佐々木芳朗の発言 (建設委員会)
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○佐々木参考人 私は、大正十二年の関東大震災の直後から不動産の業務を行なってまいりまして、終始今日まで四十五年間、この道一筋に歩いてきたものでございます。
先ほどからお話を伺っておりますが、これから申し上げます私の説明は、自分の長年の、四十五年間の商売を通じましてはだに感じましたところの経験と勘をもとにして申し上げますので、基礎的な数字になりましたら、後ほど調査いたしまして、御必要があれば御報告申し上げるつもりでおります。
今回、この都市計画法案の資料をちょうだいいたしましてつぶさに読んでみましたところ、まことにけっこうな案で、何ら非の打ちどころがないのです。ただしかし、どんなりっぱな案であっても、一番大事な点が私は抜けておると思うのであります。私が関東大震災の直後この商売に入りました一番最初でございますから、いまでも印象に残っておるのでありますが、後藤新平さんがつくられたあのりっぱな復興計画がどうして実際は三分の一もできなかったかということを、この際皆さんが謙虚な気持ちで反省する必要があるんじゃないかと思う。これは結局地主勢力、土地の所有者の勢力に圧倒されたのです。この土地の地主というものはどういうことであったか、どういう主張をしたか、また、当事者はどういうふうな考えで臨んだかということは、私はこの商売に入った直後でございますから、いまでも非常に印象に深く残っております。これは時間がありましたら、皆さまの御質問によって答えます。きょうはそれは抜きにいたしまして、それではこの土地対策はどうやっていったらいいかということを御説明してみたいと思います。
土地の価格は、昭和十四、五年ころまでは大体安定しておったのです。十年間の平均価格が三〇%ないし五〇%ぐらいしかふえておりません。それが戦後のインフレ景気と一緒になりまして今日まですでに上がりっぱなしで下がったことがない。戦争からこっち不動産だけは下がりたことはない、上がりっぱなし、まだこれがとまるところがないのでございます。まだまだ上がるという見込みが一般の常識になっておる。土地は完全な商品になっておる。こうなると、投資熱はますます盛んになって、買えばもうかる、買おうじゃないか、これは当然のことなんであります。終戦当時の何千倍になっておる物価がほかにありますか。ありません。商品としてみても、数千倍になっておる商品はほかにないのであります。政府がここまで無為無策でやってきたということももちろん責任がありますが、今日の情勢では、ちょっとやそっとの注射療法や薬ではききません。きき目はない。かえって反対に売り惜しみの心理を増長させまして、土地の価格をつり上げる結果になる。ここへきましてはどうしても思い切った手術が必要になるのであります。
つきましては、この都市計画には非常に大事なことですが、この異常な値上がりの一番大事な原因はどこにあったかということです。戦後の異常な値上がりはどこにあったか。これは一般の方はあまり御存じないのでございますが、私どもは当事者として、事業をやっております本人として、一番よく知っておるのでありますが、戦後に施行された農地法、これはまことに適宜ないい法律でありましたが、これを今日まで二十何年間そのままにして、廃止しなかった。原因はここにあるのであります。土地は必要以上にあります。住宅地の場合なんかは農地法が壁になっておりまして、東京の場合は大体一カ年に、私の記憶では、三十万人ぐらいの自然人口がふえておるのであります。地方へいきますと、三十万人といえば大都会です。大都会が毎年東京に重なっておる。しかしながら、農地法という壁がありまして、横へ広がらない。三人しか入れないふろに五人入る、十人入るということになれば、どうしても住宅地が高くなるのは当然でございます。それでは、農地の転用はどういうふうに緩和されておるかというと、農林当局によりますと、緩和しておるのだと言いますけれども、実際やってみると、なかなか簡単には緩和はできない。
