點であろうと思います。御承知のようにやみがあるということは、要するにやみでなければ儲からないということが根本であります。これは統制經濟の當然の結論といえば結論でありますが、しかしながら外國の例を見ますると、必ずしも統制をやつたからやみが普遍的だという状態ではないのでありまして、この點一面深く掘下げますれば、わが國の國民性に缺陷があるのかもわかりませんけれども、しかしわれわれ國民の立場から申しますれば、これはあくまでも政策の面ではないか。國民性というよりも、むしろ政策にあるのじやないかということを疑う。そこで私の一番に考えますことは、何と申しましても、やみをなくすることだ。やみでなければ儲からないということをなくす以外にはない。はつきり申せば、やみでなくて儲かるくふうをしてやることが必要ではないかと私は考える。そうすればどうしたらそれができるのか、これはいろいろの方法があろうと考えますが、私は今日何十萬種という種類についてマル公を制定し、これを嚴重に統制しようといたしましても、人間の智慧、人間の力では、非常に困難であつて、容易にこれは實現しがたい。極端に申せば、國民の一人々々に警官をつけなければ事實できないというような結果になるのじやないかと思うのであります。そういう意味におきまして、私は統制をやるのは結構、殊に今日のようにわが國の不足經濟におきましては、あくまでも重要な物資につきましては、計畫經濟が必要である。統制のわくは嚴重に守らなければならぬと思うのでありますけれども、不必要な面まで、これをやるということは、いかがなものであるか。もちろんこれは程度問題でありますけれども、あまり國民生活に重大な影響を及ぼすとも考えられない面につきましては、一擧に統制のわくをはずすのも結構でありますし、同時にまた計畫そのものが根本的にもつとしつかりしなければいかぬじやないか。たとえば見込み生産と申しまするけれども、もちろん將來の生産の豫想というものは、なかなかそう簡單に嚴重にいくものではないのでありまして、必ず見込み違いはあると考えますが、見込み違いがあればあるほど、計畫そのものは甘いものであつてはならないのであつて、たとえば十できると見れば八割までの計畫にしておいて、あとの二割ぐらいはいやでもできるようにする必要があるのじやないか。そうしてその殘りましたものを、私の考えでは、政府の監督下におきまして、これを政府の經營する市場等において自由に賣らせる。つまり八割なり九割なり、許される限りは確實だと思われる限りは、計畫の面に織りこんで、それ以上増産された場合には、一定の利益をその生産者に與えるようなしくみにする。しかもそれは政府が監督してやるということになりますれば、さほどの弊害はないのじやないか。事實今日やみで行われておりますことが、表面上明るみでやれる。そうしますと、かりに私は今の税金の問題にいたしましても、やみで賣買され、やみで利益が生ずるがゆえに、これは押えようがないのでありまして、この利益が表面に出ますれば、明るみに出ればこれを捕捉することは必ずしも困難ではないのじやないか。かように私は考える。そこに日本の精緻な徴税技術の働く餘地があるのじやないか。だから私はやみを捕捉しようとするならば、やみの利益を明らさまに出してもよいような状態にしてやる。そうしてそれをいわゆる徴税の技術によつて巧みに捕捉する。これが第一であろうと思います。これができなければ、私、素人でありますから、徴税の技術についてはわかりませんが、やみを對象とした徴税の方法がなぜ考えられないであろうか。この點を實は大藏財政當局に希望しておる次第であります。