八木一男の発言 (社会労働委員会)

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○八木(一男)委員 御答弁者が二人ありましたから、一つ一つについて申し上げます。
 結局、坂田厚生大臣が医療保障の点などについてお触れになりました。私もこれが非常に今脚光をあびているからといって、年金制度だけに夢中になって、ほかの医療保障をほったらかしにしていいとか「あるいは救貧政策をほったらかしておいていいとかいう意見は持っておりません。むしろ今までの防貧政策が不十分であったために、現在貧乏に陥っている人の救貧政策の方が至急にやらなければならないことだと思います。また医療保障の問題もその次に大事だと思う。たとえば今政府が非常に格段に生活保護の基準を上げる、あるいは医療保障を国民健康保険の二割五分平均というようなけちな案ではなしに、結核は全額医療費を国庫で負担して、結核以外のものは実質は五割、六割を担負する。国民健康保険の七割、八割、十割というようなりっぱな社会保障政策をとっておられるならば、年金制度はここ一、二年はこのくらでもやむを得ないというような考え方になるかもしれない。ところが医療保障はほったらかしであります。結核医療の全額国庫負担すべしということは、三年前に社会保障制度の医療保障勧告で明らかに出ておるわけです。それはほったらかしになっている。昨年は厚生省で結核医療費の、これは食費を除いたインチキなものでありますけれども、全額国庫負担という案を用意されたが、大蔵省の反対でつぶれた。本年はそれを百分の一くらいに縮小した案を出して結核対策をしているというようなことをいっている。そういうふうにほかの方をほったらかして、年金案をたくさんやるんだと宣伝して、年金の中身を見るとがらくたのような中身だ。そういうことではいかぬと思うのです。世の中を惑わすものである。医療保障や救貧政策をやるために、年金は今このくらいでいたし方ないというならば、医療保障全部十割給付という案を並行して出されればいい。また現在の貧乏な人のために、そっちの方が急務であると言われるならば、生活保護の基準をいきなり倍にするとか、そのくらいのことは考えて、それでこの年金案を並行して出されるならば、それについても異論はありますけれども、政府の御説明としてはある程度当を得たものと言えましょう。しかしそういう大事なことを全部ほったらかして、公約した年金の中身もがたがたで、それでそのがたがたの理由に、ほかのことをやらなければならないから、このくらいでがまんしてもらいたいということでは筋が通らないと思う。社会保障に関する限り、日本は一番進んでいかなければならない。われわれ社会党の国民年金法案というものでも、私は完全だとは思っておりません。非常に乏しい案だと思って、おる。しかし苦心して作った案を出すについて、医療保障も完全にする、救貧対策も完全にするということを並行してやることが前提であります。政府の方はわれわれの案よりも実質的に五分の一ぐらいの年金法案を出して、医療保障対策はほったらかす。救貧対策もほったらかす。実際上五%くらい上げるような答弁では、われわれ承知しませんから、そういうことはおっしゃらない方がいいです。そういうことでほったらかしておいて、この程度しかほかの関係があるからだめですというようなことではいけないと思う。これは坂田さんの責任でも、あるいは小山さんの責任でもないかもしれない。岸内閣自体の責任、大蔵省、大蔵大臣の頭を切りかえなければいけないし、大蔵省の主計局の頭を全部切りかえなければいけないし、岸内閣総理大臣にもっと活を入れなければいけないということになる。社会保障に関する限り、ほかの国より先行しなければいけない。日本の国は貧乏が多い、あるいはまた疾病が多い、あるいはまたこれから老人人口がふえていくという状態のもとにおいては、ほかの国よりもこういうような面に対しては進んでおらなければならぬ。ところが政府全体の考え方は、たとえば外車を自由に使用するというような点だとか、あらゆるぜいたくな点では世界の水準をはるかに破った世の中を許しておきながら、こういう問題になると、諸外国が百くらいの程度だったら、日本は国力がないから五十くらいでがまんしてもらいたいというのが政府の常套手段だ。それではさかさまなんです。貧乏な国は、貧乏な国に対する対策は、ほかの国が百なら二百も三百もやらなければならぬ。病気が多ければ二百も三百もやらなければならぬ。そういう根本的なはき違いがあるために社会保障が進まない。厚生省としては努力はしておられることは認めますけれども、しかし努力をしておられても、いかに良心的であっても、その方々自体の努力には敬意を表しても、世の中の貧乏人や、病気で苦しむ人や、年寄りはそれでは助からない。