廣瀬久忠の発言 (内閣委員会)
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○廣瀬久忠君 その心持は、私も幣原さんとは非常に懇意だしよくわかるので、幣原さんが平和主義者だということもよく知っておるわけですが、要するに今のお話を承わると、幣原さんは平和主義の信念を持っておる、で戦争のおそろしさを強調した。それをマッカーサーは解釈して、戦争放棄に持っていっちゃったのだ、戦争放棄という第九条と、今の幣原氏の信念との間には、そこには憲法としての関係はないのだ、こういうことであろうと私は思うのです。ただ、そういうことであろうと思うのですが、しかし非常にわれわれが解しにくいのは、むろんだれだって戦争はいやなんですよ。いやなんですが、しかしその考え方を、第九条の問題がマッカーサーの方から指示されたときは非常に強いもので、修正される前の第九条のマッカーサーの条文というものは非常に、戦争の絶対放棄を書いておるわけなんだ。そういう問題があって、この問題については閣議においても、やはり自衛権までの放棄のような形になるので因るという議論もあったようにも私は聞くのですが、そういうときに幣原先生のお心持を少しも強調せられたものがないというのは実に遺憾だと思うのですね。そこで私は幣原さんのお心持は、やはり今あなたのおっしゃったように国際法上の、国際紛争があった、そういう場合においてこれを戦争で解決しようというようなことはいけない。つまりこれは別の言葉でもっていえば、侵略戦車というようなことは絶対にいけないのだ、こういうことであるのであって、私は独立国家としてのつまり自衛の権利まで放棄しようというような心持はむろんなかったのだ。従って私はやはりこの自衛権の行使までも否認するのだというような考えはむろんなかったのだ、こう私は思うのです。ただそれがとかく非常に強く解釈されて、戦争絶対放棄、自衛の戦車まで放棄だということが幣原さんの主張なるもののごとくに解されることは、あるいは御本人のお考えじゃなかったのだろうと、こう私は思う。その点はどうお考えですか。