大和田啓気の発言 (決算委員会)
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○説明員(大和田啓気君) 政府の調査報告につきまして補足説明を申し上げます。
お配りいたしました調査報告書をごらんいただきたいと存じます。
第一章の序論で、調査の目的、調査の方法、調査の経過等につきましては、省略さしていただきます。
第二章、融資の経緯から申し上げます。
一、三機関の融資決定が行なわれた前後の糖業界の動きを概観すると、昭和三十八年八月に粗糖輸入自由化が実施されて以来、当時比較的高水準にあった糖価は、三十八年十一月に戦後最高値(上白卸売り価格百六十四円八十二銭、キログラム当たり、粗糖ニユーヨーク相場十一セント五十二、ポンド当たり)を記録したものの、その後反落に転じ、一年後の三十九年秋には百十円前後(ニューヨーク相場四セント前後)に、さらに四十年八月には九十一円九十銭(ニューヨーク相場一セント六十八)にまで落ち込むという予想外の事態に立ち至った。このような糖価の変動と低迷は、主として国際糖価の動向によるものであるが、同時に、自由化後の精製糖業界の競争の激化も一つの原因となっており、精製糖企業の採算は悪化の一途をたどった。この間、政府あるいは業界が行なった価格安定対策も、輸入自由化のもとにあっては十分な効果をあげ得なかった。
そもそも、ブドウ糖企業の育成は、三十三年当時、約三十万トンに達していた政府手持ちの過剰でん粉対策及びイモでん粉価格の安定のために始められたものであるが、その対策は逐年効果を発揮し、三十八年当時においては、政府手持ちの過剰でん粉はほとんどなくなり、イモでん粉の価格安定にも相当の効果を発揮してきた。
しかし、糖価の低迷は、甘味品たるブドウ糖の価格にも大きく影響し、三十八年末には、百円、キログラム当たり、をこえていたブドウ糖価格(含水結晶ブドウ糖卸売り価格)は、三十九年夏ごろには八十円前後に、さらに四十年夏には七十五円程度にと大幅に低下し、加えてブドウ糖の需要も減退したため、ブドウ糖企業の採算には苦しいものがあった。このようなブドウ糖価格の水準は、その原料たるカンショでん粉の基準価格に見合うコスト価格を下回るものであり、糖価の低迷のもとにおいては、相当の合理化の努力がなければブドウ糖企業の自立の見通しも立ちがたい状況であった。特に、四十年六月以降、でん粉価格が急騰したため、業界の努力等によって糖価に比してブドウ糖価格を相対的に上昇せしめたにもかかわらず、ブドウ糖企業の採算は極度に悪化して今日に至っている。
二、昭和三十七年暮れごろから、農産物または加工品の輸入自由化に備えて、中小企業を主体とするわが国の食品工業の体質改善、生産性の向上をはかるため、農林省(食糧庁)は食品コンビナート構想を打ち出していたが、他方、粗糖輸入自由化後における精製糖工場規模の大型化と甘味資源の一体的合理化をはかる必要が感ぜられ、三十八年秋ごろには、いわゆる甘味総合コンビナートの構想が検討されていた。
共和製糖及び東洋果糖両社の社長である菅氏は、この考え方に沿って、宮崎県日向市に精製糖工場とブドウ糖・果糖工場からなる細島コンビナート建設の具体的構想を固めるに至ったが、農林省(食糧庁)としても、この構想は、粗糖輸入自由化後の事態に対応するための精製糖企業の合理化、イモでん粉の主産地である南九州の畑作振興、日向延岡地区の新産業都市としての発展等に寄与するところ大であると判断して、これを推進することとした。
三、菅社長は、三十八年九月、農林省、宮崎県、開発銀行、農林公庫、農林中金等関係方面との折衝を始めた。その結果、共和製糖及び東洋果糖に対し、その細島コンビナート精製糖工場及びブドウ糖・果糖工場建設資金について、次のような順を追って、融資依頼等、融資の決定及び実行が行なわれた。
(注) 昭和四十一年六月十六日、東洋果糖は日本糖化とともに、共和糖化工業に吸収合併されている。
融資依頼等昭和三十八年九月三十日宮崎県と共和製糖及び東洋果糖との覚書調印昭和三十八年暮れごろから昭和三十九年初めごろの間宮崎県から三機関に対し融資要請
昭和三十八年十二月九日農林省から開発銀行へ融資依頼
昭和三十九年三月三十日農林省から農林公庫へ融資あっせんが行なわれる等、いろいろの事態がございます。
なお、注の分でございます。
