戸倉嘉市の発言 (治安及び地方制度委員会)

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○公述人(戸倉嘉市君) 極めて率直に申上げます。新憲法下において警察制度が民主化をされなければならないということは、もう官民共に痛感しておつたところであります。官民共に唱えておつた。そのために昨年末以來、内務省においては警察制度の審議會を開かれました。その際にもやはり現在の警察機構というものをどうしたらよいかということは非常に論議せられまして、その論議の中には、現在の警察制度即ち國家警察制度を本體はそのままにして、その事務の範圍を縮少して、そうしてその運營において大いに考慮した方が却つて警察機構の強化になりはしないかという議論の方が相當多かつた。固より自治體警察にそれを委讓すべしという議論もありましたけれどもが、現在の民度においてはその方がよくはないかというのでありまして、私共はむしろ警察法案ができました場合においては、その線に副つたものができるだろうということを考えておつたのでありまするが、今囘この法案を見まして、それが殆んど百八十度の轉囘をしておるので、やはり成るほどそういうふうになつたのが、然らばこの法案をどうして運營したらよいかということが考えられる問題である。警察の民主化ということの狙いがどこにあるかというのは、やはりこれは第一條にありまする通りに、第一條に個人の生命、財産或いは權利ということが書いてある。その次に公安を維持すると書いてある。これはやはり國民の基本的人權というものを大いに重んじられておる。即ちいわゆる警察の民主化ということが第一點に置かれてあつて、いわば公安を維持して、然る後に財産を保全するというような考え、いわゆる昔の國家警察のような考え方を一掃して、自治體警察のいわゆる民主警察に變つた。これが本當に宣言せられたものが第一條である。この線に副つて私はこの法案ができたものと思いまするが、然らばこの法案に盛られておる制度において、果して全體の國民が枕を高くして安眠し得るものであろうか。制度は成るほど民主化はできておりましよう。これは自治體警察と國家警察の二本建にして、或いはその中間のものもあるようであるが、この制度において果してどうか。第一この制度を確立する上のおきましては、この制度と關係法規、關係法令というものを十分に檢討する必要はないか。或いは關係法令の見通しを見る必要はないか。例えば警察官との關係において、現在の刑事訴訟法におきましては、檢事は直屬の巡査なり警視、警部を持つておりませんけれどもが、一定の範圍において捜査指揮權を持つておる。捜査指揮ができるのであります。檢事は犯罪の檢擧もできれば公安の維持もできる。ところが、この刑事訴訟法というものは御承知の通り本年一杯で改正せられなければならないのであるが、この改正の見通しが一體ついておるのかどうか。刑事訴訟法の改正につきましては、大體現在の檢事官僚というものは、檢事一體の原則に基きまして、檢事總長以下多數の檢事が一體となつて、いわゆる中央集權的な制度になつておるから、これをこのままにして置いて、この檢事官僚に向つて捜査權を與えるということは、昔のやはり中央集權の弊害を再び復活するようになるかも知れませんから、檢事から捜査權を無くした方がよくないかという議論が相當ある。果してそうなりました場合に、この法案にありまするところの、この法案の六十七條でありますが、それは一體どうなるのか。「別に法律の定めるところによる。」とあるが、別の法律がそういう工合になつた場合に一體どうなるのでしよう。檢事總長と公安委員會というものは緊密なる連絡を取るだけであつて、指揮もできなければ命令もできない。お互いの所見の違つた場合はどうか。ここも考えて見なければならないと思います。そういう見通しもつけて置かなければ、こういう法案はできないものである。
