木村篤太郎の発言 (日米安全保障条約等特別委員会)
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○木村篤太郎君 私は安全保障条約の質疑に先だちまして、まず、昨日ハガチー氏に対して行なわれた暴行事件について政府の所信をただしたいと思います。
昨日ハガチー氏が空港に到着した、その際に全学連、日教組、総評、これらの連中が暴行を加えました。日本歴史上私はほとんど初めてと言っていいかと思います。まことに由々しき大事であります。これによってわが国の国際信義を失い、アメリカとの友好関係にひびを入らせまして、まことに残念しごくと思います。いやしくも民主主義国家において暴力が行なわれるということは全くもって重大であります。民主主義の根底は何であるか、お互いに手を握って話し合いをしてものを解決しようというのが根底であります。一切暴力を否定されておるのであります。しかも、口に平和を唱え、民主主義を唱えておる者どもがこの暴行事件に関与しておるということに対しては言語道断と言わざるを得ないのであります。私は、おそらくアメリカ国民も憤激しておることかと想像いたします。私は参議院自民党を代表して、アメリカの国民に陳謝いたしたいと思います。
そこで、私は政府閣僚諸君に対してお尋ねいたしたい。一体、こういう暴行事件の背景をなすものは何であるかということであります。私はこの背景はいわゆる国際共産勢力にあると信じて疑いません。ここにもろもろの安保改正反対、岸退陣、反アメリカ行動、これがつながっておると私は推測いたします。かって九大のプロフェッサーでありました向坂逸郎君、これが教授在職中に発表した理論の一部にこういうことが書いてある。政権の奪取は何らかの形において暴力を必要とするのだ、かりに日本の運輸通信の労働者がゼネストをすれば、日本の政治も経済も麻痺する。これだけの力を持っておるのだ、この力を政権奪取に用うべきだということを言っている。まさに暴力革命を目指しているものと言わざるを得ない。この向坂君が九州の三池の炭労争議に関与しておるということを聞いております。まことに私は憂うべき現象であるかと思います。政府はこれらの点についてどういう考えを持っておられるか。ことに、この暴力事件、昨日のハガチー氏に対して行なわれた暴力事件だけではありません。これまで数多の暴力行為が行なわれております。これに対して一部の者がこういう暴力を行なうということはやむを得ないのじゃないか、こういう議論をする者があるのであります。目的と結果を混同いたしておる。民主主義国家においては、いかなる理由ありといえども暴力は排撃しなければならぬと私は信じます。昨晩、たまたまテレビの特別番組を見ておりましたその際に、社会党の委員長である淺沼君が何と言っておるか。私から見れば、言語道断だ。暴力について何ら触れずに、これはことごとく政府の施策が悪いのだと言っている。政府の施策が悪ければ、堂々と国会において非難、論議すべきである。かりにも暴力を肯定するがごとき言論を弄するがごときことは私は思わざるもはなはだしきものと思う。また一部の学者は、この暴力を否定すると同時に、国会における自民党のやり方も悪いのだから、これは寛容さるベきであるという議論も書かれている。これもまた思わざるもはなはだしい。これも結果論からいえば、暴力肯定論になるのであります。こういう議論が行なわれるということは、まことに私は国家の大事と考えておる。ことに教職員の組合員がこの暴力に関与しておることに至っては許すべからざることと思う。あるいは世間伝うるところによると、この暴力行為も一部の日教組に属する教師が関与しておるといううわささえ聞いておる。従来、文部当局がこの日教組に対する態度、考え方が私は甘かったと思う。これらの点について文部大臣はどう考えられておるか。教師が中立の立場をとるべきことは当然であります。思想においてわれわれと異にするものがあることは、これは当然であろうと思いまするが、しかし、これを直接行動の上に及ぼすということにおいては、これは民主政治の破壊であります。それが将来日本の国家を背負って立つ青少年の教育に当たるべき重大なる役目を負っておる教師が行動に及ぼすということについては、私はこれを捨てておくことはできない。従来かくのごとき暴力行為はしばしば行なわれることに対して、政府のとった処置が実に甘かったのじゃないかと、私は思う。すべて時期がおくれておる。暴力行為があれば、法律に照らして断固として、すみやかにこれを処断する、これが必要であろうと思う。しかるに、事が終わってから数十日、はなはだしきは数百日たってからこれを処分するというようなことは、私はこういう暴力行為に対する処置としてははなはだ不適当であろうと思うのであります。今度の暴行事件も、私から考えれば、まさに刑法百六条の騒擾罪に該当するものと思う。法務大臣はこれに対してどういう考えを持っておられるか。もしも法律に該当するなれば、断固としてこれを処分することをしなければならぬのであります。これを私は申し上げたい。