(注) なお、国会において、農林省(食糧庁)から農林中金に対して、本件融資についての融資依頼ないしあっせんがあったかどうかが問題とされたが、このことについては、文書による依頼、あっせん等のことはなかったが、前述のように、食糧庁においては、本件を実現するとの方針のもとに、その具体化を推進することとしていたのであって、開発銀行及び農林公庫に対し融資の依頼及びあっせんがあった当時の事情などから考えても、農林中金に対し協力の要請等があったものと考えられる。
二が貸し付け決定でございます。
昭和三十八年十二月三十日農林中金の東洋果糖への貸し付け(短期)(設備つなぎ)七億
以下農林公庫、開発銀行それから農林中金の三億のさらにつなぎの増加というものがございます。
それから三番が資金交付で、三十八年十二月三十日、農林中金から東洋果糖へ第一回分三億五千万円が出されて以来、四十年の九月三十日に開銀から共和製糖へ最後の二千万円が交付されるまで、合計二十二億の資金交付がございました。
なお(注)の部分でございますが、農林公庫が貸し付け決定した五億のうち、一億は交付されていない、ということが注意書きされてございます。
なお三十九年の九月三十日に、なお上記のほか、共和製糖に対する三和銀行からの三億円及び宮崎銀行からの一億円の貸し付けがある。まあ、協調融資でございます。
それからハといたしまして、三十九年の九月三十日に農林中金から共和糖化に三億貸し付けられてございますが、これは農林中金としては、東洋果糖宮崎事業所にかかる設備資金のつなぎ資金として貸し付けたものでございます。
四、上記のような共和製糖及び東洋果糖等に対する各機関の貸し付け決定に際し、その前提となった当初事業計画及び資金計画は、各機関によって、また、その資料を徴した時期によってその内容が異なっているが、三十九年九月末を基準としてみれば下記のとおりである。
第一表といたしまして、共和製糖精製糖の部分と東洋果糖のブドウ糖部分の事業費、精製糖部分十五億二百万円、ブドウ糖、果糖の部分二十九億三千五百万円、計四十四億三千七百万円に対しまして、資金調達として合計開銀八億、公庫八億、中金十億、市中銀行四億、自己資金十四億三千七百万円、合計四十四億三千七百万円に見合う資金計画でございます。
細島コンビナートの構想は、上述のように、精製糖部門とブドウ糖・果糖部門とからなるものであるが、精製糖部門については、共和製糖が三十八年暮れごろから精製糖工場(公称能力二百トン、設計能力三百トン)
いずれも一日当たりでございます。
の建設に着手し、三十九年十一月二十日に完成してその操業を開始した。その後、四十年十月から四十一年一月にかけて増設工事(公称能力五百トン)が行なわれ現在、不況カルテル実施中のため月間操業度は低いが、日産としては、四百トンないし六百トンの実績をあげている。
六、細島コンビナートブドウ糖・果糖部門については、東洋果糖が、当初、七十トン(日産)のブドウ糖工場及び五十トン(日産)の果糖工場の建設を行なう計画であった。しかし、その後、前述のような糖価の予想外に激しい低落があり、またブドウ糖企業も原料でん粉の需給、価格の動向等から漸次苦しい状態におちいり、これらの事態に対処するためには、ブドウ糖企業の集約合理化再編成を行なう必要があるとの考え方が出始め、三十九年秋ごろには、関係者から一工場百トンないし三百トン、全国五工場の集約合理化構想の試案が呈示され、また、食糧庁もこの構想の具体的検討に乗り出すに至った。このような情勢を背景に、共和グループは逐次、集約合理化工場の構想を固めていったと見られ、四十年初めごろには、細島コンビナートブドウ糖部門の七十トン工場から三百トン工場への計画変更が具体化してきている。
しかし、この計画変更に対しては、四十年四月——六月ごろ基礎工事の終わった段階で、水あめ業界及びブドウ糖業界各社から共和グループの独走に対する強い反対の意見が表明された。かたがた、引き続く糖価の異常な低落、でん粉価格の高騰という市況の変化もあって、集約合理化構想をもってしても、当面このような情勢の変化に対処し得ないという見方もあり、共和グループとしては、四十年七月、三百トン工場建設の一カ年延期を決定し、工事は基礎工事が終わったままで中止されることとなった。そして、四十一年に入り、基礎工事まで終わっているブドウ糖三百トン工場建設予定地に、新規に、公称能力六百五十トンの精製糖工場を建設するための基礎工事が同年八月未から始まっていることが、今回の調査により明らかとなった。(これが第二期精製糖工場増設工事といわれているものである。)
