曾禰益の発言 (予算委員会)
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○曽祢委員 時間の関係で、中途はんぱではありますけれども、外交問題に移りたいと思います。
最近総理が、昨年の秋にワシントン会談から帰られてから、にわかに国民に対して自主防衛の決意を求める、あるいは日米安保体制の再認識を求める、あるいは沖縄の基地の評価を求める、つまり防衛論争に火をつけられたのは実は総理であります。さらに総理は、沖縄返還問題に関連し、まあお互いに承知しているように核つき返還の可能性を否定しない、白紙である、こういう態度をとったために、国民の核アレルギーを実はみずから大きくそそる、ということばはいいかどうかしりませんが、起こさしておいて、核アレルギーの退治という、私は、こういったようなことそれ自身が、実は過般のエンタープライズ寄港が、従来原潜の反対がやや先細りになったといわれているのに異なって激烈な闘争に高まった、この背景は、私は、総理並びに内閣、与党がこの自衛論争をいどんだことにあったと言わなきゃならぬと思うのです。私は、総理のこの自衛論争に対する態度はさか立ちの態度だと思うのです。なぜさか立ちかというと、元来わが国の領土を外国から返してもらおうというのですから、返ったとたんにわが国の領土としてこれを守る、いわゆる自衛の決意をし、足らざるところはアメリカとの協力によるというような、これは沖縄返還を求めるとたんに自衛問題は起こっており、安保問題が起こっておったと思うのです。ところが、このことを国民に告げず、政府の意向、与党の意向も告げずに、そうしてますアメリカに行ってしまって、帰ってきてから今度は自衛問題を取り上げた。私は、順序が逆だと思うのです。行く前から領土返還に関連する当然のうらはらとしての自衛問題、防衛問題があった。
第二には、政府が案を出すべきものを国民に決意を求めるということは、これも私は、筋違いの議論だ、何のために政府があるのかということを疑う。
第三には、アメリカと交渉して帰ってきてから自衛論争と言えば、これは自衛論争ではなくて、アメリカのための防衛論争だという誤解を少なくとも与えたことは否定できない。加えて、さっき申し上げたように、核アレルギーを沖縄返還の問題から起こした。私は、こういう意味で、エンタープライズが非常に大きくなったと思うのです。
実は、昨年一年じゅうに横須賀、佐世保、両港に寄港したアメリカの軍艦の数は、私ははっきり知りませんが、おそらく四百隻以上にのぼっておるのじゃないと思うのです。そのアメリカの軍艦の中で、たとえば航空母艦でも、今度のエンタープライズではなくて、あるいはコンステレーションだとかキティーホークというのが来たことがある。エンタープライズと同様に地対空ミサイル・テリアを搭載しておる。第七艦隊の旗艦のプロビデンスという巡洋艦その他の巡洋艦は、テリアよりも一そう明確に核兵器、非核兵器両用のミサイル・タロスを搭載しておる。その他多くの駆逐艦、フリゲート艦はアスロックという対潜ミサイルを持っておる。スレッシャー型の原潜は、本委員会においてもしばしば議論になったように、サブロックというこれまた核、非核両用の対潜ミサイルを装備できるということなんです。したがって、アメリカ艦船の核兵器持ち込み問題あるいはその可能性の問題は、何もエンタープライズに始まった問題ではない、前々からあった。なぜそれにもかかわらず今度エンタープライズの寄港がこれほどまで、炉の安全の問題はどこかにすっ飛ばして、と言っては語弊があるけれども、そんな問題を飛び越えて、核兵器持ち込み、日本の核基地化の問題として最大級の問題になったのか。その背景、原因というものは、私は、政治姿勢といいますか、政府の自主防衛、安保論争のいどみ方、また、あとで申し上げますように、ベトナム戦争に対する国民のもやもやとした反対的な空気、それに沖縄の核基地問題を政府、総理自身のことばで取り上げたことの、この三つの背景によってのみ解釈できると思うのです。したがって、私どもは、また私は、国民全体がこの国会に非常に望んでおることは、どうかここまできてしまった安保論争であるから大いに議論をしてほしい。そうして、お互いに建設的な議論をして、野党もなし得る限り建設的な代案を示す。だがしかし、特に政府・与党であり、また総理大臣のあなた自身が従来の態度をもっと反省して、独善的態度でなく、国民の声を聞き、そして野党の批判を建設的に取り上げる、こういう態度が最も望ましいと思うのです。それなくしてこの防衛論争は、へたをすれば世論の対立に終わり、一九七〇年の危機を深める結果にしかならないとするならば、こんな不幸なことはない。そこで私は、以上の観点に立って、これは総理の決意をその点で伺ってもいいのですけれども、具体的に防衛問題についてのポイント・バイ・ポイントで、ひとつ総理の御意見をとくと拝聴いたしたいのであります。
私は、この自主防衛と外交というものは表裏一体でなければならない、防衛というものは、平和的自主的共存外交と不可分である、こう考えております。ところが、どうも政府のほうは、まあアメリカ追随、ベトナム政策。中共政策にも無批判に盲従しているのではないか。国民に対しては武力を偏重し、自主防衛を説く。この姿は、防衛問題だけあって外交のなきちんばな姿だと思う。また逆に、防衛を完全に否定し、外交だけでいこう、アメリカを攻撃しながら共産圏に対してはもみ手外交に終始するというのも、これまた私はアンバランスだと思います。したがって、私は、政府に対する質問ですから、政府の外交軽視の姿勢では自主防衛は片ちんばになるということを特に声を大にして言いたいのでありますが、その具体的な事例はやはりベトナム戦争と中国対策ではないかと思うのであります。
