永田昌綽の発言 (国土総合開発特別委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○永田参考人 私はこういうことに考えております。公社という名前が公庫という名前に変りましたのは、どういうわけであるかということを私は当局に伺ってみました。ところが、日本の現在の立法の慣例といたしまして、みずから事業を直営するものは公社という、そして直営せざるものは公庫というのだ、これが日本の言葉の使い方だ、こういうことであります。私は公庫というのは。直ちに金融機関であるとは考えなかった。ただ当時のわれわれの案は、直営をしないのでありますから、直営するものは公社である。直営せざるものは公庫というのだ、これが慣例だということに承知いたしました。
それから、ただいま小平先生からお話がありました公庫という言葉は変りまして審議会に諮問が出ましたときには、資本金は五十億、債券の発行は五倍、あの案であります。ああいう案でありますならば、公庫の活動は、今日私がたびたび申しますように、融資というよりも、出資という面に非常な重さがかかるであろうと私は考えた。ですから、出資ということに非常に重さがかかって、一つのところに何十億の出資をするという場合には、もちろん練達たんのうなる理事者がおありでありましょうけれども、しかしながら、それよりももっと民間の産業人、その他からも知識を注入する組織を作っておった方がよいのではないか、かように私は考えておりました。ところが今日出ておりますのは、資本金十億になって、出資活動は圧縮されておる。債券は二十倍の発行になって、非常に金融機関的なにおいが強くなってきておるということになると、金融のウエートが非常に重くなってしまいますから、それならば——当時考えました前の案は、資本金が五十億、債券の発行力は五倍、しかもその本社は東京にある、こういう一体の関連した案ができたのでありまして、その案が少し変っておるのでありますから、ぜひなければならぬということは、今の段階では、ないのではないか、こういうのでありまして、これはないのが当然だ、ないのがよいと言って、決して弁護しておるつもりではありませんから、どうぞ御了承を願います。