以上が経緯であります。
第三章 今回の調査結果
共和製糖及び東洋果糖に対する以上のような三機関の融資について、今回の調査結果に基づいて問題点を指摘すれば次のとおりである。
一、最近における甘味資源対策の経過について
政府は、国際糖価の動向その他内外諸情勢の推移を考慮して、昭和三十八年八月三十一日、粗糖の輸入自由化を行なったが、当時における糖価水準から見て、早急に自由化後における国内産糖の保護措置等について対策を講ずることとすれば、国内甘味資源等に著しい悪影響を及ぼすには至らないと見込まれていた。しかし、その後の国内糖価は、一時上昇したものの、やがて長期にわたり低落を続け、このため、精製糖業界はもちろん、国内産糖等甘味資源関係業界に著しい混乱を引き起こした。
このような事態に対処し、政府は、まず、甘味資源特別措置法を制定し、テンサイ又びサトウキビを原料とする国内産糖並びにブドウ糖の保護措置を講じた。しかし、粗糖の輸入自由化に起因する精製糖業界の設備増強競争の激化、ひいては、砂糖の国内価格の下落等のため精製糖業界が苦境におちいったのにとどまらず、その影響により国内産糖業界及びブドウ糖業界に対する同法による対策も十分にその効果を発揮するに至らなかった。
そこで、砂糖の価格安定等に関する法律を制定し、糖価安定事業団を通じ、糖価の安定並びに輸入糖及び国内産糖の価格調整をはかることとしたが、原料である粗糖の輸入が自由化されていること、精製糖設備が過剰状態に達していること等のため、国内における糖価は著しく下落し、昭和四十年七月以降今日まで、数次にわたり独占禁止法に基づく不況カルテルが実施されたにもかかわらず、なお、その回復は容易に実現しがたい現状にある。
一方、ブドウ糖の原料であるでん粉は過剰状態が続き、昭和二十八年農産物価格安定法制定後、政府買い入れによる在庫が累増したため、政府としては、その大口需要者としてブドウ糖産業に多大の期待をかけ、その育成をはかってきたが、最近は、むしろイモの生産が逐年減退し、これに伴い、でん粉の供給不足とでん粉価格の異常な高騰を来たすに至っている。
このような状況下において、ブドウ糖業界は、一方において原料高に悩まされるとともに、他方、競合関係にある砂糖の価格の著しい低落に影響され、ブドウ糖価格がコストに比し著しく低落しているため、その採算はきわめて悪化し、苦境にあえいでいる。
このように、粗糖の輸入自由化後、砂糖、ブドウ糖をめぐる環境は著しい変化を遂げており、政府としては、このような事態に対処して種々対策を講じてきたが、それが結果において十分に効果を発揮したとは言いがたい。特に、ブドウ糖産業については、需要の伸び以上に設備能力が過剰となり、糖価低迷の状況下では、当初考えられた企業規模では企業の自立が期待できないと思われたので、これを少数の大型合理化工場に集約する構想も検討された。しかし、業界の足並みの乱れや予想以上の糖価の下落等のため、最終結論を得ることなく現在に至っている。
このような事態の急激な変化に対応する政府の対策は、そのつど十分な成果をあげることなく変転を余儀なくされた。この間にあって、細島甘味コンビナートの建設計画に協力した関係金融機関としては、以上の事情もあって必ずしも十分な見通しを持ち得ないまま融資を行ない、結果的に、今日のような事態を招いたものと考えられる。
二、開発銀行、農林公庫及び農林中金の貸し付け態度について
(一) 融資対象事業としての適否
細島コンビナート構想は、当時において、粗糖輸入自由化後における業況に対処する措置として望ましい方向と考えられていたこと、イモでん粉の主産地である南九州の畑作振興に大きく寄与し、低開発地帯の振興に資するものとして期待されていたこと、宮崎県の日向延岡地区新産業都市の中核として重視されていたこと、さらに、臨海工場の総合生産体制の確立によるコストの引き下げを期待し得る経営上の利益が大きいと見込まれていたこと、等の諸点を勘案すれば、三機関が、細島コンビナート構想を前提とし、その精製糖工場またはブドウ糖・果糖工場を融資対象として取り上げた基本的態度は当時としては妥当なものであったと言える。
