安井謙の発言 (文教委員会)
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○国務大臣(安井謙君) これはものの基本的なお考え方等によってもいろいろな判断がされると思います。それが今日まで議論を呼んだもとでもあろうと思いますが、私ども建国を記念をするという限りは、いにしえをしのぶ、いにしえの日本民族をしのぶということにこれはとれる、ある意味で過去を振り向くという形になることはやむを得まいと思っております。それから、なるほどこの半数ぐらいは紀元節を味わったことがない人ということから、七十五年の歴史云々はナンセンスだというお説も一理あると思いますが、私どもそれだけの理由じゃなくて、これも多少水かけ論になりますが、戦後、日本の民族のあり方、あるいは日本の民族の歴史というようなものに対する関心、あるいは反省、そういう意味のものが比較的少な過ぎた。何でもかんでも過去は全部ゼロでよろしいのだ、これからだけが未来なんだというふうな考え方が少し傾向として強過ぎやしまいか、私どもそういうことであってもはたしていかがであろうか、私どもはやはり過去のよかったこと、あるいはまた反省すべきものは、そこで、さい然と区別をつけなければならないが、過去の民族の歴史というようなものについては、やはり相当これはいろいろな角度から思いをはせるということも必要じゃないか、それやこれやの観点からいまの二月十一日というものを一応原案としてやるようにした。昨日これは白紙じゃないかというお尋ねがございまして、この法文の上から消えた、二月十一日という字が消えたということを白紙というように解釈されるなら、それもやむを得ないと言ったんですが、実は正直に申しますと、あとから事務当局からしかられまして、あれは白紙ということばは正しい言い方じゃないのだ、これは追って政令できめる日というただし書きがついておるのだから、文字どおり白紙というわけにはまいらぬのだ、これも一理屈と思いますので、そういう趣旨でいまの法律から二月十一日はきれいに消えておる、今日これだけは確かなことであろうと思うのでつけ加えておきます。