佐藤尚武の発言 (外務委員会)

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○佐藤尚武君 この二、三日来、松平大使の発言問題について、だいぶ世間の注意を引くようになりました。衆議院でも予算委員会においていろいろな質問が出まして、かたがたこの問題が一そう世間からも重要視されるようになってきたように感じられるわけでありますが、私は、松平大使をよく知っておる一人でありまして、大使の人となりその他について十分承知しておりまするし、また、多くの面において敬服しておる一人でありますが、従って、松平大使の言われたことというものは、大使が国連において重要な仕事をしておられるし、その間において感じられたことを率直に話をされたものと了解するのであります。国連大使として会議に出て、表向きに行動されるというような場合には、むろん政府の訓令ないしは方針に従って物事を運んでいくべく努力をされるということは、これは、松平大使に限らず、どなたが国連大使になられても同じことでなければなりません。しかし、そうかといって、松平大使なら松平大使として、個人としての意見を持ち得ないということは、これはあり得ないことだと思います。いろいろ外国の代表たちと折衝し、その間に、自分個人としてはこういうふうに考える、日本政府としてはこうあってほしいというような感じを持つということは、これは、当然そうあってしかるべきことだと思うのであります。
 そこで、この間の外務省において開かれたと聞いておりまする外交問題研究会でありますか、そこで大使が発言されて、そしてコンゴー問題に対して自衛隊が参加をするということは、国連中心主義に立っている日本としては筋の通った考え方であるというような意味で発言されたと、私は新聞で承知しておるだけの話でありますが、そういうふうに理解するのであります。私は、この外交問題懇談会というものの性質をよくは存じません。しかし、そこは朝野のいろいろな重要な地位にある方々の集まりであって、多分これは外務省が主催しておられるのだと思いまするが、そこでは、各人が自由に自分の意見を発表し、かつまた、お互いにその意見に某づいて意見交換をしていく、その間に、日本の外交の方針というものはどういうふうに持っていかなければならないかということをお互いの間で研究し合っていくというようなことが、懇談会の目的であろうかと思うのであります。でありまするからして、そこでは、何人も自由に自分の意見を発表することができるはずでありまして、大臣の意見がこうであるからとか、あるいは政府の意見がこうであるからといって、自分の個人としての意見までも曲げてその懇談会に臨まなければならないという、そういった性質のものでは私はないと思うのであります。従って、そこで述べられた松平大使の意見というものは、それは大使としての意見であって、たまたま外務省の方針とは違っておる面もあったと思うのでありまするけれども、違った面があるならあるで、どうしてそれが違っているのであるか、また、そういったような違った意見を持たれるということは、日本にとってどういうような影響を及ぼすものであるかというようなことをお互いに研究していくというのであれば、私はわかるのでありまするけれども、そこで発言した個人の意見を直ちに取り上げて、そうしてこれは政府の意見と違っておるからといって、松平大使の言動を非難したり、あるいは進んでは、そういう政府と違った意見を、木国政府と違った意見を持っておるような国連大使は罷免しなければならないというような意見さえも出てきたと新聞で承知しておりますが、これは私は、とんでもない話だと思うのであります。自分の意見をそういうふうに自由に意見発表の機関である場所でもって発表したがために、すべての責任を負わなければならぬというようなことは、それは私はあり得ないことだと思うのであります。
 従って、昨日の衆議院の予算委員会で外務大臣が答弁されておる中に、松平大使に対しては厳重戒告を加えておいたということを言われたのでありまするが、これがどうも私にはふに落ちない。自分自身自由に意見を発表することができるそういう場所において、自分の意見を発表した。それがたまたま政府の方針とは違ったがために戒告を加えるというようなことは、ちょっとこれは筋違いじゃないか。それこそ私は、大臣筋違いじゃないかと思うのであります。そういう点に関しましての大臣の御意見も後ほど伺いたいと思うのであります。
 しかし、私が申し上げたいと思うこと、そしてそれに対して大臣の御意見を伺いたいと思うことは、国際警察軍というものがもうすでに重要な意味を持ち始めておりまするし、将来はますますそういう特殊な存在を必要としてくるであろうし、また従って、国際警察軍なるものの制度が年とともにだんだん重要さを加え、かつ固まっていく性質のものではなかろうかと思うのであります。私は、国際警察軍という考え方にはもともと大賛成でありました。おそらく、非常に口はばったいことを言いまするが、日本で最初に国際警察軍という名前でもって事を論じたのは、私が初めではなかろうかとさえ思っておるのであります。それは、朝鮮事変の際にさかのぼるのでありまするが、あの事変が起きた直後、私はある新聞に自分の意見を発表したのであります。