(二) 開発銀行
開発銀行は、三十九年九月二十九日、共和製糖に対する八億円の貸し付け決定を行なっているが、この貸し付け決定にあたっては、細島コンビナート構想に関する関係方面の考え方を再確認した上、事業計画、資金計画等について十分の審査を行なっていると認められるほか、現地実査、融資先及び機械発注先について調査、確認を行なっている。
また、その資金交付にあたっては、工事進捗状況、工事代金支払い状況等を徴し、会社側の資金状況を勘案して八回にわたり資金交付を行なっている。今回の開発銀行の調査報告によれば、当初貸し付け決定及び資金交付にあたり会社側が開発銀行に示した一件書類には、一部、今回確認したものと符合しないものがあり、また、資金交付後開発銀行に参考資料として提出された領収書写しにも、今回確認したものと符合しないものがあったが、金融機関として通常払うべき注意を怠っていたものとは認められない。また、八回にわたる資金交付の間においても、開発銀行は、第二回資金交付の直後、三十九年十一月に工事進捗状況について工場実査を行ない、主要設備がほぼ完成し、試運転中であることを確認し、その資金使途の実情把握につとめているので、実際問題として、会社側の仮装は開発銀行の融資に本質的な影響を及ぼさなかったと認められる。
以上のような検討の結果、開発銀行の融資のあり方としては、おおむね、妥当なものであったと認められる。
(三) 農林公庫
農林公庫は、三十九年三月三十一日、東洋果糖に対し、ブドウ糖部門の設備資金として五億円の貸し付け決定を行ない、三十九年十月六日に四億円の資金交付を行なっている。
貸し付け決定にあたっては、三十八年度当初におけるブドウ糖融資ワクは五億円であったが、東洋果糖のほか、いわゆる一般合理化等のための施設に対する融資希望もあって、これではまかない得ないことが明らかとなったので、三十八年度におけるブドウ糖融資ワクに八億円を追加することにつき申請を行ない、三十九年三月二十六日付をもって主務大臣の認可を得た。これと並行して、農林公庫は、あらかじめ、会社側から事業計画、資金計画等について説明を求めていたが、正式の借り入れ申し込み書は、農林省の融資あっせんを受けた翌日の三十九年三月三十一月付をもって受理された。農林公庫の資金ワクは翌年度繰り越しができないため三十八年度中に貸し付け決定を行なうこととし、貸し付け契約締結までに必要な事項の指示を行なうという条件を付して、三十九年三月三十一日付をもって貸し付け決定が行なわれたものである。この間における貸し付けの審査は十分であったとは言いがたいが、本件が甘味コンビナート工場建設のための融資という政策融資的な性格の濃いものであったことからすれば、当時としては、やむを得なかったと考えられる。
資金交付にあたっては、農林公庫は、融資先の工事代金支払い状況及び機械発注先の機械製作状況等を確認するための努力を払っており、また、関係金融機関とも本件融資に関する意見の交換を行ない、その融資方針が固められたことを確認している。今回の農林公庫の調査報告によれば、当時会社側が示した一件書類は真実を表示するものではなく、その説明は虚偽の申し立てであったと認められるが、金融機関として通常払うべき注意を怠っていたものとは認められず、資金交付のあり方としては、一応、妥当なものであったと認められる。
(四) 農林中金
農林中金は、細島コンビナート構想についての前記諸事情のほか、原料でん粉の購入を通じ系統共販に寄与するという点も勘案し、本構想を推進しようとする農林省の方針に賛同し、また、宮崎県からの融資要請もあったので、当時の会社の計画により融資を決定したものである。この貸し付け決定が行なわれたのは三十八年十二月であるが、農林中金としては、本構想による事業規模が大きいこともあって、計画の手直しが行なわれることも予想され、また、他行協調融資の推移、自己資金調達状況等をながめる必要があると考え、さしあたり設備資金のつなぎという形で融資することとした。
その後、事業計画、資金計画も確定し、農林公庫の五億円の貸し付け決定もみたので、農林中央金庫法第十五条の二に基づく設備資金十億円の貸し付け決定を行なう方針を定め、三十九年八月に第一回五億円について農林、大蔵両省に申請を行なった。この申請については、農林、大蔵両省において検討が続けられたが、四十年五月、四十年度におけるブドウ糖合理化工場建設に対する融資問題とあわせて措置することとされ一応返戻されたので、農林中央金庫法第十五条の二の融資は保留の形となり、さきに設備資金のつなぎ資金として貸し付けられた十億円は依然として継続され、現在に至っている。
