八木一男の発言 (社会労働委員会)
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○八木(一男)委員 ただいま厚生大臣と小山審議官のお答えでございまするが、小山さんの御答弁ではっきり正直にさらけ出されたわけでございますけれども、今日の標準で、それも無理やりにつじつまを合せた統計を出してきて、それが三千五百円ぐらいだ。ところが政府の年金の完成は、これは言うまでもなく四十年後です。四十年後で、世の中が進歩する、あるいは生活が向上する、当然そういうことがなされなければならない。これは自民党内閣が何年続こうとも、社会党内閣が来年からとってかわろうとも、これは必ずそういうふうに世の中がよくなるように政治を進めて参る。そういうふうにいたしますと、これは最低限度の、ただ食うための、生きるための生活ではありませんで、憲法で保障されたのは健康で文化的な最低限度ということになっております。文化的ということが明らかに入っております。健康ということも、医療が進歩したら、金がかかってもその医療で病気になってもなおれるという要素も入っている。ただおかゆを食って、細々とやせ衰えながら数年間生きていくという生活ではないのです。健康で文化的な生活ということでありまして、それは発展しなければならない。四十年後まで発展がないという考え方では、これはもう実に情ない考え方であります。自民党といえども四十年間日本の国民生活をそういう健康的な点で、文化的な点で発展させないつもりで政治を動かすという考え方は毛頭ないと思う。その意味で三千五百円というのは、実に貧弱な内容だといわなければならないと思います。特に三千五百円のつじつまが現在なら合うような御説明をなさいましたけれども、これも計算上無理につじつまを合わされたのであって、現在の三千五百円がいろいろのデータをあげなくても、健康で文化的な生活であるとはだれも言えないわけなんです。そういうことではなしに、ほんとうにもっと健康で文化的な、憲法の精神に準拠するようなそういう程度まで引き上げるような努力をもっとよくされなかったか。この前、昨年の十月の上旬でございましたか、橋本さんにはそれをさんざん申し上げまして、厚生省第一次試案では国民年金の名前に値しない、だから職をなげうってでもそれを高めるような努力をしていただきたいということを申し上げたのですけれども、技術的なこまかい点の配慮はずいぶんなさっておられます。ですけれども、ほんとうの骨組みがしっかりなるような、骨組みが伸びるような努力は一向にされておらない。それについて坂田さんは、最近この職におつきになったわけでございますが、現在のこの国民年金法案の提出の責任者でありますから、最近の一番重大な責任を持っておられるわけです。なぜ三千五百円というような程度の低いものをもっと高める努力を強くされなかったか。もう一回坂田さんの御答弁を願いたいと思います。