地方行政委員会文教委員会連合審査会
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会
会議録情報#0
昭和三十七年四月三十日(月曜日)
午前十時三十三分開議
出席委員
地方行政委員会
委員長 園田 直君
理事 纐纈 彌三君 理事 高田 富與君
理事 渡海元三郎君 理事 丹羽喬四郎君
理事 阪上安太郎君 理事 野口 忠夫君
伊藤 幟君 津島 文治君
山崎 巖君 安宅 常彦君
川村 継義君 二宮 武夫君
松井 誠君 山口 鶴男君
門司 亮君
文教委員会
理事 臼井 莊一君 理事 米田 吉盛君
理事 小林 信一君 理事 山中 吾郎君
杉山元治郎君 前田榮之助君
鈴木 義男君 谷口善太郎君
出席国務大臣
文 部 大 臣 荒木萬壽夫君
自 治 大 臣 安井 謙君
出席政府委員
大蔵事務官
(主計局給与課
長) 平井 廸郎君
文部事務官
(管理局長) 杉江 清君
自治政務次官 大上 司君
自治事務官
(行政局長) 佐久間 彊君
委員外の出席者
警 視 長
(警察庁警務局
厚生課長) 前田 利明君
大蔵事務官
(主計監査官) 宮田 貞夫君
文部事務官
(管理局福利課
長) 清水 成之君
自治事務官
(行政局公務員
課長) 松浦 功君
専 門 員 曽根 隆君
専 門 員 丸山 稲君
—————————————
本日の会議に付した案件
地方公務員共済組合法案(内閣提出第一二〇
号)(参議院送付)
地方公務員共済組合法の長期給付に関する施行
法案(内閣提出第一三六号)(参議院送付)
————◇—————
〔渡海地方行政委員長代理、委員長席に着
く〕
この発言だけを見る →午前十時三十三分開議
出席委員
地方行政委員会
委員長 園田 直君
理事 纐纈 彌三君 理事 高田 富與君
理事 渡海元三郎君 理事 丹羽喬四郎君
理事 阪上安太郎君 理事 野口 忠夫君
伊藤 幟君 津島 文治君
山崎 巖君 安宅 常彦君
川村 継義君 二宮 武夫君
松井 誠君 山口 鶴男君
門司 亮君
文教委員会
理事 臼井 莊一君 理事 米田 吉盛君
理事 小林 信一君 理事 山中 吾郎君
杉山元治郎君 前田榮之助君
鈴木 義男君 谷口善太郎君
出席国務大臣
文 部 大 臣 荒木萬壽夫君
自 治 大 臣 安井 謙君
出席政府委員
大蔵事務官
(主計局給与課
長) 平井 廸郎君
文部事務官
(管理局長) 杉江 清君
自治政務次官 大上 司君
自治事務官
(行政局長) 佐久間 彊君
委員外の出席者
警 視 長
(警察庁警務局
厚生課長) 前田 利明君
大蔵事務官
(主計監査官) 宮田 貞夫君
文部事務官
(管理局福利課
長) 清水 成之君
自治事務官
(行政局公務員
課長) 松浦 功君
専 門 員 曽根 隆君
専 門 員 丸山 稲君
—————————————
本日の会議に付した案件
地方公務員共済組合法案(内閣提出第一二〇
号)(参議院送付)
地方公務員共済組合法の長期給付に関する施行
法案(内閣提出第一三六号)(参議院送付)
————◇—————
〔渡海地方行政委員長代理、委員長席に着
く〕
渡
渡海元三郎#1
○渡海委員長代理 これより地方行政委員会、文教委員会連合審査会を開会いたします。
委員長所用のため、地方行政委員長の指名によりまして、私が委員長の職務を行ないます。
地方公務員共済組合法案及び地方公務員共済組合法の長期給付に関する施行法案の両案を一括議題とし、審査を進めます。
—————————————
地方公務員共済組合法案
地方公務員共済組合法の長期給付に
関する施行法案
〔本号(その二)に掲載〕
—————————————
この発言だけを見る →委員長所用のため、地方行政委員長の指名によりまして、私が委員長の職務を行ないます。
地方公務員共済組合法案及び地方公務員共済組合法の長期給付に関する施行法案の両案を一括議題とし、審査を進めます。
—————————————
地方公務員共済組合法案
地方公務員共済組合法の長期給付に
関する施行法案
〔本号(その二)に掲載〕
—————————————
渡
山
山中吾郎#3
○山中(吾)委員 地方公務員共済組合法案について、主として文教政策の立場を含んで御質問いたしたいと思います。
大体参議院の質疑の速記録を見ますと、あらゆる面から検討はされておるので、繰り返さないように努力いたしたいと思いますが、ただ審議の過程で私自身の意見としても非常に疑問に残るのが、いわゆる減額退職年金の問題と運営の問題、この二点だけは、どうしてもこの法案によって、行政の立場からいってもあるいは共済制度の立場からいっても、現在の恩給制度から移行する現実の政策の問題としても、非常に不適当であるということを痛感をいたしておりますので、その点からお聞きいたしたいと思うのであります。
