高木鉦作の発言 (建設委員会)
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○高木参考人 どういうふうにしたらいいかということについて、特別に妙案は持っておりません。ただ、一般論のような形で申し上げますと、やはり都市計画というのは、一方で規制をしながら、他方でいろいろな施設をつくっていくわけです。非常に市民の生活なり生業に大きな影響を与えてくるわけであります。そういった点で、できるだけ市民が納得する、あるいは市民が理解してその中からいろんな知恵を出しながら、かつ、きまったものに対して協力できていくという体制が必要だろうと思います。幸か不幸か知りませんけれども、大正八年の都市計画法にいたしましても、実質的な成果というのは、明治二十一年の東京市区改正条例がそのまま残ったものだと思います。それは基本的に言いますと、要するに、市民の代表である地方議会というものが信用できない、そういうところにきめさせたのでは何をやるかわからない、そういう不信感が前提になっておると思います。おそらくそういうことは現在でもいろんな意味で非常に強く感じております。
もう一つの問題は、やはり都市計画というのは非常に専門的な仕事でございます。ですから、特にフィジカルな、工学的な面について市町村がそういう設計図をつくったり、いろんな作業をしていく場合に、必要な職員ないし技術屋というものを十分備えていない、おそらく県庁所在地の都市ぐらいの規模のところでないとできないだろう、そういうような現状からしますと、ある程度、中央政府なりあるいは府県庁がその指導的な立場をとられてくるということもわかるような気はします。ただ私が指摘したかったことは、かりにそういう県庁の関係者、専門家がおつくりになったとしても、やはりそういう案を市町村に押しつけるのではなくて、やはりそういう案を、草案の段階でもっと市民の間のたたき台にして、そこで徹底的に議論されて、その上に当局の意向も述べられ、そして堂々と反対できるだけの自信を持ってもらったらいいのではないか。先ほどちょっとどなたか御指摘ありましたけれども、確かに道路は必要でございます。必要でございますけれども、道路に引っかかってそのために困っている人もたくさんいます。そういう人からいえば、なぜ自分だけが犠牲にならなければならないのか、そういうものに対する説得というものが、通常あまり自信がないような説明があるということをよく聞いております。そういう点で、これは法的に知事がきめられる、かりにこの法案のままにしましても、きめていく過程でもっと徹底的に下へおろして、そして建設の計画案というものを市民レベルで相当長期かかってそういう批判なり検討をされるということが必要じゃないか。そういうために、むしろ市町村と、それからもう一つは、事業の実施というような点からいきますと、かなり市町村が入ってまいりますから、それでその市町村のそういう決定機能というものを国なり府県が文字どおりテクニカルな意味で援助していく、そういうような形でそこと上位の計画との調整というものをうまくやっていかれるような、何かそういうような方式かできないものだろうか、そういうふうに感じております。