横山利秋の発言 (大蔵委員会)
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○横山委員 ありがとうございました。今の二〇%についての経緯はよくわかりましたが、願わくは、私は、この二〇%を出された比率というものが、国民に非常な好反響をもたらしておることをぜひお忘れないようにお願いをしたいと思うのであります。この二〇%がはみ出たならばはみ出るべき理由があるべきだという歯どめ理論は、肝に銘じて私どもも今後の審議の中に生かしたいと思います。
私が考えますもう一つの歯どめは、自然増収の問題であります。自然増収とは一体何ぞや、俗にいえば税金の取り過ぎである、これが一番庶民の理解しておることなんです。財政法、会計法を引くまでもなく、単年度予算で今日過ぎておるのでありますけれども、年々歳々自然増収が莫大に上っておる。明年度四千八百七億と称される自然増収も、いろいろものの見方はありますけれども、私はまだあると見ておるわけです。自然増収について、最近学者の一部にこういう意見があります。自然増収それ自身も最終的には政治的だ、政治的に判断されるのだ。それが証拠に、政府部内及び与党と政府の折衝過程で自然増収がふえていくではないか。これは十月の自然増収と十二月の自然増収とでは見方が違うのだという言い方もありますけれども、わずか短時日の中に自然増収がふえていく事実を考えましても、自然増収は政策的に策定されることが十分ある。そうだとしますならば、自然増収というものはあくまで客観的に行なわなければならず、また一部にありますように徴税行政の面でこれが多くなったり少なくなったりするということもあってはならないとすれば、あくまでこれは税金の取り過ぎではないか。取り過ぎだとしたならば、自然増収はあげて減税に回す、こういう原則、歯どめがもう一つ必要ではないか。もしも明年度の予算の増加が必要不可欠なものであるならば、増税によってこれを行なう、これが国民の最もわかりやすい歯どめの原則の二つ目ではないか、こう考えられるのでありますが、もちろんこれは原則論でございます。いかがでございましょう。