まず第一点の減額退職年金制度の問題でございますが、こういう制度をなぜとったか、理由を自治大臣の方からお聞きしたい。
この発言だけを見る →大体参議院の質疑の速記録を見ますと、あらゆる面から検討はされておるので、繰り返さないように努力いたしたいと思いますが、ただ審議の過程で私自身の意見としても非常に疑問に残るのが、いわゆる減額退職年金の問題と運営の問題、この二点だけは、どうしてもこの法案によって、行政の立場からいってもあるいは共済制度の立場からいっても、現在の恩給制度から移行する現実の政策の問題としても、非常に不適当であるということを痛感をいたしておりますので、その点からお聞きいたしたいと思うのであります。
まず第一点の減額退職年金制度の問題でございますが、こういう制度をなぜとったか、理由を自治大臣の方からお聞きしたい。
安
安井謙#4
○安井国務大臣 若年停止の制度をやめましてこの減額制度を採用いたしましたのは、一つは国の体系に基本的なものを合わせるということと同時に、保険計数上ああいった計算をとらなければならない。しかし、それじゃなぜそういうような計算になるかと言いますと、今度の保険制度自体がいわば老後の保障というものに重点を置いておるわけでございます。老後の保障に重点を置いておるために、減額給付という制度をとらざるを得なかったということに相なろうかと思います。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#5
○山中(吾)委員 私の質問をしておるのは、国家公務員の共済制度を含んで減額退職年金制度をとった理由を聞いておるわけでありますから、国家公務員制度がそうだからこれにならったというのでは答弁にはならないと思います。なぜ減額年金制度をとったか、その理由をお聞きしておるのであります。
この発言だけを見る →安
安井謙#6
○安井国務大臣 一つには、今申しました国の制度に準じたということが理由にならないということも、たしかあろうかと存じますが、まあやはり国と地方とのバランスをとるという考え方も、一つあったわけであります。それは現在施行されております国にある程度バランスを合わせるという必要性も、理由の中に全然ないわけじゃないのであります。
基本的に申しますと、今度の共済年金制度は、いわば老後の保障、相当な年令に達した人に対する老後を保障するということでありまして、それより以前にいろいろな理由でやめられた人につきましては、これはまあ、その若い間のいろいろな収入の道も考えられる筋ではなかろうかというようなことで、この減額制度を採用いたした。主として一定年令以後、五十五才以後の老後に支給の重点を置きたい、かように考えたのであります。
〔渡海地方行政委員長代理退席、丹羽(喬)地方行政委員長代理着席〕
この発言だけを見る →基本的に申しますと、今度の共済年金制度は、いわば老後の保障、相当な年令に達した人に対する老後を保障するということでありまして、それより以前にいろいろな理由でやめられた人につきましては、これはまあ、その若い間のいろいろな収入の道も考えられる筋ではなかろうかというようなことで、この減額制度を採用いたした。主として一定年令以後、五十五才以後の老後に支給の重点を置きたい、かように考えたのであります。
〔渡海地方行政委員長代理退席、丹羽(喬)地方行政委員長代理着席〕
山
山中吾郎#7
○山中(吾)委員 第一条のこの法律の目的からいって、病気、負傷、出産、休業、災害、廃疾、死亡云々というふうに、こういうことを給付の原因として、相互救済を目的とする組合制度なのであって、国民年金法のような老後の保障というのではなくて、退職という事実に対する生活保障ということがこの共済組合法案の目的である、この法文そのものから率直に解釈すべきじゃないか。従って、恩給法による若年停止制度というのはわかる。しかし、死ぬまで減額をして給付するということは、大体この法の明文の立場からいってもおかしいのじゃないか。参議院の御答弁の中に、自治大臣も盛んに老後の保障、老後の保障と言われておる。公務員年金法という法律ならばそれでもいいと思うのでありますが、その辺何かお答えの中に矛盾があるのじゃないですか。
この発言だけを見る →安
安井謙#8
