鈴木力の発言 (文教委員会)

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○鈴木力君 これも変な話を申し上げますが、終戦を境にしての人口数といってもたいしたことにはならないですが、少なくとも私は、紀元節がなくなった年、この年に小学校の低学年であった子供までは紀元節は経験がないと考える、小学校で一回か紀元節の儀式に参列をしたことがあるという粗度のものでありますから、それを大体満三十歳、一歳別に分けたものがありませんから、三十歳といたしますと、五千五百万をこえておるのです、その人口が。そういたしますと、日本の総人口が九千八百万ですから、九千八百万のうち五千五百万人は紀元節ということを生活の上では全然知らない、このことだけは認めなければならないと思う。そういたしますと、かりに建国の日を設定するという場合にも、現在の日本の国民がほんとうに討論をして、建国の日をどこに求めるかという場合には、やはり回顧趣味というとしかられるかもしれませんけれども、明治時代から生き長らえてきた、あるいは私くらいになると大正になるわけですが、大正の初期から大正の末期あたりまででありましょうが、そういう昔の経験の深い者たちのグループの人たちが対象になったような、そういう考え方で国民の祝日を設定するという考えは、やはり私はどうも納得しきれないわけです。ですから、ほんとうにきめるとすると、かりに明治以来の伝統があったというようなことが言われるにしても、全く新しい観点から、どこがいいのかということに、私はそういう議論が基礎になって進んでいかなければならないものだと思う。ところが建国記念日という、建国記念の日という、あるいは記念日、記念の日いろいろな言い方になって記念の日になったと思うのですが、この記念の日が議論になりましてやっと今日は白紙になったと思う、長官の言明でなっておるわけであります。これまでの間は二月十一日がずっと固執されてきておるわけです。新しい観点で、そういう生活になじんでこなかった国民の層が何を求めておるかということについて配慮の対象になっていなかったような気がする。したがって、そういう国民がほんとうに、日本の国がかりに建国なら建国の日をお祝いするという場合に、そういう国民の立場に立った検討というものがどうしても忘れちゃならないのじゃないか、こういう考えを持っておるのですけれども、長官の御意見を伺いたいと思います。

発言情報

speech_id: 105115077X02519660624_027

発言者: 鈴木力

speaker_id: 9232

日付: 1966-06-24

院: 参議院

会議名: 文教委員会