岡本愛祐の発言 (治安及び地方制度委員会)
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○岡本愛祐君 先ず根本としては、私もこの靜岡刑務所事件というものは、民主主義の履き違いが、根本であると思います。これは受刑側にも、戰争後の民主主義、自由主義ということの履き違いがある。又職員側におきましても、この履き違いが非常にある。これは一方には連合國側からのいろいろな指示がありまして、それに戰々兢々としておるという点も見えないではないのであります。併し要するのに民主主義ということを非常に履き違えておりまして、こういう刑を受けて刑務所の中に入れられておるという人に対してあまりに自由であると思います。或年限が経ち、まあ模範囚と申しますか、行状もよろしいという者は、晝の間は自由に所内を歩かしてやる。房の中に閉じ込めていない。又今申したように、警察では朝から晩までと言つておりますが、朝から晩まででもありませんが、ラジオを聽かしておる。それから新聞も読ましておる。どうしてそういう者に新聞なんかが手に入るのかと申しますと、面会所がありまして、正門からその面会所に行きますまでに大分道のりがあります。その間を自由に歩いておる囚人たちの手に入る。それは金も手に入るらしい。いろいろな物が手に入る。看守は見て見ぬ振りをしておるというようなことがあり得るように思います。
それからこれは戰時中に受刑者を造船所へ使つたり何かいたしまして、その囚人の中の主だつ者に見張りをさしたり何かしておつたことからも影響が來ておるのだろうと思ひますけれどもそういう班長とか何とかいう連中を警備補助に使つた。これも刑務所の自治とか何とか、そういうことから來ておる面もあるのではないかと思います。私はここで行刑の、今の刑務所の政治というものがどうなつておるのかということに疑いを抱くわけでありますが隔離だけの主義なのか。或は懲罰的感化的の意味も……私は大いに持たせなければならんと思うのですが、どうも感化的、懲罰的の方の主義を採つておるとは思えないのであります。隔離さえして置けばよろしいという主義が第一になつておるのじやないかと思います。あの煉瓦塀の高いのを繞らしておれば、あの中は一般から隔離されておるから、その中では民主主義でやつてもよいと、こんなふうな考え方になつておるのではないかというふうに見られるのであります。感化も一向届いておりませんし、況して懲罰というようなことはあまり重きを置かれていないのじやないかと思います。設備は、燒けた刑務所でありますから、非常に不完全であります。バラツク建の狭い不完全な所に沢山な人々を入れております。あれでは惡いことを覚えるだけであつて、決して好い傾向はないだろうと思います。何とかして早くもつと完全な刑務所にすることが必要であると思います。
職員の素質も非常に惡いようでありまして、これは所長のやり方が惡かつたという点もありましようが、所内の規律は非常に緩んでおるように見えます。警察側が言いますのも、又囚人側から話を聞きましても、信賞必罰が行われていない。惡いことをした者は罰し、善いことをした者は手心を加えてよく扱つてやるということがどうも行われていないのであります。腕つ節の強い者が、何かと言えば腕力を振つて他の囚人などを撲るということが、固より囚人同士撲るなんということは嚴禁されておりますが、これが公然と行われておるのであります。この中心人物の池谷なんというのは、最も腕力が強くて、何かと言えばすぐ撲つてしまう。或囚人が申しますのに、班長連がこんなに骨折つて出そうとしたのは池谷のような乱暴者は早く出してしまつて、そうしてその横暴から免れようという氣持が多分にあつたのじやなかろうかと、こういうふうに言つております。或いはそういう面も大いにあつたのではないかと思う程であります。野村所長は極めて温厚な人でありまして、まあ決断力のない。断乎として自分の刑務所を預かつておる大事な職務を扱つて行くというような人には見えません。極めて善良な温厚な人だと思います。又非常にこれも遺憾に思いますことは、古林という戒護課長の、非常に不公平であり不忠実であつたことであります。これが今度の事件の災いの非常な重大なことになつておると私は見て参りました。今謹愼中で、本人には会つて参りませんでしたけれどもこれは懲戒免官を免れないと思いますこれが常に池谷と一心同体になりまして、池谷の言うことは何でも聽き、池谷の横暴は知らん顔をし、池谷の子分はどんどん炊事場とか何とかへ皆入れます。池谷の自由のきくようにしております。
それから刑務所の移轉問題、これはもう何とかして靜岡市のため、又靜岡市民の幸福のために移轉をさせなければいけないと思います。これはそこへ建ててしまえば、なかなか移轉もしにくくなると思いますから、あそこにすつかり建ててしまわない内に移轉をしたらいいじやないかということを新任の所長にも話し、知事にも話し、知事も少々くらいの金は縣から出すから、土地も何とか心配するから、どうか移して頂きたい。これは治安上是非とも必要だ。又靜岡市民の風紀の問題からも非常に必要だ。あそこは始終乗り越えて脱獄せられて、いたずらされて困るということを申しております。脱獄も随分多いのです。今年に入りましてからも数囘あります。その度に治安上非常な不安を起す。こう申しております。尤もなことだと思います。
それから、先に申しました例の挨拶の問題でもあります、これは檢察廳並びに刑務所側、又縣側でも、六日の仮出獄の日に挨拶廻りをしたというふうに申しておりましたが、これは確かにその日にしたと思います。ところがこういうことを私どもは発見したのであります。それは立派な長文の、美文まがいの毛筆で書きました祝辞がある。これは第一班の第一工場の連中から頌徳表を奉つて、今度仮出獄なさるのでおめでたい。娑婆へ出たらしつかりやつてくれということを美文で達筆で書いてあります。そんなものが六日に早く用意ができたということに私は疑問を持つたのであります。段々問いつめて行き、又囚人の外の者に聽いて見ますと、それは数日前であつた。こういうことが分つたのであります。その祝辞を第一工場の者が池谷に渡したのは、六日の当日じやありません。数日前であつた。こういうのであります。そうすると、数日前に池谷の仮出獄ということが近々あるということは、もう分つておつたわけであります。
それからもう一つここに重大だと思つて私は注意をいたして置きましたのは、八月十三日でありましたか、あそこで火事を起して、工場が一つ燒けました。綿を打直す工場と言つておりますが、その事件が何か関連があるように思いました。段々囚人に聽いて見ますと、それはやはり火をつけたのだ、第一工場の中に高橋というやつがおりますが、それが火をつけた。ところがその戒護課長というのは、それは漏電だということにした。而も漏電の場所も、火をつけたところにしては工合が惡く、漏電にはならないので、別のところが、そこが火元だということにした。では何のために火をつけたかというと、それは大いに働いて消すことにいたしまして、そうして褒美を貰つて池谷を早く出して貰う一つの手柄にしてやろうという氣持があつたのじやないか。こういうふうに思えるのであります。
まあ以上申上げましたので、大体御想像がつくと思いますが、誠に遺憾極まる事件でございまして、檢察廳の檢事正の方はもう少し待つてくれ。いろいろな調査は希望いたしませんようでございました。調査の内容とか、何とか調べの内容とか何とかがありましても、あまり触れて貰いたくない。又脱獄した連中で捕まつておるのもありますが、それについては聽いて貰いたくないということでありましたから、それには触れないで置きました。一應以上のような御報告にして置きまして、御質問があればお答えいたします。