世界の平和を維持するというためには、どうしても国際警察軍という考え方で行かなければならないし、そうしてそれが朝鮮動乱によって思いがけなく初めて実現されたのである、こういう考え方は今後も助長していかなければならぬことであるし、それには、日本も国連とともに立っていかなければならぬという立場にある以上は、この国際警察軍というものに関して重要な注意を払わなければならないし、私、それこそ個人の意見でありまするけれども、よその国が国際警察軍に参加をして、そして朝鮮動乱でもって平和への克服に努力をしておる。それには、全く朝鮮には関係のない国々さえもあの連合軍の中に加わっておる。たとえば、エチオピアのごときも派兵をしておる。中央アメリカ、国の名前ははっきり覚えておりませんけれども、たしかパナマであったと思います。そういう国さえも朝鮮動乱の国連軍に参加をしておるというようなわけで、自分の国の利害関係から言いまするならば、全く関係のないと思われるような国でさえ、できるだけの兵隊を出して、そして国連軍に参加をしておるというような場面がそこに出てきたわけであります。それというのは、ひっきょうするのに、いわゆる世界の平和は一つであり、どこで動乱が起きようとも、それは世界全体の問題になるのであるからして、動乱が起きた場所に国連警察軍が出動するということであるならば、自分たちも手伝わなければならぬという、そういう考え方から出発しているわけでありまして、これは私、これから先の世界の平和を維持していくという上には最も重要な考え方でなければならぬと思うのでありまして、そこで日本は、しからば、その国連軍とどういうふうに協力することができるかと言いまするならば、日本も、法令の許す範囲内において、できるだけの協力はしなければならぬと、これは、国連憲章がそう命じておるからでありまするが、実力をもって援助をするということができるかどうかということにつきましては、これは、日本の憲法の規定があるし、自衛隊の規定があるし、いろいろな制約があるからして、直ちに他国並みに派兵をするというようなことはできないことであろうとは思いまするけれども、そうかといって、国連軍なるものがそれほど重要なものであるとするならば、日本が袖手傍観、国連軍の組成はほかの国にまかしておけ、自分は何かそのほかのもっと楽なことで手伝っていればいいのだというような考え方では相済まぬと思うのであります。それはなぜかと言いまするならば、極東の平和の維持、つまり、端的に申しまするならば、極東の平和の維持に関しては、日本も、これだけの日本になった以上、重要な責任を持っておるということはあたりまえな話でありまして、しからば、その平和の維持のために国連軍が出動したというような場合に、自分は何もできない、いや、実力をもってすることはできない。ほかの国にその点はお願いしておくのだというようなことでは、大国日本として責任は果たされていないようなふうに私は感ずるのであります。ある人のこれは直言でありまするけれども、日本は割勘を払わないで、うまいものだけ食っているというような、そういう批評さえも伺ったようなわけでありまして、事実その通りの結果が現われてきつつあるわけでありまして、さりとて、この憲法第九条の規定、これを直ちに曲げて解釈して、派兵するということは、これはできない相談と思うのであります。
 そこで、朝鮮動乱の際に私の立てた意見は、はなはだこそくな意見ではありまするけれども、日本は、国として派兵をしたくてもできないのでありますが、個人が国連軍に応募するということは、これは一向差しつかえないはずのものであります。そういう意味においての、日本国としてでなく、日本人としての協力は、これは考え得ることでなければならぬというような意見を私書き添えたことがあったのであります。しかし、この私の当時の意見は、だれの注意も払わないで今日に至ったわけでありまするが、あにはからんや、国連警察軍というものがだんだん進展して参りまして、スエズの問題にも国連警察軍が出まして、イスラエルとアラブ諸国との間の紛争に際しても国連警察軍が出動したというような関係があり、今後ますますその重要性が加わってくるだろうと思うのであります。
 そこで、私は政府にお伺いしたいということは、そういったような国連警察軍であるとしたならば、日本政府としても、この国際警察軍というものを重要視しなければならぬ、これを重く見なければならぬということを政府としてお考えになるかどうか。そういう点であります。これは、はなはだ子供っぽいような質問かもしれませんけれども、しかしながら、国連に参加し、参加国の中でも重要な地位を占めておる日本としましては、その国連警察軍なるものに払う注意の程度というものは、これは非常に重要な意味を持つと思うのでありまするからして、まずもって政府としては、この国連警察軍をどう見ておるのかということをお伺いしたいと思うのであるし、さらに遊んでは、国際警察軍に直接実力をもって参加することができないとしたならば、そして割勘だけは何とか払わなければならない、全額でなくても、半分ぐらいでも払わなければならぬというような考え方になるとしたならば、どういう手段方法でもってその目的が達せられるかというようなことについて、政府としても真剣にお考えになるということが必要でなかろうかと思うのであります。
 そういう点につきまして、まず外務大臣のお考えを伺うことができれば幸いだと思います。

発言情報

speech_id: 103813968X00419610223_002

発言者: 佐藤尚武

speaker_id: 18477

日付: 1961-02-23

院: 参議院

会議名: 外務委員会