 第二に、一體現在の國民全體の意識が、國民の側においてこの制度を受入れるだけの豫備知識なり、豫備訓練なり、それだけの認識があるかどうか。とにかく警察といえばこわいものである。御無理御尤もな所で、滅多に觸られないこわい所である。觸らん神に崇りをなくした方がいいという、まだ悲しむべき國民の民度であると思う。それは少數の者は警察を認識しておるが、本當に民度が警察を、人民のための警察制度であるということを國民全體が認識した場合において、初めてこの制度が運用できるのであります。さつきのお話のように、公安委員の任命においても、本部長官の任命においても、自治警察長の任命においても、民主警察といもうのに關する認識が皆に十分徹底していなければならん。この法案は成立した場合には九十日以内に實施しなければならん。私はその短期間において果して國民全體に新らしき警察制度というものを認識させることができるかどうか。
 又第三には、やはり附則に書いてあります、第七條が第八條に、現在の警察陣營の者をそのまま新らしい警察制度のものに持つて行くようになつておる。これで果してよいのであるか。私はこういうような規制の裏面に潛んでおるのは何が潛んでおるかというと、制度はこういう工合に作つてやつたから、その制度を運營するのは誰でもよいのだという考えでないかと思う。即ち制度偏重の考えがそこに潛んでおりはしないかと思う。假りにこの制度が民主警察の制度であつても、これを運營する者が現在の警察陣營そのものであつては、そのままの人であつてはいけない。少くとも警察陣營の者が全部頭の切替えをした後でなければならないと思う。やはり現在の國家警察の發達の過程を見ましても、發足の當時からの歴史を見ましても、政府のための警察にできておつた。政府が自分の政策を實行するのに都合の好いような官僚警察になつておる。從つてその機構におるところの警察陣營の人々も、やはり大の蟲を活かすためには小の蟲を殺さなくてはならない。國家公安を維持するためには多少の人權蹂躙も止むを得ないじやないかと、私は善意に解釋してそう思う。從來行はれたところの人權蹂躙というものを惡意に解釋せずして善意に解釋しても、公安のために多少の人權蹂躙はしようがないじやないかというような意味においてあつたのが傳統的精神であつて、それがその民主警察とは大いに反するものである。個人の基本的人權を尊重するということを第一義にするところの民主警察の精神とは、私はこれは正反對であると思う。でありまするから、やはり現在の警察陣營の者を全部頭を切替えた後でなければ、この法案が法律となつて運用するにはまだ早いと思う。或いは政府その他の關係者は、すでに昨年以來中央警察は學校を作つて、これにおいて新らしい民主警察を訓練をしておる。これから出た者がすでに二、三百人になつておるから、これを全國にばら撒いたならば、相當に民主化されるじやないか、こういうような極く淡い考えがあるかもしれない。併しながら、この法案のなりますれば、警察隊は三萬人、自治體警察は九萬五千人、これに對して僅かに二、三百人の人間で一體何ができるか。これは餘程考慮すべき問題であります。況んや更に公安委員會の問題におきましても、公安委員會にそれ程の力、この法案にあるような力があり、同時に府縣知事、市町村長に公案委員を任命する權限がある場合に我々は彼らを選擧した場合に、こういう強い權限が與えられるということをまだ知らなかつた。本當に知事の選擧、市町村長の選擧は、こういう強い權限が與えられるものであるということを知つたならば、やはりこれも考えなくちやならない。そういう意味から考えまするのです。これはやはりそういう意味の國民的訓練をした後において初めてこの立派なる制度というものが華を咲かす。でありまするから、少くとも關係法令の見通しを十分につけずして、又警察陣營の者の頭の切替えをせずして、この法案を實施した場合には、警察力の弱體化というものはこれは必至であります。私はそれを確信しております。又これと反對に一定の時期を待つて關係法令の見通しもつけるし、國民全體に新らしい警察制度の在り方を知らしてやる、十分徹底さしてやつて、同時に、この警察事務に携わる者の頭が變つた場合にこれを實施するならば、本當の前文に期待せられておるところの目的が逹成せられるものであつて、そういう際には私はこれは大贊成である。
 誠の簡單でありましたが、所見を述べた次第であります。

発言情報

speech_id: 100114398X01819471126_004

発言者: 戸倉嘉市

speaker_id: 14616

日付: 1947-11-26

院: 参議院

会議名: 治安及び地方制度委員会