大来佐武郎の発言 (予算委員会公聴会)
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○大来公述人 私も、実は、企画庁で長らく経済計画の仕事を扱っておりましたので、いまの御質問はたいへん痛いのでございますけれども、ただ、私どもこの計画の仕事をやっておりまして、何のためにこういう計画をつくるのかということをしばしば考えさせられておったのでございますけれども、一つは、政策を考える場合に、全く計画がありませんと、たとえば受け持ち各省の立場、あるいは短期的な単年度の問題にどうしても判断が大きく影響される。それをある程度長期に、日本の経済の変化の方向なり、起こってきそうな主要な問題点をあらかじめ指摘するということが、一種のオリエンテーションといいますか、各省なりあるいは民間その他国民一般を含めまして、日本の経済の将来の問題点についてある程度意識するということの役割りを持っておるんじゃないか。成長率やいろいろな数字につきまして、当たった、当たらないということで計画を判断するということは必ずしも適当でない面もあると思うのでございますが、たとえば、倍増計画は、十年で国民所得を倍増するということはあの計画のどこにも言っておらない。それが目的だということは言っておりませんで、この計画の目標は、この五つの長期的な政策を実現することなんだ、一つは社会資本の充実である、第二には輸出及び経済協力の促進だ、第三には産業構造の高度化を進めていかなければならない、第四には科学技術の振興と人的能力の向上をはかることだ、第五には二重構造の是正だ、そういうことがこの計画の政策の目的なんだということを申しておるわけでございまして、私ども、当時も、十年倍増というのはほっておいてもなる、これは政策目標でも何でもないというふうに考えておったわけでございます。もう一つは、自由経済体制のもとにおきまして、いまのような計画をつくるということは、現在の政策が目前にあまりとらわれ過ぎないように、ある程度長いものさしを横に置きながら、ことしの予算、ことしの政策を考えていくという手がかりに使うというのが一つの大きな役割りだと思いますので、その意味では、私ども、従来から、長期の計画は大体二年か三年ごとに、その後のいろいろな新しい情報が出てまいりましたときにつくり直して、先に延ばしていくというやり方がむしろ実際的なんじゃないか、問題の目的は、五年後にここまで必ずいくのだというような計画ではなくて、現在ものごとを判断する上に、長い目で見たらどういう点に問題があるかということを考える手がかりということに重点があるように思っているわけでございます。
〔委員長退席、二階堂委員長代理着席〕
もちろん、できれば、計画の数字が実績と狂うということはあまり望ましくないわけでございます。ただ、正直なところ、日本の経済成長率が、昭和三十年−三十五年とだんだんしり上がりに上がってまいりました状況につきましては、実は、これを予測できた人々は非常に少なかったわけでございまして、倍増計画自体につきましても、成長率が楽観的過ぎるという御批判が非常に多かったわけでございますが、ここまで参りますと、いろいろ戦後の経済のデータもかなりそろってまいりましたし、計量的な手段もだんだん発達してまいりましたし、この実績とそういう計画の見積もりの数字の開きということが、これはしさいに検討していただきますと、従来よりかなり縮まってきておる面がございます。ことに、単年度の動きということよりも、中期の計画になりますと、トレンドでございますから、一年一年をとりますと景気の変動がかなりございますので、その点も、だんだんこういうことを積み上げていくことによって、計画自体が次第に有用性を増すことになるのじゃないか。
もう一つは、率直に申しまして、経済企画庁というのは、私どももおりまして、非常に力の弱い官庁でございますので、結局政府自体が、そういうものを各省がほんとうに尊重していくということでなければ、やはりどうしてもペーパープランになる。その意味では、やはり計画と財政当局との関係というのは、もう少し将来考えてみる必要のある面ではないかと思います。ただ、これがあまり密接になりますと、客観的な姿を描くことがまたむずかしくなるというジレンマもあるわけでございます。ただ、各省でいろいろな長期政策をいろいろと考え、またときどきそういうものが打ち出されておりますが、やはりその源となっておりますのは、長期計画を作成する過程におきまして各省も集まっていろいろ論議したものがその後において各省の長期政策として出てきておる例が非常に多いわけでございますので、まあ私ども、計画の仕事というのはいろいろ御指摘の点のようなことがございますが、一種の政策を考える上の地下水みたいな役割りで、いろいろなところで働きをしておるのじゃないか、やや弁護的になりますが、こういうことをお答え申し上げて、終わりたいと思います。