これについては、上述の砂糖・ブドウ糖事情の激変及び細島コンビナート構想の変転等から見てやむを得なかった面もあろうが、さかのぼって考えれば、設備つなぎ資金貸し付けに対する考え方、事後の管理等に明確さを欠く点があったものと考えられる。
三、資金使途の実情
(一)今回の調査によれば、細島コンビナート工場建設工事費の支払いに充てられた資金は、二十五億五千三百万円であり、うち、四十一年八月末までに十九億八千四百万円が現金支払い済みとなっている。その差額五億六千九百万円は手形振り出し済みである。
この支払い状況は、今回の調査においては、下記の手続によりその支払いが確認された。
イ、共和製糖の伝票に基づき、支払い先別に一件ごとに一覧表を作成(工事費の支払いは、すべて、共和製糖において行なわれ、東洋果糖が支払うべきものは、その後において東洋果糖に振りかえられている。)
ロ、三和銀行八丁堀支店において、当座勘定帳により上記一覧表と突合(工事費の支払いは、すべて、三和銀行八丁堀支店を通じて行なわれている。)
ハ、共和製糖保存の領収書と照合(一部抽出法による。)
ニ、熊谷組、月島機械等各支払い先に対し、上記支払い額を照会したところ、その照会した全部について支払いが確認された。(ただし、二十五億五千三百万円のうち、小口支払いを除く二十億四百万円について照会したものである。その割合は七九%であるが、大口支払い先については、すべて確認されている。)以上の結果、工事費支払いの全体について、おおむね、確実に支払いが行なわれたと認めたものである。
(二)今回の調査によれば、細島コンビナート工場建設工事費の支払いに充てられた資金は、上記のとおり、二十五億五千三百万円であることが確認されたが、その内訳について、三機関の報告を要約すれば、下記のとおりである。第二表三機関一覧
これは三機関とも内訳の配賦が多少違いがございますけれども、精製糖、ブドウ糖・果糖を合わせまして総額二十五億五千三百万円という金額には相違ございません。精製糖・ブドウ糖関係の配賦が多少の違いがございます。若干の共通経費等を残しまして、合計で開発銀行は、精製糖部分が十七億九千九百万円、ブドウ糖・果糖部分が六億二千七百万円で、共通経費一億二千七百万円を差し引きまして二十四億二千五百万円、農林公庫は、精製糖部分が十七億三千五百万円、ブドウ糖・果糖部分が六億八千八百万円、共通経費等が一億三千万円、農林中金が、精製糖部分が十六億六千六百万円、ブドウ糖・果糖部分が七億九千四百万円、共通経費等の部分が九千二百万円という状態でございます。
なお、注は技術的なものでございますから、省略をいたします。
この工場は、精製糖工場とブドウ糖・果糖工場のコンビナート工場として建設されているので、その施設の一部には、両部門の共用部分がある。この共用部分の精製糖部門とブドウ糖・果糖部門への配賦方法については、各機関によって考え方が異なっているため、計数的には、ブドウ糖・果糖部門の支払い工事費として、開発銀行の六億二千七百万円から農林中金の七億九千四百万円までの差が生じている。共用部分の両部門への配賦という問題は、そこに絶対的な基準があるわけではなく、三機関の考え方には、それぞれ一応の根拠があるので、しいて一本化せず、三機関の計算結果をそのまま掲記した。
以上のような検討の結果、細島コンビナート工場建設工事費約二十六億円のうち、約六億ないし八億円がブドウ糖・果糖部門に、約十八ないし十七億円が精製糖部門にそれぞれ投入され、約一億円が第二期精製糖工場増設工事費等に使用されていると認められる。しかしながら、このような共用部分の配賦の考え方は、いずれも、ブドウ糖・果糖工場が建設される予定となっていることを前提としているものであるが、今回の調査時点においては、すでにブドウ糖三百トン、工場の工場建設予定地に公称能力六百五十トンの第二期精製糖工場の建設が始まっているので、このような計算によるブドウ糖・果糖部門への配賦は、今日の段階では、適用しがたいと思われる。