○安井国務大臣 第一条のおっしゃいますこの法律の目的につきましては、御承知のように、短期給付の問題も含めました全体の保険目的を書いておるというふうに、全体的に扱っておる、こう解釈していただいてよろしかろうと思うのであります。そこで、確かに老後という言葉を格別使っておりませんし、また、国民年金と違って老後に重点を置くのはどうかという御質問もいろいろあろうかと思いますが、退職年金には違いございませんが、これはやはり一定の年限を経た場合の措置に重点を置く方がより実際に適しておるものじゃなかろうかということで、しかし退職年金そのものをそれじゃ一定の年限まで全然支給しないというわけにも参りませんので、今の減額支給という方式で、もし一定の年限に達しない人につきましては、そういった制度を採用して全体の保険数理のバランスを合わせておるということできめたわけであります。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#9
○山中(吾)委員 そういう御説明ならば、一定の老年保障というめどで五十五才の基準をとって、それまでに減額して支給して、五十五才になると本来の退職年金を与えるという制度の説明にはなると思うが、死ぬまで減額をするという答弁には全然ならぬと思うのですが、それはどういうことですか。
この発言だけを見る →安
安井謙#10
○安井国務大臣 今のお話ですが、五十五才以上を全体としては重点を置いた保険計算をいたすという建前でございます。しかし、退職年金でございますから、五十五才にいかない者もどうしても支給を要するという事情の分につきましては、これを全体計算いたします際に、どうしても減額という制度をとらざるを得ないというふうに相なっておろうかと思います。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#11
○山中(吾)委員 それじゃ精細にお考えになっていないので、その通りなんです。五十五才まで少なく支給するということならばわかる。死ぬまで——大体現在国民年金制度の思想に立って、一定の老年で働けなくなったときには無拠出年金でも与えるという社会保障の思想に立っておるわけですから、死ぬまで減額で支給するということは、早くもらっておったからといっても、六十になり、七十になれば生活能力がなくなるのである。本来の退職年金を支給するという思想がなければならぬ。死ぬまで減額するというのは一つの懲罰に近い性格だと思う。だからあなたの説明は、この参議院の速記録を見ても、何を見ても、法構成の中に矛盾がある。恩給のいわゆる若年停止制をとってしまって、死ぬまで減額退職年金制度をとったということは、これはまことに悪法であり、根拠に矛盾があると思う。そう思いませんか、あなたの説明では私の問の説明に全然なっていない。五十五才まで何割かにする。あるいは恩給法よりも、四十五才から五十五才までは五〇%というのを四〇%にするとか、三〇%にするとかいうならわかるのです。そして五十五才になれば満配にするということならわかりますが、死ぬまで減額年金を渡すということは一種の懲罰じゃないですか。老後の生活を保障するという思想と完全に矛盾がある。もう少しわかるように御答弁にならないと——だからこれは私は一番改悪のひどい制度だと思うのです。あなたの答弁では満足できないのです。
この発言だけを見る →安
安井謙#12
○安井国務大臣 たしか減額支給の率をそのまま五十五才以上にも適用を最後までするという点につきまして御議論はあろうかと思います。私どもの考え方には、この年金そのものが五十五才以降を支給するものと計算しました場合の額を割り出しておるわけであります。しかし、これが退職年金であるのだし、事情によってさかのぼって五年前でも十年前でも支給をするということに相なりますと、前の分を削っていくという計算にならざるを得ないものでありまするから、そういったような先取りをするというような形で、五十五才以降は減額をされざるを得ないというふうな意味で、これは懲罰といったような意味は毛頭なかろうと思います。
なお、具体的な組み立て方につきまして政府委員からも御答弁させたいと思います。
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山
山中吾郎#13
○山中(吾)委員 この法文の構成は、在職勤続二十年という実績に基づいて退職年金支給を要求する権利が発生したという大前提に立っておる。それ以上勤めておる者は、一年ごとに一定の割合に年金を増加するというところで公平の原則をそこに加えてある。従って、二十年による実績というものによって与えられた権利を、死ぬまで減額するというのは懲罰じゃないですか。この法案からいってそういう思想は成り立たない。それならば政府委員から聞きます。
この発言だけを見る →佐
佐久間彊#14
