江田三郎の発言 (農林水産委員会)
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○江田三郎君 だから戦前の富国強兵の政治というものが農民をいじめたことがあったかもしれませんが、戦後の農地改革以後においては、そうではないと言われるわけでありますが、もしそうでなければ、こういうような事態にはなってこないわけなんであります。いじめるというのは、何も主観的な問題ではないのでありまして、客観的に農業というものが他産業とつり合っていけるような施策をとっていたかどうかということが問題なのであります。そういう点になりますと、残念ながらこういう結果が出たということをもってみても、その施策が当を得ていなかったということは言い得るわけであります。特に総理は、よく農民は民族の苗しろだというようなことを言われます。あるいはせんだって水戸に行かれまして、水戸黄門光圀の何かの歌を引っぱり出しておられましたが、そういうような認識というものが、一体どうなのかということなんであります。これは別の言葉で言えば、農本主義の認識だ、農本主義の考え方だ、農本主義というのは一体何なのか、農本主義というのは、結局は封建領主が百姓からしぼり上げるためのゼスチュアに私はすぎないと思うのであります。そういう点が、この政府の基本法の前文に、幾多の困苦に堪えつつ、その務めを果たしてきたが、このような農業及び農業従事者の使命は、今後においても変わることはないという、この前文を読んでみますと、私はやはり、ただいま申しましたような民族の苗しろであるとか、農は国のもとであるとかいうような美しい言葉を並べるけれども、結果においては、搾取を強化した封建領主の考え方の一貫したものが流れておると言わざるを得ないわけでありまして、もっと端的にお考えになれば、政治がほんとうによろしきを得ておれば、主観的な問題ではないのですから、このような結果にはならなかったと思うのであります。その点をはっきりしていかなければ、先ほど申しましたような安上がりの農政というような、非常な一方的な資本主義的合理主義の立場の農業政策に陥るおそれも十分あるわけであります。私は所得倍増計画なり、あるいはその他の政府の発表した計画をずっと数字を追って参りますというと、残念ながら結果においては安上がりの農政なり、あるいは資本主義的合理主義というものに貫かれておると思う。封建領主は、うまい言葉を並べて人民から直接搾取いたしましたが、そうではなしに、新しい資本主義の政治家は、うまい言葉を並べて、結局資本主義的合理主義の方向へ物事をずっと引きずり込むというようなことになるんではないかと思うのでありまして、その点の御見解を承っておきたい。