葛西嘉資の発言 (厚生委員会)
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○参考人(葛西嘉資君) ソ連地区からの今後の引揚の見通しというようなお話でございますが、或いは本日政府のほうからも援護局長がお見えでございますので、直接具体的な資料をお持ちの援護局長から御説明申上げるほうが適当かとも思う点がございますが、一応私のほうから、御指名でございますので、お話を申上げて見たいと思います。
ソ連地区に一体どれくらいの人がおるかということは、実際見たのではないものでございますから、なかなかはつきりいたさないのでございますが、とにかく今日はつきりいたしておりますものは、ソ連のほうから昨年のモスクワの会談の際に、戦犯として抑留しておるということを申して名簿が渡されたのでございます。その名簿の一千四十七人というものがソ連の地区に抑留されておることは、はつきりいたしておるのでございます。そのほかどれくらいな人がおるかという点については、モスクワの会談においても先方にいろいろ聞いたのでございますけれども、先方も相当の期間たつてから、その間恐らくソ連政府ともソ連赤十字は打合せをしたものと思うのでありますが、ソ連の赤十字には資料がなくてどれくらい残留しておるかということは答えられないと、こういう返事であつたのでございます。併し、日本側のほうで、国際赤十字で認められておる安否調査の形式で日本側のほうから個々の一人々々の人について安否調査の形式を以て問合せて来るならば、ソ連の赤十字は国際赤十字の慣例に従つて調べて、そうして返事をいたしましよう、その努力はいたしましようと、こういうことになつておるわけでございます。今年の二月から赤十字社に臨時に安否調査部という部を作りまして、政府のほうと打合せをした上で、個々の人についての安否調査の形式によつて調べると、こういう段取りなつておるわけでございます。現在までのところ、終戦後ソ連の赤十字に安否調査の形式を以て若干数のものを出したのでありますけれども、これは受取つたとも受取らんとも何とも返事のないままになつておりますが、そういうふうにソ連が安否調査の形式でお答えをいたしますと言つてからは、まだ実は出しておらんようなわけでございます。ところが第一回に昨年の十二月にソ連から帰つて参りました人、それから本年の三月二十日だと思いますが、ソ連から第二次に帰つて来た人、合計千二百余名の帰還者からいろいろソ連におつた日本人の消息について得た情報は、これ政府のほうでいろいろお調べの結果、相当はつきりした具体的な名前の付いたものがあるのでございます。こういうものについては、実はこの数等は政府のほうがはつきりいたしますから、必要でありましたら政府のほうからお聞き頂いたらと思うのでありますが、それで千四十七名のほかにこういう人がおるのだというふうなはつきりした具体的な名前のわかつたものについては、これは安否調査を待つまでもなく、すでにすぐソ連のほうに帰してもらいたいというような交渉ができるものと、かように思うわけでございます。それから又この千四十七名の名簿にも載つていない、併しおることははつきりしておる、何となれば留守家族の所へはどんどんと通信をして手紙が来ておるというような人もあります。これは数多くございませんが、あります。そういう人もこれはどういうわけで第一次、第二次に帰らなかつたのか、或いは三次に帰すということなのか、そこらがはつきりいたしておりません。そういう問題もございます。又十四十七人と言うが名簿をくれたものについては、大部分のものは家族との問の通信が、頻々ではありませんが、計されておるのでありますが、その中におる若干名のものはこれは通信がないのであります。全然通信がございません。こういうものについては、どういうわけで通信ができないのか、家族としては通信をしたいというようなことがございます。大体第一次、第二次の帰還者について見ましたところでは、以上の三つの点がはつきりいたしておらんように思います。丁度、時たまたま今月の二十四日から二十九日までノルウエーのオセロにおきまして国際赤十字連盟の理事会が開かれることになつております。非常にいい機会だと思います。世界の七十一カ国の赤十字社の代表がこれに集まるのでございます。ソ連も勿論参るはずでございます。中共も参るはずでございます。その機会に、公式ではありませんが、いろいろ話合う機会ができる、私どもとしては非常にいい機会だ、こう思つたのでございますが、今申上げました安否調査の前に先ず三つの点を何とかしたいというようなことで、これは政府当局ともいろいろ話合いしました末、オスロの会議でその問題を一つ持出して折衝をしてみようじやないかというようなことになりました。ところがオスロへその三つの問題を持つて行つて折衝しても、或いはソ連赤十字としてはいろいろデリケートな点、政府との関係等もあるでありましよう。そんなようなことで、よくわかりました、帰つて相談いたしますというようなことであつては非常に残念で、折衝ができませんので、取急ぎまして、これは政府にも大分御迷惑をかけたのでありますが、名薄その他を整えまして今月の一日に飛行便を以ちましてソ連赤十字に今の三つの点を書き送りまして、いずれオスロでお話を承わりたいというような手紙を出したのであります。私どもはこのオスロにおけるソ連赤十字の代表との折衝を非常に期待いたしております。若しこの折衝がうまく行きますれば、今言いました三つの点も明らかになりまするし、相当数のものが重なれば、第三次ソ連地区からの引揚という問題も近いうちに期待ができるのじやないだろうか、こういうふうに考えておるような状況でございます。
残留者の数或いはそれらの具体的な数字につ含ましては、正確には、資料は私どものほうよりもむしろ政府側にあると思いますので、政府側からお聞き頂くことをお願い申上げます。なお又御質問によつてお答えをしたいと存じます。