岩間英太郎の発言 (決算委員会)

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○政府委員(岩間英太郎君) ただいま御指摘のございました豊島小学校のあと地の問題でございますが、この土地は以前は都の所管であったわけでございますけれども、昭和十八年の三月三十一日に師範学校の国立移管のために、豊島師範の土地約一万四千坪、建物が約六千坪、東京都から文部大臣あてに寄付採納願いが出ておりまして、昭和二十年の四月の三日に土地建物を得付受領いたしております。その後、昭和二十年の四月十三日に戦災を受けまして、現在ございます鉄筋の建物、附属小学校の建物を除きまして、ほかの建物を焼失いたしております。そこで、建物の復旧はたいへん困難でございましたために、小金井のほうに陸軍の第三技術研究所のあとがございまして、そこに移りまして授業を開始しております。昭和二十二年の三月五日に、その第二師範学校の土地建物につきましては、所有権の移転登記を嘱託いたしまして、次いで昭和二十六年の三月二十四日に、現在使用中の六千二百九十七坪を残しまして、ほかの七千七百八十七坪は、これは大蔵省のほうに引き継ぎをいたしました。なお、その間に、小中学校では、環境がよくない、あるいは建物が戦災を受けているというふうな関係がございまして、あと地につきまして六億五千万円を特定財源といたしまして、三十五年から三十七年度にわたりまして大学付属学校を小金井地、区に統合することにいたしたわけでございます。その後、あと地があくということになりましたために、昭和三十八年の九月十二日に、これは私どものほうでそのときはまだ特別会計ができておりませんりで、あと地は大蔵省に移すということを前提にいたしまして池袋交通センター株式会社が自動車ターミナル法に基づきまして運輸大臣の免許を受けまして、三十八年の九月二十五日には、国有財産の関東地方審議会におきまして、そのあと地を池袋交通センターに払い下げ処分をするということが決定したようでございます。なお、昭和三十九年の三月三十一日に豊島小学校は正式に廃校いたしまして、三十九年の四月の三日に国立学校の特別会計ができましたために、豊島小学校の土地建物を国立学校特別会計に帰属をいたしております。その後、三十九年の六月二十五日に、東京都の知事代理の鈴木俊一氏から、そのあと地が、昭和十八年当時に寄付をしたという事情がございまして、そのときに、これが師範学校の用に供しなくなった場合には優先的に下付するというふうな条項がございますので、その条項に基づきまして副知事から下付の申請がございました。これに対しまして、四十年の二月の一日に文部大臣のほうから、バスターミナル予定地につきましてはこれはお返しできない旨の回答をしております。その間、昭和三十九年の九月の五日に池袋交通センター株式会社が自動車ターミナル法の第六条の規定によって工事の施行の期限の延期を認められております。それから三十九年の十二月二十八日に、運輸省、建設省、東京都の三者の間で、豊島小学校のあと地は一部公園の敷地にする、約面積は千二百二十五坪を公園の用地にする、それからバスターミナルの用地は四千八百坪にするというふうな御相談があったようでございます。なお、現状につきましては、現在豊島小学校のあと地は六千二百五十八坪ございまして、そのうち千二百四坪がこれは国有地でございます。したがいまして、残りの五千五十四坪、これが現在東京都との間で話をしている土地の面積でございまして、そのほかに、鉄筋の本館が千三百五十四坪、それから屋体が百五十坪、それから二十五メートルのプールが工作物としてはあるわけでございます。なお、プールにつきましては、これは消防署のほうから、防火用水として一応あそこの地区に現在のところ確保したいというふうな話もございます。
 以上がいままでの大体の経過でございまして、この問題の解決につきましては、東京都のほうともいろいろ話し合いをしまして、いままで努力をしてきたわけでございますが、現実は、ただいま御指摘のございましたように、まだ処分が進行していませんで、その点につきましては、まことに申しわけない次第であるというふうに考えております。

発言情報

speech_id: 105114103X00419660207_003

発言者: 岩間英太郎

speaker_id: 20348

日付: 1966-02-07

院: 参議院

会議名: 決算委員会