愛知揆一の発言 (労働委員会)
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○国務大臣(愛知揆一君) 非常に広汎なお尋ねでございますので、或いは答弁がカバーしきれるかどうかわかりませんが、先ず第一に新らしい政策の考え方を一つ考えてみようというふうに政府が考えておりますゆえんのものは、過去半年余りにおきまして国民的な御協力の下において、先ほど申しましたようにいわゆるデフレ政策が相当の効果を生んでいるように思うのであります。併し同時にこれから先どういうふうなところを目標にして我々は我我の経済を持つて行くのかということについての国民的な御懸念も非常に強いようでございますから、少し長い目で見て、我々は日本経済をこういうふうな筋書に持つて行きたいという点をできるだけ明確にいたしたいというのが、改めて一つ政策についての政府としての意思を統一してみようということになつたゆえんのものでございます。多少長い目で見たいということと、いま一つは先ほど来御指摘にありますような労働問題等についても総合的な視野に立つて、各部門を総合してやつて行くということを今一つの狙いにしておるわけであります。そういうような考え方の下に、先ほど申し申しましたごとく、私は通産省なり或いは経済審議庁の立場だけで申し上げるのでありますが、その私の受持のほうから申しますならば、やはりこれは輸出の振興ということを最重点に考えさして頂きたい。そこで輸出については、数字的に申しましても、向う三年の間に一つの目標を設定することが何よりも大事である。それに応じたものの動き方ができるように諸般の財政経済政策をそれに向けて調整して行くということをはつきりさせたいものであるということを考えております。従つて財政投融資の問題にお触れになりましたが、財政投融資についても私はやはりこれを従来よりも、二十九年度より増すというようなことは例えば三十年度あたりにおいては考えられないと思うのであります。併し同じ程度の額でありましても、その内応に対して、先ほど申しましたような考え方から、財政投融資にいたしましても計画的に長期化するというようなこと、そうして殊に基本的な例えば輸出振興についてはどういう産業にこれだけの合理化をしなければならんかということが当然出て来るわけでございますから、そういうものについて計画的に長期化した財政投融資ということを確保する。額を殖やすことができなくとも、そこに非常な工夫の余地があるのではないか、こういうふうに考えます。又それによつてコストの引下げということにも相当の効果が出て来る。又最近デフレ下において特に私はそうであると思うのでありますが、例えば金利の負担が総体的に非常に企業の重圧になつておりますが、そういう点に改善の余地があるのかどうかというような点も十分に検討する必要があると思うのであります。それから更にこれも又額が余り多くなればいろいろの問題があると思うのでありますが、外資導入の問題につきましても、最も効率的に投資の効果が期待できるという面に限定して、有利な条件で借りることができるならば、その方面への努力を大いにやつてみたいと考えております。昨日も経済審議庁にございます経済審議会においても論議が交わされたのでありますが、我々としては将来の財政投融資にいたしましても、その投資効果というものをはつきりつかまえて、投資効果のいいもの、そうしてそれを計画的に長期的にやるということがこれから進むべき途の一つではないかと考えております。
それから第二の点でございますが、貿易の面で中共その他の、要するに貿易の対象分野を地理的に拡げるという問題でございますが、私は西欧諸国を足並を揃えまして、できるだけそういう方面への貿易の伸張を図るべきであると考えております。ただ併しながら私は大いに強調しなければならんと思いますのは、相手が中共であり或いはソ連圏でありましいも、日本の輸出については常に良質、廉価であるということが最も必要な要件であります。これはただ単に領域が拡つたとか、或いは拡がる期待を持つて、そこに安易な夢を持ち得ない。これは地域が拡がれば拡がるほど日本の輸出については良質廉仙であつて、且つ国際的に信用のおけるものでなければならない。改めてこの点は強調されなければならない点だと思うのであります。そういう意味におきまして、私はひとり経営者だけでなく、当然これは国民的にも、労働階級に対しましても生産性の向上その他について国家的な立場から協力を求めるべきである。これはあながち公式的な労働条件の悪化であるとか何とかということではなくて、この今の日本の置かれている立場や、或いは将来の目標のために必要な協力というものを求めなければならない、こういうふうに私は考えます。