川崎秀二の発言 (予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会)
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○川崎(秀)小委員 防衛図上研究問題の小委員会が設けられましたのは、いわゆる三矢研究という問題に端を発していることは御案内のとおりであります。すでにこの問題が起こりましてから三ヵ月近くたちまして、その間におきましてこの問題に対する世論というものも、防衛の必要ということは十分認め、同時に議会主議というものはあくまでも守られなければならぬということに貫かれておると思うのです。当初岡田委員が提起した当時は、防衛当局のこの問題に対する答弁の不用意、あるいは総理大臣自身の御発言などもありまして、意外な波紋もあったわけでありますが、もはやだんだん問題も究明され、実態がわかったように私どもも感じております。ことにわが党からは筆頭に江崎委員が御質問をなさいまして、それを今日あらためて速記録で読みますと、わが党の主張は江崎質問で大体出尽くしているように感ずるのであります。しかし、私は幼少のころから軍の拡張あるいは軍部の政治関与というものに対しまして非常に特別の関心を持ってながめてきておるわけであります。戦時中に、体格がいいものですから当然召集されたわけでありまして、北支の戦線に四年十ヵ月おったことがあります。その当時、不幸にも大東亜戦争が昭和十六年十二月八日に勃発をしまして、私は済南の十二軍の隷下におったわけでありますけれども、アメリカ、イギリスのごとき大国、ことに資源の多い、生産力の旺盛な国家を向こうに回して戦争するということについてはわれわれ民間から召集された者としては当時非常な疑いを持って、当日将校集会所におきまして、この戦争の見通しは非常に困難だということを同僚の主計中尉などと話をしましたところ、参謀の忌諱に触れまして、自来約七、八ヵ月ほど相当異端的将校として取り扱いを受けておりました。幸い経理部将校の中でよくものごとのわかる、かつて外国などにも行った人が部長でおりましたので、君はなるべく早く東京に帰ったほうがいいというので、逆にうまく召集解除になりました。松前重義氏のように東条大将の忌諱に触れて前線に出される者もあれば、あるいはわれわれのように、当時小輩ではありましたが、おやじの教育などの影響もありまして、父子ともに自由主義者の異端者である、こういうことで幸いに帰ってこられたのも、命があったのもそういう反軍的言辞がもとでありまして、今日あるのは全くそのことのゆえであります。したがって軍部の横暴の歴史というものにつきましては、政治のあり方とともにひそかに前々からかなり研究もいたしております。もはや自衛隊にはさようなことは二度と起こらぬというふうに思っておりますけれども、夢物語りにしてもああいうものが一応出ました以上は、自民党の党是というものはむしろ自由主義の見地であり、議会主義の見地である。軍の政治関与は絶対排撃。自衛隊が将来シビリアンコントロールのワクを出るようなことがあるならば、われわれはこれを防がなければならぬ。この小委員会に加えていただきますときに、三木幹事長と二時間ほどいろいろ御懇談申し上げたわけでありまして、いつかはそのことは委員会の席上で明らかにしなければならないということの意味を含めまして本日質問をさしていただきたいと思うのであります。しかし、もうずいぶん材料は出ておりますので、むしろきょうの話は、軍の政治関与という問題では私の所見を申し上げますが、あとは、自衛の必要は十分江崎君の意見と同様でありますので、あらためて申しませんが、常識的な問題としていろいろ伺ってみたいと思うのであります。
この想定によると、北鮮方面で事態が急迫し、南鮮に戦禍が及ぶということを予想しての想定であったようですが、いまは防衛庁では、あらゆる方面からする直接侵略というものも研究されておると思うのです。一番研究をされておるその中心は、方向というよりは海中、海上方面からする侵入、あるいは空から来る侵入というものに対して当然向けられておると思うのですが、そういういろいろな角度での研究を進められておるのかどうか。何か北鮮、中共というものにのみ限定をして、その可能性が何万分の一かはあるのかもしれませんが、そういう重点的観測ではなくして、あらゆる方向からする侵略というものに対して常に研究を進めておられるのかどうか、そういう具体的研究があればお示しをいただきたい、こういうことであります。