ことに、私が一番憂うるところは、将来日本の国を背負って立つべき青少年に対する教育でまります。閣僚諸君は、おそらく御存じであろうと思う。日教組が教壇に立ってどういうことを教えておるか。私は全国の教員全部とは申しません。中にはりっぱな教師がおります。りっぱに子供を教育してくれる先生たちがおります。私は大多数の者たちはそうであろうと思いますが、一部の教職員においては、全く社会革命をねらうような教育をほどこしておる。これでいいのか。現に全学連の学徒がいろいろの暴行事件を起こしておる。これに対して、一体学校当局はどういう処置をしておるのであるか。現に起訴せられた学徒に対して学校は何らの処置をしていない。こういう点に対して文部大臣はどう考えられるか。こういうことを放置しておるようでは、私はますます日本の国が混乱に陥ることは火を見るよりも明らかであろうと信じて疑いません。私は、全閣僚がほんとうに日本の国を憂うるなれば、この際このときこそ、身命をなげうってまでも、これらの点については私は処置をすべきであろうと考えます。
それと同時に、私が申し上げたいのは、私もいろいろの青年と交わりを深くしております。彼らの言うことは実に純真であります。純潔そのものであります。導き方において正しい方向に向かっていくことは、私は容易であろうと信じておるのであります。しかし、彼らは純真なだけに、きわめて神経が鋭敏であります。われわれ政治家に対する一挙一動を、彼らはことごとく鏡のごとく脳裏に映しておるのであります。しかして、彼らいわく、われわれはアルバイトしてまで学業にいそしんでおるのである、しかるに、政治家は何をやっているか、私行はどうであるか。ことに新聞紙上あたりにおいてしばしば赤坂料亭なんかが使われておるということを聞いておる。こういうことであってもいいのか。これであります。私は頭から水をかけられるような思いをいたしました。政治家の私行は私は慎しまなければならぬと考えております。どうか閣僚諸君は、いわゆる政治の指導者であります。国家の師表とたるベきものであろうと思います。どうか私行においても十分に警戒をしていただきたい。そうしてほんとうの青年学徒をして正しい方向に向かって、将来日本をしょって立ってもらうように私は進んでいきたいと考えるのであります。
それと同時に私は申し上げたい。近ごろの国家公務員はもちろんでありまするが、ことに公立学校の教師諸君が、これは多くは反政府的思想を持っております。はなはだしきに至っては危険なる共産革命思想も持っております。信念に基づいてそういう思想を抱くのであれば何をか言わんやであります。しかし、おそらく大多数の者は、自分らはこういう重責にあるにかかわらずこれに対する待遇がはなはだよろしくない、これであります。私はこれらの人の待遇において、政府は十分に考慮すべき余地があるんじゃなかろうかと思います。今後文部当局においても、こういう点について十分の考慮を払っていただきたい。
要は、わが国は現下きわめて困難な時期に立っております。何としてもわれわれは暴力を排撃してほんとうの平和による日本を作り上げたいと思うのであります。それにはまずわれわれがみずからの身を清うして、そうして専心国家のために努力するという気魄と熱意を持たなくちゃならぬと私は信じておりますが、この機会をかりまして、私はさらに申し上げたいのは、あの先月の十九日の国会における不始末であります。世間がまだこの事情をよく承知しておりません。国会議員が国会の廊下にすわり込みをして、議長がその室から出ることを阻止する、まさに暴力行為であります。これが公然と神聖なる国会議事党において行なわれるということは、私は真に嘆かわしいと思う。それに対して淺沼社会党委員長は何らの反省に意を用いておりません。私は心から嘆くものであります。いたずらに社会党を私は誹謗するものではありません。しかし、ともども国政を負託されておる国会議員として、かような行動に出られる、それを委員長である淺沼君が反省もせずにこれを弁護するがごとき言を弄せられるということは、私はまことに残念しごくであります。これは政府に申すわけではありませんが、この機会をかり、私は淺沼君に反省をお願いしたいと思うのであります。
どうか閣僚諸公、現下の情勢はきわめて多事多難であります。国家の運命、これを見上するときに、真にわれわれは憂慮しております。どうか閣内もしっかり統制をとって、この国難を開いていただきたいと思います。これを希望いたします。私に対する考え方について政府の御所見をこの際承りたいと思います。