○佐久間政府委員 御意見のようなことも一応考えられないこともないかと存じますが、この立案をいたしております考えといたしましては、先ほど大臣も御答弁になりましたように、従来の恩給法による退職年金制度よりも老後の保障に重点を置くということで支給の額等も定めておるわけでございます。そこで、五十五才から支給を開始する建前にいたしまして、五十五才まではまだ労働可能の状態でございますから、これは建前としては年金にたよらないで働いてもらう、こういう建前で五十五才から約十七年ちょっとになりますが、その年限を計算の基礎といたしまして、それをもとといたしまして掛金、負担金の計算をいたしておるわけでございます。そこで、五十五才前に支給を受けたいという者につきましては、この五十五才から支給をいたします計算上のものを薄く延ばして支給する、こういう構成にしておるわけでございます。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#15
○山中(吾)委員 どうもあなたの説明が全部反対になっているのです。今度老後の保障を重点にするならば、いかなる理由があっても、五十五才以後は二十年という実績に基づいて発生した減額をしない退職年金を与えるという制度を貫徹しなければいかぬじゃないですか。死ぬまで減らすということにはあれはならないのじゃないですか。どういう思いつきでこういう制度をとったか。世界に一体そういう制度が——何か研究されたのかどうか知らないが、従って、保険数理のところから便宜的に、こういう考えというものはけしからぬと思う。それは掛金が高い低い、高くなるからどうだというような枝葉末節の技術上の問題ではないと思う。老後の生活を保障する、従って、四十才でやめた人もいろいろな理由が——私は問題があるので大臣に聞くのだが、根本的にあなたの思想は説明と内容とが全然矛盾しておる。先にある程度の年金をもらった人でも、豊かな人であっても何にしても、年をとってそして生活能力もなくなったということについては、人によって変わりはないのじゃないですか。そこにあの国民年金の制度も出ておる。あなたの説明からいえば、なおかつ減額退職年金制などは、この法構成からいってとることができないはずである。そうではないですか。大臣はどう思いますか。
この発言だけを見る →安
安井謙#16
○安井国務大臣 二十年勤めれば必ずその当然の権利が出るのであるから、直ちにそういったものは発効されていいのじゃないかという御議論、確かに私どももあろうと思います。しかしそれをやりますと、今の全体計算から申しますと、この給付の率をもう少し操作していかなければ、全体の給付の率を考えなければなるまい、計算上そうなってこようと思います。従いまして、大体五十五才以降に対してフルにこれを支給でき得るという計算の上に立ちまして、しかし二十年以上勤務した人には一定の権利はあるのだという考え方から、もし五年でも十年でも若く支給しようと思います場合には、全体に対しまして、五十五才以降の分についても減額支給にならざるを得ないというふうに相なろうかと思うのであります。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#17
○山中(吾)委員 いや、法律の根本的な考え方を、参議院の御答弁でも今の局長の答弁にしても、老後の生活を保障するという共済組合法の中に、国民年金制度の思想を深く取り込んで入れるんだという御答弁なんです。従って四十才でやめた、そういう人に、五十五才、老人になるまで、この法律よりも少ない率にして支給するしないということは、これはまた論議になると思うのです。一定の老人に達したときに、二十年といういわゆる受給資格期間が一応完成した人間に減額をする、先にほしいから希望した者には死ぬまで減額するというのは懲罰的なものであり、皆さんの説明にどうしても合わない。もし最初からAという退職年金制度とBという退職年金制度と並立をして、そして甲種退職年金あるいは乙種退職年金として出しておるならばまた別なんです。一本の二十年で支給期間をきめておいて、実績に基づいて発生した退職年金に対して、今度はどんな理由があろうが死ぬまで減額して支給するというのは、これはどこからいっても精神に合わない。合わないでしょう。そしてしかも本人の意思にかかわらずやめた者までも含んであるのです。退職勧告も含んでおるでしょう。懲罰じゃないですか。こういう制度はこの法律のためには絶対私は認めるわけにはいかない。立法精神と矛盾をしたものである。満足する答弁をしてもらわなければ、私はこの減額退職年金制度だけは、国会の名誉にかけてもこれは修正をすべきである。そうでなければこの法案を出すべきものではない。国家公務員の関係もこれは直さなければならぬ、私はそう思うのです。それにそうでないという説明には、自治大臣の説明はどうしても合っていない。反対のことばかり答弁されておる、そうでしょう。