そこで、大蔵省のほうでは、今度は税法の操作で土地の価格を押えようという法案があるように承っております。そう内容を聞いてみますと、長年論議されております土地の増価税、また空閑地税などを創設しようじゃないかという計画があるように承っておりますが、これなんかは、実際にやってみると、徴税はなかなかその基準がむずかしいのであります。たとえば、現在課税されております固定資産税の評価額というようなものは、実際の時価よりははるかに安いことは、皆さん御存じであります。これは低いから、安いから文句が出ないのでありまして、これを科学的にもっと十分に再評価いたしまして課税したならば、必ず異論が起こってくるのであります。不動産というものはまことに情けない品物でございまして、同じ銘柄が二つないのであります。何千何万ありましても、みんな違っておる。それを一つ一つの時価を算定するということは、われわれこれを商売にしております者であってもなかなかむずかしいのであります。それを、先ほどの土地増価税や空閑地税などで円満にこれを遂行しようと思うと、自然どうしても低額な税率になってしまう。わずかな低額な税ならば、これは取らぬほうがましでございまして、取るがためにかえって心理的に売り惜しみの結果を来たす、それだけ価格ははね上がって、事志と反対の結果になってくると私は思います。
このたびのこの都市計画法案を見まして、一定の区域に限って農地の転用を自由にするというふうに御計画がありますが、この点をもっともっと広げていただいて、少なくとも大都市の周辺だけでも、四十キロあるいは百キロぐらいでもけっこうです、思い切って無条件に農地の転用を制限を撤廃なされば、農地法の撤廃をなさると、これはある程度効果があると私は思うのであります。
大都会の周辺の農家の収入を調べてみますと、野菜づくりが一番かせぎがいいのでございますが、これとても一反歩で一カ年の収入が三十万円をこえた農家というものは、よほど篤農家でも少ないのであります。御承知のとおり、都会周辺の農家というものは、野菜づくりをやっておる者は老人ばかりでございまして、若い者はみな都会へ出て働いておる。それが、土地を売れば譲渡所得税を取られますので、戦前のように坪当たり三十円ないし五十円ぐらいの地代で喜んで住宅地に賃貸するだろうと私は思うのであります。農家は手をよごさずに楽をして地代で生活していけるというふうに望んでくる。また、自分が希望すれば、分譲して住宅地に売ってもよい。また、力のある篤農家であれば、譲り受けた土地を五町歩ないし八町歩というような大農政策の、それこそ近代的な機械化農業ができて、米や野菜のコストも自然に下がってくるのじゃないか。戦争前に、東京の郊外の住宅地の三分の一ぐらいは借地権で家を建てた人があったということは、みな忘れておられる。三分の一は借地権でございました。いまは貸す人がないから買うのでありまして、大多数の大衆は、自分のうちを建てるというだけの資金は、今日ローンの利用やら、また貯蓄制度も非常に進んでおりますので、どうにかやりくりがつくのであります。土地が高いので家が持てない。われわれ不動産を営業しております者は、直にその事情をよく身にしみて感じておるのであります。ただ一つ農地法を撤廃するだけでも、需要供給のバランスはある程度円満にいきまして、土地価格は安定するということを私は信じております。
ときに、ここまできますと、公益優先の思い切った手術をしなければならぬ。ではどうしたらいいかということは、私いろいろ考えました結果、ここまでさましたら、ちょっとやそっとのことではこれは解決つきません。どうすればいいかというと、一番簡明な方法は、もう土地の自由売買を禁じてしまうのであります。土地の所有権はあくまで認めますが、政府が買い取り機関と売り渡し機関をつくるのがいい。それについては、現在の日本住宅公団をその買い取り機関、売り渡し機関に使ってもいいのじゃないか。現在政府が主食を食糧管理法で一手に全国の米を買い占めてこれを配給しておるというようなことから考えれば、至ってこれは簡単で、売りたい人は住宅公団に売る、買いたい人は住宅公団から買い取る。なるほど、複雑な物件でございますから、政府あるいは住宅公団が直接これを取り扱うことは困難でありましょうから、全国に何万人とおりますわれわれ不動産業者が、その事務を——調査、案内、また一切の手続を引き受けて、仲買い人としてわれわれがりっぱに営業も成り立って、手数料ももらえるのであります。こういうことを申しますと、われわれの商売からいうと自殺行為でありますけれども、自殺してもいいから、これは見ておれないのです。見ておれないから、私はこういうパンフレットも書いて申し上げるのです。住宅公団が金もうけをするはずはない。土地がこれ以上上がらぬということがはっきりわかれば、思惑というものは自然になくなる。土地の商品価値は即座に消えていくのであります。おそらくこれだけで現在の土地は半額になるだろうと思います。したがって都市計画法も非常に円満にいく。
