石村英雄の発言 (予算委員会第一分科会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○石村分科員 そうすると、結局私どもは、大蔵省当局がいろいろ実際を調べられた、それを信用しろということになるわけなんですね。おれの方では一々実績を調べて、来年度の見通しなり、また三月期、あるいは二月の決算のものもあるだろうし、そんなものを一々調べて、積み重ねておるのだから、国民所得で比率を出してどうじゃこうじゃと言うなと、こういうことになるわけなんで、それじゃわれわれは手がつかぬのです。おれはこういうふうに調べて出したのだから間違いありませんぞ、その通りに承認しなさいじゃ困ると思う。それは私たちも、そんな調査機構を持って一々調べれば、それに対してそれは間違いだということはできます。ところがそんなものはこっちにあるわけはありません。やはり国会に出した経済の見通しとかなんとかいうものを、過去の分を拾い集めて、そして対照して見ていって、政府のそういう実績、見通しなりなんなりのお調べになったものと矛盾しないかどうかを見て、論議するよりほかに、かりに論議するとすれば、それよりほかに手がないのです。それは間違いだ、そんなものやっちゃいかぬ、だめだ、こうおっしゃたら、もう国会で税収見通しなんというものは論議する必要はないということになる。それじゃ困りますから、こういう三十五年度の経済見通し——去年は三十四年度の経済見通しというものをお出しになっておる。そしてこの中に、そういう税収と国民所得の時期のズレがあるとすれば、やはりこの見通しも、四半期別とかなんとかいうものを出して、ある程度われわれの方でそういうズレを考えて計算してみるとか、そして政府の見通しが客観的にいいか悪いか、——一銭一厘も違わぬとはだれも言うわけではありません、われわれが要求するわけでもありませんので、大勢においていいか悪いかという判断だけです。かりに国会で税収の是非を論じるとすれば……。もう一つは、明年度の景気がどうだこうだということの論議、それしかありません。明年度の景気というものをいっても、それは今大恐慌でもきておれば、こんな恐慌がきておるのに、お前のは恐慌の前の見通しだから、間違いじゃないかと言えば言えますが、それでなしに、明年は八%ぐらい伸びるだろうと言われたら、そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ、よくはわかりませんというような論議しかできない。過去の実績との対照で論議する。一応政府の三十五年度なら三十五年度の見通しをもとにして、過去の実績等から論議をするという手しか残らないわけです。それが税収のズレがあるから、そんなものをやってもだめだということになると、三十四年度の税収が少ないという前提に立って、それはずれるだろう、こう私も考えたのですが、やはり三十五年度も三十六年度も、同じようにずれ込むわけですね。だから、ズレがあるといっても、それは似たようなものじゃないかという結論、むしろズレは、三十五年度は経済が成長するのだから、よけいずれ込む、こう見なければならない。そうすると、三十四年度分のずれ込みというものは、三十三年度から三十四年度にずれ込んだよりもはるかに大きい、比較にならぬほど大きいのだという数字が出てこないと、なるほど三十四年度の見通しが少ないのもやむを得ぬという判断は生まれない。そこの資料が出てこない。三十四年度の国民所得の関係で、三十五年度に税収がずれるというずれ方は、政府の見通しのように、三十五年度はやはり順調に発展するとすると、ずれ込みは、むしろ三十四年度が三十五年度にずれ込むよりも、三十五年度が三十六年度にずれ込む方が大きいはずなんです。従って、三十四年度が少ないのは、ずれ込みが大きいからだといえば、三十三年度のずれ込みはほとんどない、三十四年度のずれ込みはうんと大きかったのだという判断を下さなければ、政府のおっしゃることがなるほどその通りだという同感はできないわけです。無条件で、黙って無批判に承認しろと言われればそれっきりだ。もちろん手はないのです。もう資料が出ないのだから……。だから私は、今後こういう点の資料を出していただいて、われわれが判断できるようにしていただきたいということをお願いするわけなんです。この点は大蔵大臣どうお考えですか。

発言情報

speech_id: 103405266X00419600227_028

発言者: 石村英雄

speaker_id: 20713

日付: 1960-02-27

院: 衆議院

会議名: 予算委員会第一分科会