〔丹羽(喬)地方行政委員長代理退席、渡海地方行政委員長代理着席〕
計数が合わないから——財源の問題はこれは別問題です。こうしないと工合が悪い、こうしないと予算のつじつまが合わぬという問題じゃないでしょう。そう思いませんか。
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計数が合わないから——財源の問題はこれは別問題です。こうしないと工合が悪い、こうしないと予算のつじつまが合わぬという問題じゃないでしょう。そう思いませんか。
安
安井謙#18
○安井国務大臣 どうも同じような答弁になりましてまことに恐縮だと存じますが、この退職年金制度そのものの中には、当初から老後保障的な性格が非常に強く出ております。従いまして、これは五十五才以降を対象として支給する、ただその資格としては、二十年以上勤めた人を取り上げておる、こういう考え方でやっておるわけでございます。しかしそれが五十五才にならなくても、四十才でも四十五才でも、とにかく現実に支給をしてほしいという向きにつきましては、全体の計算上、この五十五才以降についての分も減額をいたしまして、そうしてそれをならして四十才以上なら四十才以上からでも支給できるように、あとは内部計算に相なろうかというふうに私ども考えておるわけでございまして、まあ同じような御答弁で恐縮かと存じますが、考え方はこういうふうにいたしておるわけでございます。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#19
○山中(吾)委員 その考え方は、だから、若くして少しでも支給してほしいという人は、五十五才になってから貯蓄をするためにもらうような余裕のある人じゃないのですよ。当座に要る金なんです。五十六才、七才になったら同じように老後の生活を貯蓄なしに、むしろ先へ請求するものほど路頭に迷う人に違いない。だから、前におやりになるならば、保険数理の関係から、今まで五割のものを四割にし、四割のものを三割にする、これは互助共済制度ですから、そいつはわかる。それを、年をとってから半分くらい——たとえば女教師の場合には四十三、四才でやめるときが一番多いのですが、月五千円ぐらい、半分しかもらえない。死ぬまでそれでしんぼうしなさいというのは懲罰的なので、この法案に合わない。国家公務員の方も合わないと思う。直ちに改正すべきだ。そして、財政上の問題だというならば、仕組みを変えたらいい。そうでないですか。それからもっと理屈を言えば、二十年の勤続によって発生をしておるのです。減額でない退職年金の請求権は、この法律の構成からいったら、二十年という勤続の事実に基づいて、当然に請求権が発生しているのですよ。確実に発生したように法構成ができておる。そしてその次に、それまでは支給を停止すると書いてある。それは残酷であろうが何であろうが、そこまではわかる。もちろんわれわれは既得権侵害で、それは別問題でありますけれども……。ところが、死ぬまで減額をしたまま支給するというふうなことは、この法律の構成から出てこないじゃないですか。思いつきでされたのか、あるいは保険数理の関係からか。思いつきでこういうふうにされたとすれば、最初の目的を没却した内容であるから、これは変えなければならない。それを今の自治大臣のではそういう説明になっていない。どうですか、できますか。
この発言だけを見る →佐
佐久間彊#20
○佐久間政府委員 これは思いつきでいたしたわけではございませんで、公共企業体あるいは国家公務員の共済組合につきましてすでに前例のあることでございますし、それからまた地方制度調査会の答申、その他さかのぼりましてマイヤーズ勧告にも現われた思想でございますので、私どもといたしましては、この場合この方式を採用いたしますことが適当であろう、かような判断をいたしておったわけでございます。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#21
