曾禰益の発言 (予算委員会)
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○曾祢益君 こういう意味でございますとおっしゃいますけれども、一向に「それぞれ」という味は出てないですね。まあこれは非常に細目で恐縮のようですが、重要な点ですから、特にお許しを願って英文で見れば、言うまでもなく「それぞれの」というのが「ゼア」、彼らの能力、ゼア・キャパシティ、こうなっているのですね。従って、この「ゼア」ということは彼らのということであって、日米両国が個別的に持つ能力もあろうし、あるいは集団的能力を持っても、彼らが共通で持つというときにも、彼らというこれは形容詞は使われるわけですね。どこに日米両国「それぞれの能力」を維持、強化するというは、日本としてはこれはもう絶対にはっきりしなきゃならぬのに、出てない。それを日本語に訳するときには、みごとに「それぞれ」といって、いかにも各個各別の能力を持つというがごとき言葉を使っておられますよ。もしそういうことを明らかにするなら、まあ英語で言えば、ゼア・オウン・コレクティブ・キャパシティズ、またはゼアシスペクティブ・キャパシティズ、彼ら自身の彼らのそれぞれの各自という言葉を使われてそうして日本語で「それぞれ」ということになっているならば、これは国民も納得するでしょう。英語では「ゼア」つまり日米両国の個別的集団的の能力を維持しというのは、これはバンデンバーグの精神なんです。それを日本の場合は憲法の建前でそれができないというのなら、なぜそういうことをはっきり書いていないのですか。どうしてその「ゼア」ということが日本、アメリカ個々に持つ能力で、集団的防衛力を排除しているという証拠がありますか、見せて下さい。