山中吾郎の発言 (地方行政委員会文教委員会連合審査会)
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○山中(吾)委員 保険数理の問題ではないのです。そうではなくて、参議院において加瀬委員あるいは山本委員、矢嶋委員、各委員が、現実において女教師は四十三、四才でやめるものが非常に多い、五十五才以後にずっと続くようなものはほとんどいないのだ、そういうふうな現実の中に、減額退職年金制度を内容に織り込んでおる共済法というものについては、これは教師に対して非常に冷酷な制度になるんだということについての御質問に対して、あなたはいつも大体同じことでありますが、私はむろんしろうとの判断でございますけれども、従来の恩給制度よりも、共済制度の方が合理性があるのだろうと判断いたしまして、賛成した、そういうことだけをお述べになっているのです。文部大臣の立場ならば、この法律施行によって、教師がどういう影響を受けるのかということを真剣にお考えになって、御意見を述べる立場じゃないか。私は文部大臣が教師を守るという責任を捨てれば、文教行政は成り立たないと思うのです。そこでその点についてお聞きしておるので、今のように、また保険数理のことをおっしゃっておるのですね。そんなことじゃないです。保険数理のことは私もわかりませんよ。そういう政策内容について、教師にどういう影響があるかということをお調べになって御意見を述べるべきだ、こう思うのです。ことに小学校の女教師はもう四割五分、五割になっておる。ヨーロッパ全体を調べたら、小学校のいわゆる幼児、少年教育は女教師の方が適任、適材だというふうな傾向の中に、女教師の主たる職場になってくる世界の趨勢なんです。そのときに日本のような社会慣行があって、女教師を四十才ぐらいですぐやめさす、やめざるを得ないような社会条件の中にあるときに、日本の現実に即した共済制度というものを考えなければならない。そうしてそういう立場を守ってやる、主張してやれるのは文部大臣だけじゃないですか。文部大臣がその辺を発言をしないで、そうしてこういう観念的な共済法ができたとするならば、私は文部大臣の責任は重大だと思う。あれだけ参議院でいろいろ質問をされても、なおかつここで文教と地方行政の合同審査において、私が文教の立場から質問をしようとしておるときにも、同じような知識だけでは私は困ると思う。無責任じゃないですか。女教師の教育行政の——私の経験から言っても、こういうことなんですよ。ずっと子供のために一生懸命に教育をして婚期をなくした、そうして二十年、二十一、二年でようやく良縁があって結婚をする、そのときに夫からあるいはしゅうとめから、もう先生をやめなさいと言われて、仕方なしにやめる女教師、これが大きな退職の理由なんです。あるいは教育委員会の人事行政の立場から、義務教育の場合については、やはり僻地に対してもときには無理をして赴任をしてもらわなければならない。そういう中に夫を僻地に行ってもらうという場合に、別居をしなければならぬような状況になってくる、やむを得ず退職をせねばならぬというふうな事情が日本の教育人事の実態なんです。さらに男性の偏見があって、校長になる資格のある者を、校長になる能力のある者を校長にしないで、平教員にしておいて、そうして四十をこえても平教員であるから、どうも責任のある地位についていないからというので、実質的に退職勧告の理由になってしまっている。そういうなまなましい現実の中に、一番早く、四十二、三でやめなければならない人に、死ぬまで減額退職年金制度を、国家公務員にならうからというふうな冷酷な、観念的な考え方の中にこういう法案を盛り込まれて、文部大臣は、恩給制度より共済組合制度の方がいいと思いましたから賛成いたしました、そういう無責任なことはないと思うのですよ、どうですか。