○山中(吾)委員 そんな無責任な。この法律の精神とあなたのおっしゃる老後の保障という一つの根本精神と合わせて説明し、答えられなければならぬのに、あなたの御答弁は何らそこに関係のない御答弁だ。国家公務員の制度にならったとか、他の何はこうだとか、しかも現在既得権として考えた場合に、恩給法に基づいては、若干停止の制度があるのであるから、そういうことも考えたときに、こういう法律は出せないはずだと私は思うのですね。それなら何か理屈があるかと聞いたら、理屈は出ないじゃないですか。だれが聞いたって、あなた方の説明は、死ぬまで減額して退職年金を出すということは、これは納得しませんよ。懲罰の中に、一カ月減俸するという減俸制度がありますけれども、それと同じようなものになってしまう。死ぬまでですよ。損とか得の問題じゃないですよ。これは一つの理屈として私は絶対に認めるわけにいかぬだろう。地方行政委員の方も含んで、私は共済制度の中にはこういうものは取り入れるべきものではない。ヨーロッパかどこか、世界的にあるかどうか。私はほとんどこういうことはないんだろうと思うのです。これは諸外国の例をならってお作りになったかどうか、世界の制度をお調べになったのですか。どこかそういうところがありますか。
この発言だけを見る →安
安井謙#22
○安井国務大臣 各国の例というお話ではございますが、これは米国、フランス、イギリス等、御承知の通り支給年限は今の日本よりもっと古い六十才ということになっておるわけでございます。これはしかし制度の立て方が違うのだという御議論もあろうかと思います。そういう意味におきまして、計算方式は今の共済制度になっておりますが、日本では各国の六十才より五年早い五十五才というものに支給目標を置きまして、それを主体にこの計算を立て、また今の資格は何かというと、それは二十年以上勤めた者ということにとっておる。それで今お話のように、そうでなくて、やめたらすぐ支給できるような立て方にすべきものではないかという御議論も、私は、これは最初立てるときの、一つの立て方としてはたしかあろうかと思います。やめてすぐ、二十年以上経過した人には支給できるという立て方も、これは立ち得るものだとは思います。しかしそれをやりますと、全体の給付額がもっとうんと形の変わったものになります。五十五才以降の給付額につきましても、率につきましても、これは全体の立て方をうんと変えなければならぬ。そこでむしろ五十五才以降の給付というものに重点を置いて考えるが、例外的に、それ以前のものについても、もし要求があるならば支給するということになりますと、やはりこれは減額支給というとり方をやらなければなるまいというふうに私ども考えておるわけであります。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#23
○山中(吾)委員 六十にするとか七十にするとかいうことは、それは各事情によって違う、それはけっこうです。それは私は論議していないのです。いわゆる財政的な問題であるとかその国の慣行によるとか、あるいは退職の実際の状況によって、五十五才にするとか六十にするとかあると思いますね。そういうことを論議しておるのでは全然ない。とにかく何らかの理由に基づいて五十五才に一応月一万なら一万退職年金を請求する権利が発生した。ところが死ぬまで何らかの理由によって半分で支給するというようなことを同じ法律の中にきめる。死ぬまで——百まで生きるかもしれない。そういう制度をおとりになっている説明には全然ならないというんです。減額という言葉がすでにおかしいのですね。発生した退職年金に対してこれを減額して死ぬまで支給するのだというようなことを、勝手に何の理由もなしに法律に書いてある。一体そんな法構成がありますか。
それから、それならば、本人のわがままによって退職した場合については減額退職年金を支給するとか、そういうものが一つ何か入っているならばわかるが、そういうものがないじゃないですか。勧告退職まで含んでいる。それで死ぬまで減額年金を支給するということは説明できますか。まずそういう理屈のつかない制度をやめなさいと私は言うんです。いま一度わかるように言って下さい。
この発言だけを見る →それから、それならば、本人のわがままによって退職した場合については減額退職年金を支給するとか、そういうものが一つ何か入っているならばわかるが、そういうものがないじゃないですか。勧告退職まで含んでいる。それで死ぬまで減額年金を支給するということは説明できますか。まずそういう理屈のつかない制度をやめなさいと私は言うんです。いま一度わかるように言って下さい。
佐
佐久間彊#24
○佐久間政府委員 御指摘のようにこの退職年金の支給につきましては、その退職に至った事情がどうであろうかどいうことは顧慮いたしませんで、一律に支給をいたしております。ただ、退職の理由が自発的であるか、あるいは勧奨整理等のその他の事由によるものかによりましては、退職手当の方では差別をいたしております。
この発言だけを見る →山
山中吾郎#25