(注)は、共用部分の精製糖部門とブドウ糖・果糖部門への配賦方法についての各機関の考え方を略記してございますが、これは省略さしていただきます。
そこで、二〇ページの(3)で開発銀行。
今回の開発銀行の調査報告によれば、貸し付け決定及び資金交付にあたり会社側が開発銀行に申し出た支払い先・支払い額と今回確認された支払い先・支払い額とは一致しない部分があり、また、資金交付後開発銀行に参考資料として提出された領収書写しには、今回確認したものと符合しないものがあった。また、資金交付と実際工事代金支払いとの間には、一部、時間的にズレがあり、その間、当該交付資金は、会社の資金繰りとして一時他に運用されていたと思われるが、しかし、結果としはて、開発銀行が融資対象とした精製糖工場については約十八ないし十七億円の工事費が支払われ、その完成を見ているので、開発銀行の貸し付け資金八億円は、おおむね、所期の目的どおり使用されたものと認られる。
(四) 農林公庫及び農林中金
農林公庫及び農林中金が融資対象としたブドウ糖・果糖工場の本体はいまだに建設されず、一部基礎工事が施行されたほか、共用部分が精製糖工場建設に付随して建設されているにとどまっている。両機関の設備資金貸し付け十四億円(農林公庫四億円、農林中金十億円)に対し、ブドウ糖・果糖部門に帰属せしめられる工事費支払い額は前述のとおり約六ないし八億円である。したがって、約八ないし六億円の資金が精製糖部門等の他の目的に流用されたものと認められる。さらに、第二期精製糖工場増設工事が開始され、ブドウ糖・果糖部門の施設の精製糖部門への転用の事実が認められる現時点においては、ブドウ糖・果糖部門に帰属せしめられるとした約六ないし八億円についても、精製糖部門に流用されつつあると見ざるを得ない。(五) なお、資金交付後の資金使途の確認については、各機関とも、随時、報告の聴取、現地調査等を行なっている。
開発銀行は、三十九年十一月三十日に工事進捗状況について工場実査を行ない、主要設備がほぼ完成し試運転中であることを確認している。
農林公庫は、ブドウ糖部門の工事着工遅延に伴い、しばしば会社側に報告説明を求めており、四十年三月には現地実査を行なっている。また、四十年七月には、食糧庁、農林中金と合同して現地調査を行なっているが、この調査において、ブドウ糖工場は七十トン計画から三百トン計画へと変更された上、基礎工事を中心に相当各工事が進捗していることを確認している。さらに四十年八月には、ブドウ糖部門の機械が精製糖部門に転用されていることが明らかとなったので、工事支払い実績を検討したところ、転用された機械を除いても実支払い額が五億三千百万円あるとの説明を受けている。
このような時期において会社側の説明を聴取するにとどまったことについては、結果論としてはいろいろの見方があろうが、農林省(食糧庁)の大型合理化構想の決定を待つことが先決であるという考え方から、所要の資料の提出を求め、担保補強の手段を講ずるにとどまった農林公庫の立場は、当時としては、ある程度やむを得なかったと認められる。
農林中金は、前述した農林中央金庫法第十五条の二による設備資金貸し付けの申請を行なうについて、あらためて、会社側の事業計画、資金計画等の審査を行なっている。また、上記のように、四十年七月に農林公庫等と合同して現地調査を行ない、ブドウ糖部門の工事進捗状況を確認しているが、これらの機会において、すでに貸し付けていたつなぎ資金についても、その使途等をあわせて検討すべきであったと考えられる。
四、債権の確保
(1) 開発銀行については、細島コンビナート工場建設資金に対する貸し付け金債権の保全措置として、共和製糖宮崎事業所工場財団の抵当権設定(四十年六月)の措置がとられている。四十一年十月には、工場財団設定後の追加工事分について、とりあえず、譲渡担保として成約しているが、将来、これを同工場財団に組み入れることを予定している。この措置は、農林公庫及び農林中金と協議の上、とられているものである。なお、開発銀行の当該債権について、このほか、菅貞人ほか四名、二法人の人的保証が付されている。
共和製糖宮崎事業所工場財団の評価については、今回の三機関の調査結果によれば、下記のように十六億二千二百万円ないし十四億八千三百万円の範囲にあり、これに対し、四十一年八月末第一順位被担保債権残高は十一億二千万円(開発銀行七億四千万円、農林公庫一億円、農林中金二億円、宮崎銀行八千万円であって、工場財団評価の掛け目を八〇%と見ても、これら第一順位被担保債権については、その担保力は懸念ないものと認められる。
