灘尾弘吉の発言 (国際労働条約第八十七号等特別委員会)

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○灘尾国務大臣 いわゆる倉石修正案でありますが、書いておられます条項につきましては、最初に稻葉委員の御質問であったかと思うのでありますが、お答えいたしました、ときに、私は実はよく理解しかねておるのだということを申し上げたのであります。その一つは、話し合いということばが用いられておるのでありますが、この話し合いということばは、せんじ詰めれば、普通の法律用語で言えばどういうことになるのであろうかというふうな点につきまして、まだ十分理解をいたしかねておる。それからまた、できるということばを用いていらっしゃる。このできるということばが、一体権利を意味するものなのであるかどうなんであるかというふうなことも理解しかねておる。この問題についてはいろいろまだ御議論もあろうかと思うのでありますが、その後いろいろ伺っておるところによりますれば、このできるということばは、別に権利でも何でもない、こういうお話もあるようにも伺っておるのであります。私は、この話し合いということが、いわゆる団体交渉というふうな意味でないという前提のもとに、また、できるということは、必ずしも相手方を拘束するものではない、こういう前提の上に立って考えました場合に、この条項はもとより勤務条件等に対する団体交渉を意味するものではないということになりますれば、世上よくいう陳情とか請願とか、そういう筋のものとして考えてよろしいのじゃないか。そういうような筋のものとして、考えました場合には、この条項を新たに今回の国内法の改正に際して挿入する必要はないではないか、このように申しておるわけであります。言いかえまするならば、陳情とか請願と言う問題につきましては、これは教職員団体と文部省との間における事実上の問題でありまして、あるいは会い、あるいは会わないという、どちらもお互いに拘束される権利とか義務とか、そのような性質の問題ではない。したがってこれが条文化されなくても、もとより必要に応じては会うとか、適当と思えば会うということはあり得るわけでありますので、その辺はひとつ誤解のないようにお願いを申し上げたいと思うのであります。会うか会わぬかということはいわゆる事実問題である、条文に入れるか入れぬかという問題とはおのずから別個の問題である、このように私は考えております。

発言情報

speech_id: 104604313X01619640612_011

発言者: 灘尾弘吉

speaker_id: 27512

日付: 1964-06-12

院: 衆議院

会議名: 国際労働条約第八十七号等特別委員会