○山中(吾)委員 何ぼ言ってもあなた説明しないから……。死ぬまで一たん発生した退職年金を減額をして支給をするというこの制度をおとりになった理由の、何ら論理の説明がない。筋もないのです。あなたの今までの説明に。ただ思いつき、あるいは保険数理の関係からこういうものを思いついたのではないか。その説明を、あなたも大臣も何回もしておるけれども、お示しになっていない。そういうことがおわかりならば、国家公務員もそろえて——共済制度からいってもあるいは老後の保障を強化するということからいっても逆行する、説明のつかないことはおやめなさい。説明できるならばいいのですが、メンツだとかあるいは国家公務員に一度間違った制度ができたからこれに準ずるとか、そういうことは私はすべきものではないと思うのです。説明がつかないじゃないですか、説明が。公平の原則ということをもしおっしゃるならば、二十年以上の勤続年数に応じて加算をされているわけなんです。それから早くやめさせられた人には、どんな事由があっても、やはり路頭に迷うということを考えて、共済制度の思想に基づいて支給する。しかし、早くやめたのであるから少なく支給すべきであるというので、そこで減額して、五十五才まで、前の恩給制度と同じように三分の一でも二分の一でも渡すということならばわかるのです。そうでなくて、そういった者に対しては死ぬまでやらないのだ。すでにもらうべき二十年で受給期間が過ぎて、当然権利が発生したものを、死ぬまでやらないということを同じ共済制度の中に織り込むということになれば、十分の理由がなければならぬ。その理由の説明がついていない。これは参議院の質疑応答の中を見ましても、そういうふうなことで、保険数理のことばかりで論議をしておるので、私は非常におかしいと思っておるのだ。説明になっていませんよ。おそらくほかの人もそうだと思うのです。これはこう言う第一条の目的から言い、それから新しく移行した共済制度の趣旨から言い、国民年金の方向に進んでいこうといういわゆる時代の推移に基づいて生まれてきたこの立法の経過から言っても、この制度というものはぽつんと思いつきに出てきた制度という以外には私には理論が出てこないんじゃないかと思うのです。これはもう徹底した私の疑問なんです。だから日本の全体の保障制度のためにも矛盾のない制度に改正すべきである。あとからなお説明がつくならば説明していただいて、その説明がつかなければこの国会で修正すべきだと私は思うのです。
次に、具体的な行政能率という立場から文部大臣にお聞きいたしたいと思うのですが、こういう減額退職年金で、理論は別にして具体的に非常に影響を受けるのは、教師の場合、ことに女教師の場合であるということは御存じでございますか。
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荒
山
山中吾郎#27
○山中(吾)委員 私は参議院のこの点についての質問に対する国務大臣としての荒木文相の答弁が非常に無責任である。よくわかりませんが、恩給制度より共済制度がいいと思いますので賛成をいたしましたとか、あらゆる答弁が、よくわかりませんが、よくわかりませんがばかり言っている。読んでみましょうか、十回ぐらい言っている。よくわかりませんが、お話のデリケートな点がよくわかりませんがとか、そればかり言っているのですね。そうして教師の立場において非常な影響がある、それについて閣議において教師を守る立場から主張したかどうかということに対しても、そういうことはしていないし、知らなかった、専門的な事務局にまかせただけだと言って、全部そういう無責任な答弁になっておる。そういうところの中に、この共済組合制度というものがどれだけ重要な教育能率の向上に——今は理論の問題を言ったが、政策的に言っても非常に大きい影響を与えるということを認識されていない。そうして観念的に恩給制度より共済制度がいいんだ、それはそうです。減額退職年金制度そのものがどれだけの大きい影響を与えるかということを、文部大臣として、教師を守る立場において、何の検討もされてないことは、私はこれを見て、非常に教師に冷たい文部大臣だと思ったので、特に私は申し上げねばならぬと思うのです。その後詳しく退職の状況、退職の理由その他について、事務当局、局長その他からお聞きになって、この共済組合法ができることによって、どういう影響が教師間の中に出てくるか、お調べになったと思いますが、大体どういうふうな状況に影響を受けるか、女教師の場合については、退職の事情はどうかということを、もう少しまじめに御答弁願いたいと思うのです。
この発言だけを見る →荒
荒木萬壽夫#28