土地収用法のことについても私は私なりの意見がございますけれども、もう少し時間があれば申し上げますが、時間が制限されていますから打ち切ります。
皆さんも御存じでございましょうが、大体普通の人が自分で土地を買って家を建てるということが一生に何回ありますか。一般の人は、たいがいの方が一生に一ぺんではございませんか。二回も三回も家を建てるという人はまれじゃなかろうかと思います。また、事業会社が、工場をつくったり、あるいは工場を拡張したり、事務所をまた拡張したりというようなことは、大体十五年に一回ぐらいの割合でございます。ですから、毎日食わなければならぬ米を政府が買い取って配給しておるぐらいの業務からいえば、ごくわずかな機構でこれはできるのであります。これは私の勘でございますけれども、もしこれを実施いたしましたら、現在の売買件数が大体三分の一かあるいは四分の一になるのじゃないかと私は想像しております。
都市計画をなさいますには、どうしても土地問題の解決からかからなければ、せっかくの計画が骨抜きになって、後藤新平さんの二の舞いになるのじゃないかと、それをおそれております。
御参考までに簡単に申しますと、あの当時、道路問題を非常に進んだことをやったのです。焼けあとの全部、本所、深川、浅草、神田、芝、京橋、日本橋と、あの下町一帯でございます。焼けあとから約一割近い道路を取り上げて——それを後藤新平さんは一割五分取り上げようとした。ところが、それがどうしても反対を受けて、とうとう一割足らずであったと思います。これは一ぺん当局のほうでお調べになればわかりますが、それだけの面積を道路として取り上げた。道路というものは全体のものであって、その場所場所のものでない。今度の都市計画法におきましても、道路というものは東京都民全体の負担すべきものである。だからして、全体の計画地から一割なら一割というものは道路面積として取り上げていいと思います。しかし、現在家が建っておりますから、実際問題として事実上できなければ、その土地土地を時価に査定いたしまして、査定した時価によってその一割に相当するものを税で取り上げていいのじゃないかと思うのです。そうしてこれを都市計画の財源にすれば相当な財源が浮かんでくるのじゃないかと私は思うのであります。これは前例がありますから、できぬことじゃございません。関東大震災直後にやったのでございます。そうしてもう一つりっぱなことは、木造建築を禁止したのです。これからはどうしても鉄筋コンクリートにしなければいかぬというので、木造建築を禁止いたしまして、バラックも六年間は認めるが、向こう六年たったら必ず鉄筋コンクリートに建てかえろという法律を施行したのであります。しかしながら、ただそれだけでは財政的に困るだろうというので、特殊法人で帝都復興建築助成株式会社というのをつくりまして、非常に安い、十五年間の低利資金を貸して、しかもそれは鉄筋コンクリートの建築費の八〇%まで貸したのです。その当時木造建築は百円、そうして鉄筋コンクリートが三百円でできた。三百円の中の八〇%まで貸してくれる。木造建築を建てる金があれば鉄筋で建てたらこれは永久にいいので、非常な名案であったわけです。ところが、下町の家屋所有者というものは三分の一以上が借地でありまして、借地権者はやりたいのですが、地主が承知しない。たしか大正十年でございましたか、関東大震災の前にすでに借地借家法は施行されておりました。そうしますと、木造建築は三十年、鉄筋コンクリートは九十九年という借地年限が延びるために、地主が判を押さないのであります。承諾しないのであります。ところが、復興助成会社としてはそういうトラブルに入るのはいやだから、借地権者は必ず地主の承諾を得ろということが条件になっておった。ところが、どうしても地主が判を押さない。それで、六年たっても延期、また六年たっても延期、延期に延期を重ねてとうとう大東亜戦争まで持ってきて、国家総動員法ができた時分に初めてこの法律は廃止になったのであります。せっかくできた法律でさえも実行できない。もしあのときに地主勢力をもう一発押える力が政府にあって別の法律をつくっておきましたなら、今度の戦争に何万人の人が命が助かったのじゃないかと思いまして、今日もこれを返す返すも遺憾に思っておるわけでございます。したがいまして、今回の都市計画も、もっと土地問題を深く掘り下げて根本からひとつ土地というものと取り組んで御計画をやっていただかなければ、せっかくできた法律が飾りものになってしまいはせぬか、それを心配するものであります。
どうもありがとうございました。(拍手)