市川崑の発言 (オリンピック準備促進特別委員会)
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○参考人(市川崑君) いま、そのお答えをする前に、ちょっと申し上げておきたい点がございますが、私が先ほど予算のことは心配ないというように申し上げたのは、もう心配だらけでしてね。私がそれを考えますと、もう演出のほうができないというような状態なものですから、もうそんなことじゃ、お金のことは知っちゃいない、そう自分で思っているわけです。そのほうの心配はむしろ田口さん、それから与謝野さんにしていただく。私はむしろ創造的なものをやるというようなことを申し上げたので、どうぞ。足りているということではないのです。
それから、いまおっしゃった、そのやや学術——いい意味での学術的な面ですね。そういう面も十分現在考えております。あくまでもこの映画は、私も切めて経験するのですけれども、記録映画とは言い切れない、もう少しスポーツという、まことに天真らんまんな人間の運動、人間のつまり一番素朴な動き、そういうものを通じて、やはり学術的——ということばはすごく変なんですけれども、いい意味でのわれわれができない、若い人のみができる、そういう人間の大きな機能、そういったものを重点的に描いていきたいと、私はそう思っております。
ただし、これはおそらく相当——いま田口さんがおっしゃったように、その一面でもフィルムが相当必要になってくるだろうということは事実ですね。ということは、あらゆる角度から、あらゆる尺数でそのスポーツ競技をそのままとらなきゃならない、そういうふうになると思うのです。ですから、やはりこれは予算が足りないわけですね、きっと。(笑声)ですから、もうあまりぼくは発言したくないわけなんですね、もう現在の状態では。まあ、ことばの上では、意義ある作品をつくると申し上げるわけですけれども、しかし、何事にもワクがあるわけですから、そのワクの中で最高とするものをつくろうと、自分では腹をきめてはいるのですけれども、まあ、あと足りない、足りない、そのあとのことは、与謝野さん、田口さんのほうでよろしくアレンジしていただきたいと、私はそう思っているのです。で、そのスポーツというそのものは、やはり映画の構成上どうしても重要視されてきますし、おっしゃるような形で、きっと入ってくると思います。