黒沢酉蔵の発言 (国土総合開発特別委員会)

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○黒沢参考人 ただいま三宅先生から非常に根本的な問題について御質問があったのでありますが、私は北海道に五十余年間おるのでありまして、北海道のことは若干知っております。そこで、北海道というものを達観して申しますと、明治初年には国は全力をあげて北海道の開発に力を入れたのであります。従って黒田清隆が、当時のアメリカのグランド大統領に頼んでケプロンを連れてきて、そしてケプロンがドイツその他から世界的な水準を持った優秀な技術者をたくさん呼びまして、開発に着手したのであります。ところが明治の十五年くらいまでは非常な熱意を持っておったのでありますが、日本はだんだんうわ気が出まして、外の台湾あるいは朝鮮、大陸、こういう方面に力を入れるに従って、北海道はだんだん忘れられてしまった。これが大体の北海道のいきさつであります。
 そこで、実は今までは日本の国は北海道から吸い上げておった。われわれはこれは北海道にとって非常に遺憾だと思っておる。われわれは多年、仕方がないから自まかない主義という主義を立てまして、戦前までは自まかない主義でやっていこうじゃないかというのが、例の拓殖計画であります。第一次、第二次の拓殖計画というのは、自まかないなのであります。日本の国費をもらわないで、自まかないでやって参った。そこで北海道には木材といい、石炭といい、たくさんの資源がありますから、事業家がどんどん入ってきて、一口にいえば、資源の略奪といった方がいいかもしれませんが、こういう傾向が長年続けられたことは事実であります。私ら道民から見ると、北海道というものは、いわば長い間日本が大陸に発展するために犠牲になっておった。ちょうどこれをごく下世話で簡単に言えば、貞操の妻があったのに、だんだんおやじがうわ気して二号、三号、四号、五号、六号、こういうふうに六号まで幾つも作って、北海道から資源を取り上げて、みんな入れ上げてしまった。それで戦争で負けた、さあ北海道の開拓だということで、戦後朝野の意見が思いついたのが、私は、忘れておった糟糠の妻をようやく思い出したというのが、北海道の開拓でないかと思うのであります。そうなったときに、何にもありはしない、財産をみんな蕩尽したあとですから。北海道にある金なんというのは、目くされ金で、今まで北海道から吸い上げた金からいえば、非常に少いものです。これは必要があれば、私は数字を幾らでも説明します。これは決して大言壮語するのではありません。稻葉先生からいろいろな議論があったけれども、私はどう考えたって、北海道以外には開発の資源はないと思う。私は全国至るところ歩っております。農村という農村はいかむところはございません。三宅さんの郷里である新潟も、ずいぶん長い間参っております。あらゆる村までみな知っております。私は公平に見まして、北海道を開くということが、日本の残された、天から授かったものであるということだけは、稲葉さんがどうおっしゃろうとも、断言してよろしい。私は五十年以上北海道におりまして、また日本全体も不肖ながらわかっております。その見地からかく断言するのであります。
 さてそこで、今お尋ねの基礎調査が足らぬじゃないかという点は、ごもっともです。これはわれわれ審議会といたしましても、道民といたしても、しょっちゅう議会に陳情しておることであります。本年も、基礎調査に少くとも五億円くらいの金を出さなければだめじゃないかというのに、幾らも出しておりません。これは一つ三宅さんのような理解のある方が、国会で基礎調査に御努力を願いたい。
 次に、利権屋の食いものになるのではないかということでありますが、過去においては、そういう実情は実際たくさんありました。正直に申しますと、実は私どもその跡始末をしておる。私は酪農でありますが、酪農というのは、木を切ったり、荒らしたりした跡を始末するのが酪農なのでありまして、私どもはそれをやっておるのでありますから、それが過去にあったことは、決していなむことはできない。だから、今後もあるのではないかということは、大いに考えていただきたい。今日利権なんというものは、北海道にそうあるものではありません。これからの北海道の開拓というものは、ほんとうに科学的に、しかも熱意と努力を傾注してやるのであります。それ以外に北海道の資源を開発する方法はありません。でありますから、昔の北海道をお考えになって、また北海道で金もうけしたなんというような話を聞いて、今後もそういうことになりはせぬかという御見解は、私は断じてないと思う。私ども道民が決して承知しません。そういうやからは、代議士であろうと、参議院議員であろうと、あるいはどんな実業家であろうと、これは排斥して、われわれは決してそういうものに対してはくみさない。幾ら道民が幼稚であっても、そのくらいの識見は持っております。しかも今はだいぶ違っておりますから、その御心配は私はないと考えるのであります。
 機構いじりについてのことがありましたが、なるほどそういうきらいは、私ども結果から見れば、あると思います。しかしながら、実際、今北海道の機構くらい、複雑怪奇な機構はないのであります。開発庁というものがありましても、これは予算を政府に要求する機関で、これを実施する面においては、各省に分れてしまうのであります。各省が分れ分れにやるのであります。つまり開拓費の統一、これがないのであります。幾ら今の金が価値がなくても、とにかく百七、八十億の公共事業費がいくのであります。これを一つの手で、一つの頭で緩急よろしきを得てその金を投ずれば、私は経済的にやっていけると思う。ところが、今の機構ではできません。今のように多元的な、そうして役人がみななわ張り争いをやっておるような機構になっておりましては、とうてい経済的な予算の使い方はできません。そこで歴代の長官がかわるごとにこれを痛感されて、何とかこの機構を一元的に直したいという熱意が現われて、いろいろお話になったり、考えられたりするのだろうと思うのです。ところが、日本の政局が御承知のようなわけで、開発庁長官で一年と続くような人がいないような状態です。何カ月かで、ぼこぼことかわる。これは私三宅さんと同じようにまことに残念に思う。だから、これはいたずらに機構いじりではなしに——人がかわるということが、はたから見ると、機構いじりをやるようなことに見えるのではないかしらんと想像される。しかしながら、これは遺憾なことです。こういうふうに何べんも長官がかわるたびごとに、思いつきと言っては失礼外すけれども、私もそんなこともあるだろうと思います。そして実際には、何もしないうちにまたかわって、三カ月か五カ月間また別の人がくる。これは北海道の開発のために非常に残念なことです。ぜひとも三年か四年一人の人でやってほしい、このように私どもは常に思っております。しかし、北海道の機構そのものは複雑であって、このままではいかぬということだけは事実であります。
 以上のようなわけで、戦前までは北海道から相当のものを搾取しておった。その意味からいって、こんなちつぽけな金ではなしに、どんどん北海道の開発に国費を投ずべきだ。しかし無理は言いません。最も経済的に使う、同時に機構も考えていただきたい、こういうのが、私どもの考えなのであります。
 はなはだ尽し得ませんけれども、以上申し上げて、不十分でありますが、お答えにがえる次第です。

発言情報

speech_id: 102404321X01319560330_008

発言者: 黒沢酉蔵

speaker_id: 27656

日付: 1956-03-30

院: 衆議院

会議名: 国土総合開発特別委員会