「共和製糖宮崎事業所工場財団の評価額」というのが第三表にございます。今回の評価、開発銀行十六億二千二百万円、農林公庫十五億百万円、農林中金十四億八千三百万円というのがございます。今回の評価について、それぞれ違いが明らかにされております。多少こまかいことでございますが、御説明いたしますと、
イ、今回の評価には、三機関とも、工場財団に組み入れられていない自家発電施設、受電変電施設及び汚水処理施設を除いているが、将来この工場財団に組み入れることを前提として四十一年十月に譲渡担保として成約した部分(四十年六月工場財団設定後における、主として精製糖工場公称能力五百トンへの追加工事分)は算入している。
ロ、今回の三機関の評価の違いは、開発銀行は複成価格(現在、あらためて建設するとすれば必要と見積もられる価格)によっているのに対して、農林公庫及び農林中金は簿価(今回調査により確認された支払い額)を基礎として、それぞれ評価しているためである。
ハ、三機関の当初評価は、四十年六月工場財団設定時において、当時の会社報告価格により、三機関協議して評価していたものである(農林中金の評価が他機関の評価より一億六千四百万円上回っているのは、自家発電施設を対象としたためである)。したがって、今回三機関みずからの調査により評価し直した評価額とは相違がある。
ニ、なお、農林中金の宮崎事業所の工場評価額三十三億百万円は工場財団の評価額ではなく四十一年七月第四順位根抵当権を設定した際の宮崎事業所の工場の担保評価額であり、その基礎は、会社が四十一年三月末の簿価として報告してきた価格二十九億三千四百万円とその後簿価に計上される見込み額三億六千七百万円の合計額である。
(二) 農林公庫については、細島コンビナート工場建設資金に対する貸し付け金債権の保全措置として、共和製糖宮崎事業所工場財団の抵当権設定(四十年六月)のほか、さらに追加して、東洋果糖宮崎事業所の土地、汚水処理施設等を担保に取り入れている(四十年九月から四十一年三月まで)。貸し付け金四億円に対して、担保掛け目を八〇%として計算すれば、物的担保として、約一億五千万円の担保不足となるが、最近、共和糖化工業水戸工場に第二順位の抵当権を設定したことにより、担保不足は相当程度減少する見込みである。なお、このほか、菅貞人ほか四名、二法人の人的保証が付されている。
(三) 農林中金については、共和製糖宮崎事業所工場財団に第一順位二億円(四十年六月設定)及び第四順位十五億六千万円(四十一年七月設定)の根抵当権が設定されているほか、東洋果糖横浜工場、高槻山林等について根抵当権が設定されている。
四十一年六月十六日に、東洋果糖は、日本糖化とともに共和糖化工業に吸収合併されているので、農林中金がこの三社から徴求していた担保は、いずれも根抵当権として短期貸し付け債権残高全体について共通担保となっている。
農林中金の共和糖化工業に対する四十一年八月末短期貸し付け債権残高二十七億八千万円に対し、同じく担保掛け目を八〇%として計算すれば、物的担保として、約十億円の担保不足となる。
しかし、農林中金においては、最近、共和糖化工業神戸工場及び株式等を担保に徴するよう努力しており、これらの担保が徴された場合には、既往担保物件中、千葉市及び神戸市所在の土地の評価額が最近増加していることでもあり、総体として、担保不足は相当程度満たされるものと思われる。なお、このほかに、菅貞人及び共和製糖の人的保証が付されている。
なお、農林中金については、上記のほか、長期貸し付け債権残高一億五千五百万円があるが、これについては、別途担保を徴求しており、その担保力には懸念はないと認められる。
担保物件として国会において論議された高槻の山林については、今回の農林中金の調査報告によれば、添え担保ということもあって、正式の評価を行なっていないが、当該山林の一部及び近隣地の売買事例よりすれば、評価額はおおむね十億円ないし十五億円程度と推定されるとしている。
開発銀行の共和製糖に対する貸し付け金については、現在までのところ、元利金の償還について延滞は発生していない。
