池田勇人の発言 (外務委員会)
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○国務大臣(池田勇人君) 御承知のとおり、敗戦によりましてほとんど全部というほどの産業上の被害を受け、日本はどうやって立っていくかということを考えさせられ、そうして、国内のインフレ防止のためにも思い切ったいわゆる政策をとり、ようやく国内的には当時予想した以上の発展を遂げまして、国内は自由な経済になった。しかし、国際的にはやはり為替、貿易を管理いたしまして、統制であるとか、そうして、一億近い人口と高度の経済成長を遂げつつある日本としては、どうしても国内経済から国際経済に向かっていかなければならぬという、好むと好まざるとにかかわらず、日本の進むべき道がそういう状態に相なってきたわけであります。私はそれを考えまして、昭和三十二年通産大臣になりましたときに、これはどうしてもこれからの日本としては貿易、為替の自由化に進まなければならない、世界を相手の市場を開拓し、世界を相手に貿易を拡大しなければならぬという考えのもとに、まずみずからの制限を撤廃をするというので進んでまいりました。おかげさまで、外国から見ましても、またわれわれといたしましても、一人当たりの所得は少のうございますが、国全体としては非常な高度成長をし、そうして、生産も世界五位、六位という状況に相なってまいりました時分には、これは世界経済からいったら、これは一つの大国でございます。大きい力でございます。そうして、この力をもっと伸ばしていくためには、どうしても先ほど申しましたような為替、貿易の自由化——IMFの八条国になったということだけではまだ十分ではございません。何と申しましても、世界経済は国連のほうでいろいろ話をされますが、先進国のクラブと申しますか、グループであるOECDへ入るということが、これが一番日本のいわゆる世界貿易政策からいってもいいことである。話し合いによってやっていこう。そこで、私が昭和三十六年にアメリカに参りましてケネディ大統領との会談のときの主題はこれでございます。日本とアメリカとの関係は非常に密接だ、そうして、日本と東南アジアの関係は相当のいわゆる歴史的、地理的条件があるからこれを伸ばしていくべきだ、しかし、日本としてはそれだけじゃだめなんで、やはりイギリス、ドイツ、フランスを中心としたヨーロッパ市場と結びつく必要がある、自分はこれでいきたいと思うと言ったら、ケネディ大統領も、そうですと、それで私はずっとその方向へ経済を進めていったのであります。たまたま昭和三十七年に参りましたときに、私は日英通商航海条約の改定と、そうして、フランスあるいはベネルックス三国に対してのいわゆるガット三十五条の援用撤廃と、こういうことを主にして行ったのでございます。それで大体三十五条の撤廃をフランスがし、そうして日英通商航海条約に調印いたしました。そのときも、初めて会ったときには、イギリスのモードリング大蔵大臣は必ずしも日本のOECD加盟に初めの日はあんまり賛成のようじゃなかった、やっぱり豪州、ニュージーランドということをお考えになる一つのあれでございました。そのときに私は、モードリング大蔵大臣にIMFのもっと拡大、そうしてクロマー英蘭銀行の総裁がIMFで国際通貨基金の問題、あるいはイギリスの金融市場中心の問題を討議された。モードリング大蔵大臣も国際金融についての一家言を持っておられた。そういうことを中心に私は自分自身の抱負を述べたのであります。その翌々日ですか、今度会ったときには、日本のOECD加盟がなかなか有望のようなことを言う。これは私は予想外のことで、私はまだ時間がかかると思っておりましたが、そういうことになりまして、急速にOECDの加盟が実現するようになったのであります。これは私は、世界の貿易拡大のためにOECD加盟の先進国が一致してこれを望んでおるのでありまして、またわれわれとしても、日本が広く世界の人とともにわが国の経済政策をいかに持っていくべきかということは、そこはやっぱり先進国の経済政策と話し合いでいくべき筋合いのものと思います。また、それだけの状況に日本がなってきた、これは自他ともに認めている、こういうことに相なったのであります。もちろん、OECDの主たる目的は、お互いに高度の経済成長をしよう、そしてまた、そのためには貿易の事由化拡大をはかっていく、そして、われわればかりではだめなんで、やはり低開発国の援助もお互いに考えていかなければならぬ、これが世界の平和であり繁栄であるということでございます。もちろん、日本は三つの目的のうちのDACには入っておりましたけれども、そのもとをなす高度経済成長とか貿易の拡大とかいうことにつきましての話し合い、また日本の所信を主張する場がなかった。私は、いまの場合に、日本がこういうようになったということは、日本に対する世界の信用、そして、日本のこれから拡大していくわれわれの責務を感じながら、お互いにひとつOECDの目的を達するようにしようと、こういうのがいままでの経過と私の心境であるのであります。