江崎真澄の発言 (予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会)

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○江崎小委員 これはお願いをしておきます。
 私は、このシビリアンコントロールの問題は、われわれ政治家たるものは、真剣にこの機会にシビリアンコントロールについて静かに反省しなければならぬと思います。それは、防衛庁提出の文書に見ましても、また防衛庁設置法に見ましても明らかにされておりますように、自衛隊というものは完全に国会の手におさめられております。自衛隊の行動については、重要な行動は国会が最終的にすべてを決定する仕組みになっております。この機会に真剣に自衛隊のあり方を再認識し、反省してみる必要があるというのはその点であります。過去政府及び私とも自民党におきましては、憲法九条へのこだわりもあったりしまして、自衛隊の実体を国民の前にはっきりとさらすことに勇気を欠いていなかったか。説明不足があったのではないか。これはわれわれ政府及び自民党の者は十分反省しなければならぬ問題だと思います。
 たとえば今日の段階において、自分の国は自分の手で守るんだということは、国際的公理であります。その公理すら持ち合わせない国民があるということはまことに遺憾でありまして、これは、政府・自民党としての努力不足ではなかったか、という反省も出てくるのであります。自衛隊というものは、たとえば人間に自衛本能というものが与えられておるように、自衛のための軍隊であるならば、私どもは憲法以前の問題であると思います。自衛隊は文字どおり自衛隊としてあるならば、ちっとも遠慮の要らない存在であると考えております。しかし、何といっても国民に確固たる防衛意識がなかったり、自国の自衛隊の実態を十分知らなかったりしたのでは、そういう国民を背景に持っておったのではほんとうのシビリアンコントロールは育たないのではないか、もっともっと国民に対して防衛意識を徹底させる必要があると思うのであります。また社会党の諸君は、先ほどからいろいろ不規則発言をされますが、戦争の惨禍がたいへんなものであった敗戦の憂き目は、国民に耐えがたいものでありました。その虚脱状態を機会として、社会党は非武装中立というようなことを唱えて、国民を扇動してこられました。一体、社会党は、わが国に対しにわかに不正の侵略が行なわれたときに、どうして日本の安全を保障されようとするのか、具体的には一言もこれに触れておられません。今日では、大多数の国民は、社会党が主張しておられるあの中立論というものは一体正しいかどうかということを議論する前に、中立ということは可能か不可能かを知っています。このアジア地域に、大戦後のきわめて悲しい現象である分裂国家が三つもあって、そとでは争いが相次いで起こっている。その危険が日本に及ばないとだれが断言できるでしょう。それにもかかわらず社会党の諸君は、中立とかなんとかいっておられるが、中立、中立といっておれば平和に必ずつながるのだという具体論を私どもには一言も聞かせてくれません。具体論のない政治論というものは、これは、政治論として権威のないものだと思います。いつまでも社会党の諸君は自衛隊を否定しておられます。自衛隊を一体認めるのかどうか。これは、自分の国を自分の手で守るのか守らないのかということに即時つながる問題であります。自衛隊を頭から否定し、しかも、国防政策については何らの具体策も持ち合わせずに、この三矢研究の内容をとやこう議論せられても、国民やわれわれは何となくそらぞらしい感じがするのであります。こういうことが国民の防衛意識を混迷におとしいれておる。責任政党であるべき社会党のこの無責任さはなじらなければならないのであります。
 こういう姿は、われわれ自民党においても社会党においても、防衛政策に関する限りその貧困と無責任のそしりを免れないと思います。だから、慎重に社会党の諸君も反省せられる必要があると思います。政府は、防衛意識の薄い国民を背後に持っておるのですから、もっともっと正しい防衛意識を徹底させる努力が必要だと思います。政府は、これを契機によほど決意を新たにしなければならぬと思います。政府のこれに対処する方途、決意といったものを率直に承りたいと思います。

発言情報

speech_id: 104805277X00319650312_027

発言者: 江崎真澄

speaker_id: 3035

日付: 1965-03-12

院: 衆議院

会議名: 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会