農林公庫の共和糖化工業、東洋果糖及び日本糖化の共和グループに対する貸し付け金については、経営不振から損益収支及び資金繰りが悪化し、共和糖化工業については元利金の延滞が発生したこともあって、農林公庫は、四十一年二月二十八日、前述した担保の追加設定を条件として、共和糖化工業既延滞分及び三社のその時点以降の約定分のうち、昭和四十二年三月三十一日までに到来する期日分の支払いをすべて昭和四十二年三月三十一日まで猶予する措置をとっている。
また、農林中金については、従来、利息先取りの手形貸し付けによって融資を実行してきたが、四十年暮れから四十一年初めにかけて、利息後取り方式に変更する措置をとっている。
共和製糖が現在進行させている第二期精製糖工場増設工事は、当社の体力、精製糖業界の現状から見て、従来の態勢のままの当社の経営状態からすれば、既往貸し付け債権の保全上適切でないと認められるとして、すでに開発銀行からは再度工事中止の要請が行なわれている。農林公庫は、第二期精製糖工場増設工事の実施により農林公庫資金の流用の事実ありと認定し、去る四十一年十月十七日、共和糖化工業に対し、農林公庫貸し付け金として交付済みの四億円のほか未交付分一億円を含めて全額繰り上げ償還を請求し、新たな担保の徴求についても努力している。
農林中金は、最近の事態に対して、前述のように、宮崎事業所工場財団に第四順位の根抵当権を設定しているほか、四十一年七月高槻山林の一部を関西電力の送電線用地として売却した代金六千五百万円を共和糖化の借り入れ金償還に充当させるとともに、額面価額四千五百万円の南栄糖業の株式を共和糖化工業に対する貸し付け金債権の担保として提供を受け、農林中金職員を共和糖化工業役員として派遣する等、現状として可能な各般の措置をとり、さらに、新たな担保権の設定についても手続きを進めている。
第四章は結びでございます。
今回の細島コンビナート建設をめぐる諸般の事情は、おおむね、次のように要約することができる。
農林省(食糧庁)としては、粗糖輸入自由化後の事態に対応するための精製糖企業の合理化、イモでん粉の主産地である南九州の畑作振興、日向延岡地区の新産業都市としての発展等の観点から、細島コンビナート工場建設を推進する方針を定めた。開発銀行、農林公庫及び農林中金は、この方針に沿った共和製糖及び東洋果糖が行なう工場建設について、農林省(食糧庁)の方針に即し、所要の融資を行なった。
粗糖輸入自由化以後今日までの糖業事情には、糖価の予想外の著しい低落による精製糖企業の採算の悪化、ブドウ糖価格の著しい低落とでん粉価格の高騰によるブドウ糖企業の採算の悪化等粗糖輸入自由化当時には想定し得なかった激しい変化が見られ、このような事態に対処しての甘味資源特別措置法の制定、砂糖の価格安定等に関する法律の制定等の政府の諸施策も、結果において十分効果を発揮したとは言いがたく、また、ブドウ糖企業大型合理化構想も種々検討が加えられたが、結論を得られないまま現在に至っている。
共和グループの細島コンビナート工場建設の計画は、このような情勢のもとにおいて、二転三転せざるを得なかったのであるが、共和グループも、このような大規模の建設計画を一貫して遂行する企業としては、安易にすぎる面があったといわざるを得ない。
三機関、特に農林公庫及び農林中金の貸し付けに当たっての審査のあり方、債権保全措置等については、結果的には種々の問題が指摘されるところではあるが、甘味コンビナート工場建設という新しい事業に対する政策的融資であったこと、建設過程における糖業事情の急激な変転等の諸点は、十分考慮に入れてこれを判定する必要があるものと考えられる。
農林公庫及び農林中金の貸し付け金は、結果的には精製糖部門等に流用され、また、農林中金が企業採算の悪化に伴い、逐次運転資金の融通を増大してきたことについては、融資機関として今後において慎重な配慮を払うとともに、債権の確保に十全を期し、その業務の改善についても、今後、よく検討する必要がある。
本件に関する行政庁の指導には、情勢の変転が急激であったとはいえ、的確さを欠く点があった。したがって、今後、情勢の推移に即応し、金融機関に対し適時適切な指導を行なうことにつとめるとともに、糖価問題及びブドウ糖対策についてさらに検討を深め、的確な方針を確立する必要があると考えられる。
以上でございます。あとは、二、三の参考資料がつけてございます。