そういう衝に当られる方は、自分の今までのやりにくい伝統の中で一割ほど努力をしたということで甘んじてもらっては困る。世の中の大ぜいの困った人のことを考えて、勇気を持ってやってもらわなければならぬと思う。そういう点で坂田さんの医療保障関係に籍口した御説明は、これはちょっと困ると思う。ほかの問題を完全にやられたら、その理由によってといわれても、ほかの問題はほったらかして——就任間もない坂田さんに大きな声を出して失礼でありますけれども、しかし、ほんとうに結核対策というようなものは完全に後退しておる。大蔵大臣に前も申しましたけれども、一つ坂田さんから教育をしてもらいたい。大蔵大臣という人は財政を考える人だ。財政を考える人でも、〇・一くらいの近視眼的な見方で財政を考えてもらっては困る。結核対策は医療上完全になおる方策ができておる。ですから結核が根絶できない、なおり切らないのは経済的な理由であります。そこで全額国庫負担をほうり込んで、五カ年間でほんとうに結核がなくなるようにすれば、六年以後の結核に対する財政負担は激減するわけであります。そうすれば長期の観点よりすれば、財政的にもその方がいいわけです。医療保障対策もそうです。一部負担をとったり、いろいろの診療の制限をするというようなことをして診断がおくれるようになったり、診療が完全になおらないようにするから、病人があとまであとまで続く、病気がだんだん多くなってくる。そして医療保障の金をたくさんつぎ込まなければならぬ。財政的に見てもそういうものには一挙にたくさんほうり込むがいい。そういうことを大蔵省の人たちはわからない。佐藤君にそういうことをあなたからけんかごしでもいいから、どなりつけてもいいから教え込んでいただきたい。社会保障に大きな金を最初からつぎ込むことは、結局長い目で見たら財政方針にも合う。あなた方の小さな頭で考えるからいけないので、もっと大きく考えれば財政はもっとよくなるということで大蔵省の連中を啓蒙していただかなければならぬ。そういう考え方で今後の社会保障も年金も考えていただかなければならないと思うわけであります。
 そういうことで、大へん大きな声を出して失礼いたしましたが、三千五百円ということを私はあっさり出した。ところが三千五百円というのは最高です。最高が三千五百円、二十五年しか保険料が払えない、あるいは免除期間がないという人は年に二万四千円くらいに下る。それ以下の人はまた下る。それ以下の人は年金ももらえないというようになっておる。最高が三千五百円、それでこの最高が今言ったような情ないものである。これは最高が六千円くらいになっておれば私はもっと声をやわらげますけれども、三千五百円で、しかもまだまだずっと下るようにできている。そうしたら下った人は一体どうなるのか。三千五百円でも健康で文化的な生活は維持できないということは、厚生大臣お認めになった通り。ところが今の政府案全部を見れば、免除規定は相当に過酷である。そうして免除がなくて、ボーダー・ラインは納めないからなまけ者だという言い分をなさるかもしれません。しかしほんとうに納められない人はたくさんある。納められなかったら年金額は減る。ですから実際に平均したら三千五百円でなしに二千円平均になってしまう。だから現在の生活保護の水準と同じように、下着が一年に一枚しか買えないんです。買ってはいかぬというような生活保護の基準と同じようなもので四十年後の文化的、健康的な生活が維持できる、そんなものではないはずです。そうなると三千五百円をここで思い切って少くとも社会党の七千円に上げればいいけれども、それができなくとも、六千円くらいまでは上げられなければ国民年金法案とは言えない。社会保障の一番の根本である所得保障制度とは言えないと思う。その点でもっと大きくなされなければならないと思うのですけれども、政府自体自民党にも働きかけて、現在の原案である三千五百円の組み立て——組み立てはいろいろ工夫してありますが、その骨を太らす、伸ばすということで自民党から修正案が出る、修正案が出せなかったならば社会党とも御交渉になって、われわれの知恵もおいれになって、そうしてこの年金案を成立させるときに三千円が七千円とか、少くとも六千円という案になさるというような御意向を表明していただきたい。

発言情報

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発言者: 八木一男

speaker_id: 11888

日付: 1959-03-05

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会