○荒木国務大臣 私は、まじめに考えて、わかりませんから、その通りに申し上げたのであります。保険数理は、数学者である矢嶋参議院議員すらもがわからないとおっしゃる。保険数理を解き明かし得るものは、私はりょうりょうたるものだと思いますから、そういう意味ではよくわかりませんと、こういう気持を率直に申し上げたのが、今御指摘のような事柄であります。従来の恩給制度よりもより民主的であり、あるいは公務員の立場から見まして、合理的な、しかも給付としましても潤沢なものが与えられるというのは、制度として私はいいことだと思いましたから、地方制度調査会の委員としてこの審議に当たりましたときに、その意味において賛成をいたしました、こういうことを参議院ではお答えしたと記憶をいたしております。従って、これはあくまでも恩給制度がいいか、年金制度がいいかという課題として考えらるべきものと心得ます。そういう意味では、政策的な考え方を第一義において考えらるべき筋合いのものじゃない、そういう認識に立って従来はお答えしておる次第であります。
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山中吾郎#29
○山中(吾)委員 保険数理の問題ではないのです。そうではなくて、参議院において加瀬委員あるいは山本委員、矢嶋委員、各委員が、現実において女教師は四十三、四才でやめるものが非常に多い、五十五才以後にずっと続くようなものはほとんどいないのだ、そういうふうな現実の中に、減額退職年金制度を内容に織り込んでおる共済法というものについては、これは教師に対して非常に冷酷な制度になるんだということについての御質問に対して、あなたはいつも大体同じことでありますが、私はむろんしろうとの判断でございますけれども、従来の恩給制度よりも、共済制度の方が合理性があるのだろうと判断いたしまして、賛成した、そういうことだけをお述べになっているのです。文部大臣の立場ならば、この法律施行によって、教師がどういう影響を受けるのかということを真剣にお考えになって、御意見を述べる立場じゃないか。私は文部大臣が教師を守るという責任を捨てれば、文教行政は成り立たないと思うのです。そこでその点についてお聞きしておるので、今のように、また保険数理のことをおっしゃっておるのですね。そんなことじゃないです。保険数理のことは私もわかりませんよ。そういう政策内容について、教師にどういう影響があるかということをお調べになって御意見を述べるべきだ、こう思うのです。ことに小学校の女教師はもう四割五分、五割になっておる。ヨーロッパ全体を調べたら、小学校のいわゆる幼児、少年教育は女教師の方が適任、適材だというふうな傾向の中に、女教師の主たる職場になってくる世界の趨勢なんです。そのときに日本のような社会慣行があって、女教師を四十才ぐらいですぐやめさす、やめざるを得ないような社会条件の中にあるときに、日本の現実に即した共済制度というものを考えなければならない。そうしてそういう立場を守ってやる、主張してやれるのは文部大臣だけじゃないですか。文部大臣がその辺を発言をしないで、そうしてこういう観念的な共済法ができたとするならば、私は文部大臣の責任は重大だと思う。あれだけ参議院でいろいろ質問をされても、なおかつここで文教と地方行政の合同審査において、私が文教の立場から質問をしようとしておるときにも、同じような知識だけでは私は困ると思う。無責任じゃないですか。女教師の教育行政の——私の経験から言っても、こういうことなんですよ。ずっと子供のために一生懸命に教育をして婚期をなくした、そうして二十年、二十一、二年でようやく良縁があって結婚をする、そのときに夫からあるいはしゅうとめから、もう先生をやめなさいと言われて、仕方なしにやめる女教師、これが大きな退職の理由なんです。あるいは教育委員会の人事行政の立場から、義務教育の場合については、やはり僻地に対してもときには無理をして赴任をしてもらわなければならない。そういう中に夫を僻地に行ってもらうという場合に、別居をしなければならぬような状況になってくる、やむを得ず退職をせねばならぬというふうな事情が日本の教育人事の実態なんです。さらに男性の偏見があって、校長になる資格のある者を、校長になる能力のある者を校長にしないで、平教員にしておいて、そうして四十をこえても平教員であるから、どうも責任のある地位についていないからというので、実質的に退職勧告の理由になってしまっている。そういうなまなましい現実の中に、一番早く、四十二、三でやめなければならない人に、死ぬまで減額退職年金制度を、国家公務員にならうからというふうな冷酷な、観念的な考え方の中にこういう法案を盛り込まれて、文部大臣は、恩給制度より共済組合制度の方がいいと思いましたから賛成いたしました、そういう無責任なことはないと思うのですよ、どうですか。
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