門司亮の発言 (地方行政委員会)
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○門司委員 最初に私この問題で聞いておきたいと思いますのは、昨日の委員会その他の討議を聞いておりますと、いろいろ問題はあるようでありますが、基本的なものとして聞いておきたいのは、交付税の交付額は国の三税の額がきまってからきめられるという形で、実際上の交付税法の趣旨と若干違った査定をどうしてもしなければならない。交付税のたてまえからいけば、当然地方の財政需要のアンバランスをまず積算して、その積算にこたえてこれを埋め合わせをするというのでなければほんとうの意味をなさないのであって、これだけあるからこれを分けてやるのだという行き方、これではこの税法自身のたてまえと違ったことになる。しかし、現実の問題としてそうせざるを得ないというのが現状だと考えて、一応その点は了解してもよろしい。がしかし、問題になるのは、平々財政需要額の基準が変わってくるということであります。このことについて、一体政府は確固とした方針を狩っておるかどうかということである。ことしは失業者がたくさん出そうだといえば、それに振り向ける金を少し多くする、学校がどうなるといえばそこに少しするというような形で毎年これが処理されている。したがって、財源不足をする多くのものが、こういう形で財源不足になるのだから、それに振り当てるためにこういうものが必要だということになると、その次に出てくる矛盾がまた性格論に戻ってきて、この税の性格はあくまでもひもをつけてはならないという、いわゆる一般財源として使えるということになってくる。ところが、査定するときにはそういう意味で毎年基準が変わってきておるから、査定を受けるほうでは、あとまたこれを配付されるほうでは、こういうものでこういうことになっているのだ、政府もまたそういう答弁をしておる、説明をしておる。給与がよけい要るからよけいどうするんだ、こうするんだというようなことになってきて、性格と実際というものがどこまでいっても矛盾が絶えない。したがって、さらに言えば、この税金自体の性格というものが非常に怪しいものになって、昨日からの議論のように、それが最後に持ち込まれるのが特交で、さらにこれを何とかせよ、こういう議論が出てくる。したがって、政府の考え方としては一体この特交をどう考えているかということ、個々の問題別にものを考えて毎年毎年これを処置していこうとするのか、あるいはあるべき姿はこうであるからということで、そういうものを一切考えないで税法の本来の姿である、これだけおまえさんのところには足りないからこれだけ支給するのだということで、積算の基礎そのものについてはこれは単なる積算の基礎であって、ここでそのたびごとにその項目をふやすというようなことを避けたらどうかと考えるのだが、その点はどうですか。一応基準だけをきめておいて、そしてその基準にしたがってずっと上がっていくという方針をとるべきではないか。そうしないと、問題になってくるのは、学校の子供が非常にふえるところと少なくなるところとの開きが出てくる。一方においては非常にふえておるところもあるかもしれない。しかしその次元で一方には減っておるところがあるはずである。算定の基礎は、ことしは学校の子供が大体ふえるのだからという見通しでふやしておっても、案外それが減っておる地域があるということになると、そこにはその部面でよけいに金が回っておるということが今日まではしばしばあると思う。したがって、そういう基本的なものの考え方に対してどうお考えになっておるのか、この際その点を明らかにしておいてもらいたいと思います。