八木一男の発言 (社会労働委員会)

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○八木(一男)委員 そういう理屈はある程度成り立つと思うのですが、ちょっと薄弱ではないかと思うのです。老齢援護年金、国民年金所得保障というものは本人の所得がないことに対する保障です。ですから本人自体の所得がある、十三万の制限、これは妥当であると思います。それだけで、基本的に理屈を言えば、あと一切がっさい本人の所得能力がなければ所得保障の対象になるべき点だと思うのです。ところが無拠出年金の財源が残念ながらちょびっとしかない。そういうことで制限をつけなければならないという具体的な事実に対して、その暮しに対して制限をつけられることはやむを得ないと思います。暮しというものは、日本の現状では世帯を単位に置かれておるわけです。暮しの方の現実的な面を見れば、世帯単位の所得制限である。年金の本来のものでいえば、本人の所得能力で制限をつける。配偶者の所得能力ということは、それは今おっしゃった理屈は、無理やりつければつけられないことはないけれども非常に薄弱だと思う。特に配偶者の扶養義務ということに重点を置いて、そこに理屈の根拠を求めておられるのでしょうけれども、別な観点の、もっと大きな観点から男女同権であるとか、そういうような観点から見ると、非常にこれは薄弱な基礎だと思う。そういうものを排除してやられないと実際上工合が悪いと思う。たとえば配偶者所得制限では、二十万くらいの所得のときに老齢援護年金が入らない。二十万円という所得で入らない。ところが片方、五十万の所得までむすこさんがそういう収入を上げているときでも――五十万と二十万というのは大きな差です、普通の差じゃない。ほんとうにすれすれの食えるか食えないかというところと、ややゆとりがあるというところの差では非常に大きい。年収五十万で、親孝行なむすこさんのお嫁さんに孝養を尽されている人に年金が入る。片方は、これは特に強調するために一つ特徴的な例を申し上げます。奥さんが七十で動けなくて、もう中風かなんかになっている。そのだんなさんが七十二、三になっているけれども、長年連れ添うた奥さんを愛するから、よぼよぼの腰を伸ばしてほんとうに一生懸命働いている。それで二十万収入があった。そういう人の奥さんのところにはこない。本人にこないのはいい。本人にはそれだけの能力があるのですから、よくはないけれども仕方がない。予算全体のワクが少いから……。だけれどもその奥さんにこないということでは、奥さんに対してもあまりにも過酷であるし、またそれを支えているだんなさんにとってもあまりにも過酷であると思う。そういう点で十三万の所得制限をしても、これは本人にこなくてもその奥さんにはくる。だからそっちの方はいいけれども、とにかく配偶者所得制限というのは非常に根拠が薄弱だと思う。こういう三段所得制限というものはおやめになったらいいと思う。それについて厚生大臣どうお考えですか。

発言情報

speech_id: 103104410X01519590306_028

発言者: 八木一男

speaker_id: 11888

日付: 1959-03-06

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会