ベトナム戦争こそは、何といっても何よりもまして現存するわが国に対する最大の脅威である、わが国の安全に対する最大の脅威はベトナム戦争の継続である、このことを一番はっきり示したのが、最近の南北朝鮮間の緊張、プエブロ事件だと思うのです。プエブロ事件がもたらした日本海の緊張は、これはもともと主として北鮮内部の強硬路線に端を発した模様ではございまするが、その原因が那辺にあるにせよ、結果的にはある種のベトナム戦争の第二戦線的な性格を帯びている。したがって、結局においては、ベトナム戦争の継続なかりせばこういう問題すら実は派生しなかったのではないか、こういう点を一つ考えても、いかにベトナム戦争を早くやめることがわが国の安全と不可分であるかということがわかると思うのです。また、エンプラ問題がいわゆる一種の国民の政治危機にまで盛り上がった原因も、先ほども言ってきたように、ベトナム戦争を何とかせぬか、この国民の何とも言えない不満、政府に対する不信感、あるいはアメリカの政策に対する批判というものが、エンプラ問題を大きくした最大の原因の一つだと私は思います。
そこで、もともとベトナム戦争は、戦争ですから、戦争と紛争は片方だけが悪いということはめったにないのであります。戦争をやめるのには、両方がやめなければ、これは戦争は終息できない。アメリカだけ不名誉な撤退をしても、東南アジアの安定をかえってくつがえすおそれもございます。一方だけを非難するのでは済まない、こうわれわれは思っております。しかし、ベトナム戦争においては、軍事的勝利はいずれの側にもあり得ない、またあってはならないと私は思います。緊急の問題はまず戦闘の縮小と停戦であることは、これは意見の一致するところだと思うのです。そのためには、強大な、強いほうのアメリカがまず北爆停止を実行することによって双方の戦闘縮小、停戦へのきっかけをつくれ、これは私はどこに出しても間違いのない議論だと思うのです。しかもいま北ベトナムは、十二月三十日にグエン・ドイ・チン外相がいままで以上にはっきりと北爆停止等に関連した和平の座につくということを言った。なるほど、最近の二週間ぐらいの事情は、いかにも戦争が激化しているようであるけれども、私は、そういうことはある意味では話し合い解決への、場合によってはきっかけとすらなり得るのであって、その現象の表面にだけとらわれないで達観するときに、いまこそ総理大臣はベトナム戦争に対する根本的態度をはっきり、従来以上はっきりひとつしていただきたい。従来、私は、悪いけれども、ベトナム問題については、アメリカに対して忠告もしない、注文もしない、行動もしない、要するに無為無策であったと思うのです。特に十一月の佐藤・ジョンソン会談の共同コミュニケは、まことに国民としてもあきれ果てた、まあことばはお気に入らないかもしれないけれども、北爆の停止にはハノイによるそれに対応した措置がとらるべきである。これは日本が要求することと、アメリカの、実はこうなんだ、そこは考えてくれという弁明と一緒に言っておるのであって、全くこれは私は外交文書としては屈辱そのものだと思うのです。これは世界の失笑とわが国民の憤激を買ったものではないか。話は変ですけれども、十二月末にローマ法王が——ローマ法王と総理大臣と比べてはローマ法王のほうに失礼かもしれないけれども、パウロ六世とジョンソン会談において、法王庁はこう言っておる。法王は現状に直面して抱いている深刻な懸念を表明し、紛争解決のための幾つかの要請と前進した提案を行なった。私はりっぱなものだと思うのです。政治に関与しなかるべきローマ法王さんが、これだけの平和への提案を——だれが見ても一方的に加担していない、ほんとうを言えば共産主義は大きらいな人だろうと思うのだけれども、これだけの態度をとっておる、私は非常に残念でならない。
この施策方針演説において、三木外相はなかなかいいことを言っておられます。たとえば、北ベトナムの友好国側が北爆の停止に対応する北ベトナム側の戦闘縮小を保障する、一方アメリカの友好国側は和平達成後の米軍の撤退を保障する、そういうような相互保障のもとにアメリカの北爆停止をやらせようという趣旨だと、私は思うのです。そういう相互保障方式を提示しておられます。私は、着想としてはいい、少なくとも一歩前進だと思います。しかし、問題は、そのやり方、方式もあるが、問題は基本です。日本政府、日本の総理が、アメリカに対し、率直にまず無条件に北爆の即時停止を勧告する、この基本的態度がなければ、すべての和平へのあっせんも——わが党の西村委員長が非常にいい案をあっせん案として出している。三木構想も決して悪くない。問題はしかし、この根本の精神、それは日本がアメリカの友好国のアドバイスとして、強いほうが一手をやめろ、これをきっかけとして停戦の条件をまずつくれ、これがなしには、私は国民も外国も日本政府のベトナム和平に対する積極的態度があったとは評価しないと思うのです。ワシントン電によれば、クリフォード国防長官候補の上院軍事委員会における証言等を見れば、アメリカのあのジョンソン大統領のサンアントニオ演説も、必ずしもアメリカが北爆を停止した間に北からの平常の程度の軍事輸送を禁止しないんだということを言っておるようであります。私はこういう意味からいっても、北爆停止による和平への条件は、決してそのつどの軍事表面だけでなく、底流としては動きつつある。問題は総理大臣の決意にあると思うのですが、総理の決意を伺いたい。